74 龍の魔法
「そこで止まれ!」
金属の胸当てと籠手を着け、槍を持った魔族の男達に行く手を阻まれた。するとサリウスが偽装の腕輪を外して本来の姿に戻る。
緩いウェーブの掛かった薄紫の髪は真っ直ぐで雪のような長い髪に変わり、両耳の上から尖った黒い角が生えている。人間に偽装している時は「ほんわか系」のお姉さんなのだが、凛とした雰囲気の美人さんに変化した。
「こ、これはサリウス様!? 失礼いたしました!」
男達が一斉に跪いて頭を下げる。
「よい。こちらは妾の……客人じゃ。失礼のないように」
「「「「「はっ」」」」」
ほぇー。サリウスと出会ってから初めて、彼女が本当に魔王なんだと実感したよね。魔族は概ね人間と敵対しているというから、彼らの反応は当たり前のものだ。それでもサリウスの一言で納得させてしまうのだから、彼女は魔族から認められているのだろう。
跪いた男達が真ん中辺りで左右に分かれ、そこに出来た道をサリウスの後についていく。張り出した大屋根から建物内に入ると、外の音が消えた。
「アロ君、一番奥に龍巫女様がいらっしゃる筈じゃ」
あれ? 今日は場所だけ確定して、後から皆で来るんじゃなかったっけ? これ、龍巫女様と会う流れだよね? いや、もうここまで来たら用事を済ませて、また後日皆で来ればいいか。
神殿の中は暗い。壁際に松明が間隔を開けて置かれ、その周囲以外は闇に沈んでいる。かなり高い天井から帯状の布が垂れ下がり、何かが描かれているようだが暗い為見えない。一人で来ていたら不気味だと思った事だろう。それくらい中は陰鬱な雰囲気だった。
そのまま5分程歩いた。建物の奥行から考えて、恐らく既に山の中に入り込んでいるだろう。奥の方が一段高くなっていて、天井から光が降り注いでいるのが見えた。陽の光は差さない場所の筈だが、どういう仕組みになっているのだろうか。
「龍巫女様。試練の候補者を連れて参りました」
こちらに背を向けて高くなった祭壇の前に座っている女性に、サリウスが声を掛ける。すると、そこで祈りを捧げているように見えた人物が、文字通り飛び上がった。
「っ!? び、びっくりしたーっ! 急に話し掛けるんじゃもん!」
こちらを振り返り、胸を押さえてはぁーはぁーと荒い息を吐く龍巫女様。……龍巫女様でいいんだよね? どう見ても幼女にしか見えないのだが。
「りゅ……龍巫女様、ご無沙汰しております」
「おう!? お主は……サリウスか! 久しいのう! で、何の用?」
うーん……見た目は幼女だが、見た目通りの年齢ではないのかも知れない。魔族特有の白い髪は腰の下まで伸びている。前髪は眉の上で真っ直ぐ切られ、銀色の瞳をした目はクリクリしていて、目の下に朱色の太い線を入れていた。
「久しいって……最後に会ってから一年も経っておらんじゃろう」
「え~、だってサリウスお姉ちゃん、前はあんまり遊んでくれなかったじゃん」
急に親戚の子供感が強くなったな……。
「あー、アロ君。この子が多分……今代の龍巫女で、姉の子じゃ。メイビスという」
多分?
「メイビス……様。はじめまして、アロと申します」
「ほー、アロと申すのか! ほれ、もっと近うよ――あいたっ!?」
「メイビスよ、普通に喋るのじゃ」
龍巫女様――メイビスの頭を、サリウスが「スパーン!」と叩いていた。
「アロ君、済まん。妾の姉が龍巫女の筈なのじゃが、姉は飽きっぽくてのぅ。多分、メイビスに龍巫女を押し付けてどこかに遊びに行っておるのじゃ」
ほうほう。それで龍巫女っぽい喋り方をしようと……って、じゃあ見た目通りの幼女じゃねーか!
「それでサリウスお姉ちゃん。遊びに来てくれたの?」
「……試練を受ける候補者を連れて来たのじゃ」
「え~? その子供が?」
お前も子供じゃん。
「ん~、どれどれ……」
そう言いながら、メイビスが祭壇から降りて俺に近付いて……いや、近いな! くっつきそうなくらい顔を近付けて俺の目を覗き込む。
その時、メイビスの瞳が龍神クトゥルス様と同じ、透き通った緑色とその中を揺らめく金色に変化した。
「……アロ。意外と早く来たな」
先程までの幼い女の子の声ではなく、大人の男の声に変わった。
「……クトゥルス様?」
「うむ。ここへ来たと言う事は、我の試練を受ける気になったか?」
「いえいえ、まずは龍神様の試練についてお聞かせいただこうと思いまして。とその前に、俺が試練を受けるのは確定ですか?」
メイビス――クトゥルス様は俺から離れながら教えてくれた。
「そうだな。今の所はお主以外にはおらん」
「そうですか」
「試練の中身が気になるか?」
「はい」
「試練というより修練だ。龍魔法を習得してもらう」
「龍魔法?」
「そうだ。龍魔法とは――」
龍魔法とは、その名の通り龍が使う魔法。ここで言う「龍」とはクトゥルス様の眷属の事で、火・水・風・土・光・闇の六龍からなる。
「我の役目はこの世界を守る事である」
この世界に生きるモノでは対抗できない「悪」が出現した時、それに対処するのがクトゥルス様らしい。
「それなら邪神イゴールナクが現れた時――」
「だから言ったであろう? 前世でお主と話したかったと」
「神」は「神」を滅ぼす事が出来ない。その為に眷属が居るのだが、クトゥルス様の眷属達はあまりにも強大過ぎて、戦いに出ると大きな犠牲を強いられるそうだ。
「邪神ではなく、龍のせいで世界が荒廃しかねん。」
どうも龍は最終手段らしい。……それって眷属の意味あるのだろうか。
「それが故に、お主に龍魔法を習得させたかったのだ。人の身で使えば龍ほどの被害は出ぬ。神を滅ぼせるのは龍魔法だけだからな」
……龍魔法、だけ?
「それじゃあ、俺がしてきた事は……」
「決して無駄ではない。現にお主は邪神を封印しただろう? 人の身でそれが出来たのは称賛に値する」
……だが、前世で一番大切な人を失った。
「あの時……あんたが力を貸してくれていれば、アリーシャは死なずに済んだのか?」
「そうかも知れん。だが力を貸す術がなかったのだ」
「そんなの納得できるかよっ!?」
沸々と怒りがこみ上げる俺の体を、淡い緑色の光が包み込む。するとだんだん気持ちが落ち着いてきた。
「……すみません」
「謝るのは我の方だ。アリーシャを救えず、すまなかった」
クトゥルス様の謝罪が胸に染み込む。神様が心からそう言ってくれているのが分かった。
「ただこれだけは言わせてくれ。今のお主の力では、また大切な誰かを失う事になる」
「そんな事は断じて許せません」
「うむ。習得には時間がかかる。想像を絶する修練も必要だ。それでも絶対に習得出来るとは限らん」
「はい」
「だが、やってくれるな?」
「はい……ただ、始める前に準備する時間をいただけますか?」
俺は邪神を滅ぼす為に入念な準備をしてきたつもりだった。強力な武器を用意し、新たな魔法を開発し、それらを使えるくらいの力も得た。だがそれでもまだ足りないらしい。前世と同じように、俺の力不足でまた誰かを失う……そんな事には耐えられないし、認められない。
今、このタイミングで、クトゥルス様から力不足を指摘されたのは僥倖かも知れない。だってまだ誰も失ってないんだから。誰も失わない為の力を手に入れるチャンスなんだから。
「なるべく急いで準備します。準備が出来次第、ここに戻って来ます」
「うむ。待っておるぞ」
その言葉を最後にメイビスの目が元の銀色に戻る。意識を失ってその場に倒れそうになった彼女をギリギリで受け止めた。
「アロ君……」
「結局……試練を受けることになっちゃったね」
サリウスの案内で祭壇の裏に回ると扉があり、そこを抜けると普通の住居のようだった。そこにある寝室のベッドにメイビスを横たえ、頭をひと撫でする。
「メイビスちゃん、ありがとう」
サリウスが抱いてくれていたピルルが俺の肩に止まる。
「さて、じゃあ帰ろうか」
皆の所に帰ろう。そしてクトゥルス様から今聞いた事を皆に伝えよう。
龍魔法……誰も失わない為に必要だって言うなら、習得してやろうじゃないか。
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