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71 龍神との邂逅

 真っ黒い癖毛を顎の高さまで伸ばした男性は、首まで覆う白い外套を着ている。前見頃の合わせ部分は赤い縁取りがあり、大きな金色のボタンがいくつか付いていた。


「あの……どちら様でしょうか?」


 年の頃は30代後半くらいだろうか? 短い顎鬚を蓄えていて精悍な顔付きだ。野性味のあるイケメンと言って良いだろう。だが何と言っても特徴的なのはその目。新緑のような透き通った瞳の中を、金色の光がずっと揺らめいているのだ。その目は、探るように俺を捉えて離さない。


 そして俺は理解してしまった。目の前の存在は途轍もなく強い。ただ目を合わせているだけなのに膝を折ってしまいそうになる。


「フッ。意外と落ち着いているな。あー、我の名はクトゥルス。お主の世界の言葉で言うと龍神だ」


 クトゥルス? りゅうじん……龍神……様? え、ここってハトホル神様の神殿だよね?


「その龍神様がどのような御用でしょう?」

「ああ。前世ではお主に神聖魔法の素質がなかったから、こうして話す事が叶わなかった」


 ……前世の時から俺と話したかったような言い方だな。


「その通り。だが今こうして話せるのだから良いだろう」


 なっ!? 心が読めるのか?


「当たり前だ。神だからな」

「すみません……それで、クトゥルス様は……敵ですか? 味方ですか?」

「それはお主次第だ」


 こえぇーーー! 超怖いんですけど!?


「フフフ。今の所は味方だ。安心せよ」

「そ、それでご用件は……」

「もう時間がないから手短に言うぞ? 神聖魔法の祈りは我に捧げよ」

「へ?」

「だから、祈りは我に――」


 一瞬で世界が切り替わり、ハトホル神様の神殿に居た。


「アロ君、どうかした? 急に黙っちゃって」

「あ……え?」

「祈りを捧げるイメージを掴めたかって話だよ?」

「ああ、うん」

「ほんとに大丈夫?」


 コリンが俺の顔を覗き込む。今起こった事を理解出来なくて頭がぼーっとする。すると、右手が柔らかいものに包まれた。ミエラが手を握ってくれたのだ。


「アロ?」

「ミエラ……うん、大丈夫。後で話すよ」

「うん」


 クトゥルス様から最後に「時間がないから」って言われたけど、前半の話必要だった? あと祈りを捧げろって、強制なのかな? 神様ってそういう感じなの?


 色々と疑問に思うものの、自分でも不思議なことに、何故かクトゥルス様を敬う気持ちが自然に生まれていた。神聖魔法の祈りを捧げるくらい全然構わないや。元から特定の神様を信仰していた訳じゃないし。それに言う事を聞かないと怖いし。


 魔法については人より詳しいという自負があるが、神様の事は全然分からない。さっき起こった事がどういう意味を持つのか、よくある事なのかさっぱり分からないが、ここで他の神様に会った(?)と騒ぎ立てるのは良くなさそうなので、神殿を出る事にした。


「待っておったのじゃ!」


 サリウスは神殿の外、と言うか結構離れた所で待っており、俺達が出てくると駆け寄って来た。主人の帰りを待つ忠犬か。尻尾があったら、きっとブンブン振っていただろう。


「コリン、この辺にお勧めのお店とかある?」

「えーっと、貴族区からは離れるけど、もう少し北に行くと屋台街があるよ」

「屋台街! いいね! 皆、行ってみない?」


 コリンは勿論、ミエラ、パル(と肩に乗ったピルル)、アビーさんにレイン、グノエラ、ディーネ、シルの精霊組、そして一人で待っていたサリウスも、全員が諸手を挙げて賛成したので、コリンに案内を頼んで北に向かった。


 歩きながらコリンに聞いてみる。


「ねぇコリン。コリンはハトホル神様に会ったことある?」

「……え?」


 何言ってんだこいつ? みたいな目で見られた。だよねー分かる。


「アロ君、急に信仰心に目覚めたの?」

「んー……そういうのとは違うかも」

「ふーん……真面目に答えると、おばあちゃんや一番上の姉様はハトホル神様の声が聞こえる事があるらしいよ。ボクはないけど」

「な、なるほど」


 どうやら神様と第三種接近遭遇する事は普通ではないようだ。


 いや、まだあれが俺の幻覚だったという可能性もある。と言うよりも、その可能性が一番高い。自覚はないけど最近死にかけたし。幻を見たとしても不思議じゃない。不思議じゃないんだけど、あの圧倒的な存在感と、俺の心の中に生まれた龍神クトゥルス様への畏敬の念は、幻だと説明がつかないんだよなぁ。


 そうこうしているうちに屋台街に着いた。道の両脇にずらりと屋台が並び、食べ物の良い匂いが広がっている。有名な場所なのか、人通りもかなり多い。


「パル、手を繋ごうね」

「あいっ!」


 迷子にならないようパルに手を伸ばすと元気な返事が返ってきた。今更だけど、パルはまだ幼いのにとても素直で聞き分けも良く、人を思いやる気持ちも持っている。更にとびきりキュート。うちのパル、いい子過ぎるよね?


 パルと手を繋いでいると、先程までのモヤモヤした気持ちが薄れていく。癒し効果が半端ない。


「どれも美味しそうなのだわ……」

「「全部食べたいの……」」


 うちの精霊達は欲望に忠実であった。


「コリン、お勧めある?」

「うん、みんなの口に合うか分からないけど……」


 コリンが勧めてくれたのは「テンペストポテト・チーズ掛け」という料理。じゃがいもを途中で切れないよう三ミリ厚に長く切り、螺旋状に串に刺して油で揚げている。そこにスパイシーな香辛料と、それをマイルドにする溶けたチーズがたっぷりと掛けられていた。


 見た目と匂いで「絶対に美味い」と分かるヤツだ。その屋台の前に行くと、パルとディーネとシルの目が串に釘付けになっていた。


「お兄さん、十本ください」

「毎度ありぃ!」


 どう見てもおじさんだったが、そこは方便である。揚げたてのじゃがいもに、その場で滝のようにチーズを掛けてくれた。


「ほいっ! 熱いから気ぃ付けてな!」

「ありがとう!」


 十本で四千シュエルの代金を支払う。


 全員が一本ずつ持ち、人の少ない場所に移動した。全員がフーフーして一口齧る。


「むおっ!」

「はふ、美味しい!」

「はふっ、ほふ、おいしいね!」


 俺、ミエラ、パルがまず声を上げた。パルは猫人族だが猫舌ではない。熱い食べ物も平気なのだ。


「これは! 美味しいでござる!」

「うめぇ!」


 アビーさんとレインは熱さをものともせず豪快に食べている。


「ピリリとスパイシーなのにチーズがまろやかで、絶妙なハーモニーなのだわ!」

「「美味しいの!」」


 グノエラが急に食レポ口調になり、ディーネとシルは素直な感想を漏らす。


「うん、前と変わらない美味しさだよ」


 食べた事のあるコリンは頷きながら評した。


「うぅ……ふぐっ、うぅ……美味しいのじゃ」


 そして、サリウスはまた泣いていた。……もう何も言うまい。


 期待以上の美味しさに満足していると、アビーさんが俺に耳打ちしてくる。


「アロ殿。あそこの子供……スリでござる。他に仲間が二人いるでござるよ」


 アビーさんの視線を辿ると、薄汚れた服を着た、パルと変わらない年齢の男の子を見付けた。似たような背格好の男の子と女の子が少し離れた場所に居る。彼らは年齢にそぐわない鋭い目つきで、慎重に獲物を物色しているように見えた。


 この屋台街は圧倒的に平民が多いが、中には身なりの良い商人、お忍びで足を運ぶ貴族も居る。そういった人々には目立たないように護衛が付いているのだが、男の子はどうやら貴族っぽい少年の傍にいる侍女に狙いを定めたようだ。


 子供達の犯罪行為を未然に防ぐ事は容易いが、そうすべきだろうか?


 ちらりと、テンペストポテトを幸せそうに頬張るパルを見る。もしあの子達がパルだったら? 俺は何も躊躇する事無く介入して手を差し伸べるだろう。躊躇うのは、あの子達の事を知らないからだよなぁ。


 スリを働かなければならない事情があるのだろう。その事情に首を突っ込んでも面倒しかない。俺は聖人君子ではないのだ。全ての人を救おうだなんて大それた事は考えていない。


 見て見ぬふりをしよう。そう決め込んだ時、人混みの中から女性の叫び声が上がる。そちらに目を遣ると、さっきの男の子が屈強な男性に腕を捩じり上げられていた。スリに失敗したらしい。


 もう一人別の男性が現れ、スゥっと剣を抜いた。


「ダリアート侯爵家のご子息にスリを働こうとするとは。二度とおかしな真似が出来ないように、その腕を斬り落としてくれよう」


 おいおい、やり過ぎだろう。ふとパルの姿が目に入る。彼女はポテトを口に運ぼうとして固まり、スリの男の子の方を瞬きもせずに見ていた。パルの目には、驚きと恐怖が浮かんでいた。


「『加速(アクセル)』」


 パルの目を見た瞬間、体が勝手に動いていた。十メートル以上の距離を一瞬で詰めて、振り下ろされた剣を握る手首を掴む。


「むっ!? 何だ貴様は!?」

「こんな場所で剣を振り回したら危ないですよ?」

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