65 アロ、魔力操作の講師になる
叙勲式までまだ二週間ある。ピルルの助けを借りれば、次の宮殿の場所を特定するには十分な時間だ。
だが、今は別の事をやっていた。
「違うよアロ君。そこの術式はこうだよ」
俺の私室で、対魔人用の魔法具を作っている。今部屋には、パルとミエラがベッドの上で背中合わせになって本を読み、俺は床に胡坐をかいて魔法陣を書いている。目の前ではコリンが女の子みたいな座り方をしていた。
あれからコリンは毎日屋敷に来て、遂には「ここに住む!」と言い出した。いや、家近いじゃん。歩いても10分くらいじゃん。
「だって、仲間は皆ここに住んでるでしょ!? ボクだけ仲間外れなの!?」
捨てられた子犬のような目でそんな事を言われても……と思ったが、義父様と母様は「別にいいんじゃない?」と軽く了承してしまった。で、今日からコリンも屋敷に住むそうだ。
……色々と不安だ。
しかし、こうやって神聖魔法について色々と教えて貰えるのは正直助かる。あと、ミエラが気を利かせて、俺とコリンが二人きりにならないようにしてくれている。パル、ディーネとシル、グノエラ、それに勿論ミエラも、常に誰かが居てくれるのだ。コリン包囲網と呼んでいるらしい。むしろ包囲されているのは俺のような気がする。
「あーなるほど。じゃあここをこうして」
「そうそう! さすがアロ君だね。少し教えただけで理解するなんて」
コリン先生は凄く褒めてくれる。そうか、俺、褒められて伸びるタイプだったのか。
――コンコンコン。
「アロ様、騎士団から使者の方がお出ででございます」
騎士団? 義父様に用事じゃなくて俺?
疑問に思いつつ使者から手紙を渡された。宛名は俺だ。この紋章は第一騎士団か。封蠟をナイフで開けて手紙に目を通す。
「訓練指導?」
そこには、勇者キリク・ラムスタッドさんと第一騎士団副団長であるルーナス・ハイアットさんの連名で、魔力操作の訓練を俺に頼みたい、という内容が記されていた。
「あー、そう言えばキリクさんと約束したっけ」
手紙では日時まで指定されていた。二日後の午前九時から、場所は第一騎士団の演習場……ってどこ? あの王城の闘技場じゃないよね?
「あの、演習場ってどこですか?」
手紙の返事を待つ使者の方に聞くと、「西1」門の直ぐ外側らしい。特に差し迫った用事もないし、キリクさんとの約束もあるから、俺は了承の返事を認めて使者の方に託した。
その日と翌日は魔法具作りに精を出し、迎えた訓練の日。俺はアルマー家の馬車で第一騎士団の演習場に向かった。アビーさんが御者をしてくれて、レインも一緒に乗っている。
二人は、俺の魔力操作を一緒に学びたいそうだ。え、普通に聞いてくれたら良いのに。と思って尋ねたら、俺の手を煩わせると思って言い出せなかったらしい。そんな遠慮なんか必要ないのにね。
「西1」門を出て左、つまり南の方へ曲がると何棟か並んで建つ石造りの無骨な建物が見えた。俺達の馬車がそちらへ向かうと、馬に乗った平服の騎士が来て案内してくれることになった。
中央に建つ三階建ての建物前で、勇者キリクさん一行とルーナス副団長、数名の騎士に出迎えられる。
「お待たせしました」
「いや、時間通りだよ。呼び立ててしまって済まないね」
馬車を降りて挨拶するとルーナスさんからそんな風に言われる。
「魔力操作の訓練だが、屋内と屋外、どちらがいいかな?」
今日は快晴で少し風も吹いて気持ちが良い。だが演習場の方を見ると木の一本すらなく、建物の陰以外に日陰がない。長時間集中するなら屋内の方が良さそうだ。
「屋内でお願いします」
「承知した。ではそちらの建物の講堂を使おう」
ルーナスさんに促されて隣の建物に向かう。
「アロ君、今日はよろしく頼む」
「大した事じゃありませんから」
キリクさんから話し掛けられたので返事する。最初の尊大な態度が嘘みたいだよなぁ。
講堂は建物の一階で結構広い。20×40メートルくらいかな。
「では今日の訓練に参加する騎士を集めるからしばらく待っていてくれ」
一緒に来ていた騎士の一人がどこかへ走って行った。
「今日は何人くらい参加するんですか?」
「第一騎士団が私を含めて30人。それとキリク殿のパーティだよ」
改めて勇者パーティの面々が自己紹介してくれた。大盾使いで体も大きなラスターさん。馬車の御者も務める、小柄な双剣使いのヘイムさん。ラスターさんよりも背が高く、横にもがっちりした大槌使いのズールさん。ここまでが男性。そして女性が、攻撃魔法使いのリズさんと回復・補助魔法使いのサリーさんだ。ここにキリクさんが加わって六人パーティになっている。
うん。とても一度で覚える自信はない。
「うちからは、アビーとレインも訓練に加わります」
騎士の皆さんが集まったので早速始める。ルーナスさんが俺の事を紹介してくれたが、ここに集まった方々は、殆どが俺とルーナスさんの模擬戦を見ていたらしい。その時の戦いを見て、魔力操作の大切さを認識したようだ。
「では早速。最初に申し上げますが、魔力操作の訓練は物凄く地味です」
体内の魔力を感知して、それを意のままに動かす。魔力操作とは、言葉にすればたったこれだけの事だ。
俺自身、前世では全く意識した事がなかった。今世でじいちゃんに教わってからその凄さを知ったのである。
「私はルフトハンザ・グランウルフに教わりましたが、他の訓練方法を知らないのでそれが一番かは分かりません。他に効率の良い方法があるかも知れません。ただ一つ言えるのは、魔力操作が上手く出来るようになれば、飛躍的に戦闘力が上がるという事です」
俺は「加速×3」を掛けて一瞬で騎士達の背後に移動した。
「今のは『加速』という魔法です」
殆どの騎士は俺の姿を見失い、後ろから声を掛けられて驚く。
「魔法を三回重ね掛けして移動しました。瞬間移動したように見えたと思います。私はこれを最大十回重ね掛け出来ます」
おお……と講堂にどよめきが起こった。
「魔力操作が上手く出来るようになれば、今のような身体強化系の魔法を誰でも使えるようになります。また魔法使い職の方は、少ない魔力でより威力の高い魔法を撃てます」
アビーさんとレインが目を丸くして驚いている。え、今まで散々見てるでしょ? あれ、言ってなかったかな……言ってなかったな、こりゃ。
逆に魔力操作が上手く出来ないのに、ゴールドやミスリル・ランクになれる方が異常だと思いますよ?
「……コホン。では訓練に入りましょう」
魔力操作の訓練が何故必要なのか。何が出来るようになるのか。それをイメージし易くなるように先に実演を行ったのだが、思った以上に効果があった。皆の目が真剣になっている。
「では適当に座ってもらって……姿勢を楽にして、体から力を抜いて。はい、では目を瞑って下さい……」
まずは体内の魔力を感知する。既に出来る人も復習の意味でやってもらう。血液と同じく体内を巡る魔力を感知すること。ここで躓くと先に進めないので、出来ない場合は補助する。
「出来ない人は手を上げてください。私が魔力を流して分かりやすくなるよう補助しますので」
手が二つ挙がる。アビーさんとレインの二人だった。俺は苦笑いを浮かべながら、二人の手を取って魔力を流す。
「うぉ! 分かるでござるよ!」
「おおっ! これが魔力の流れか!」
……こいつら、マジで魔力感知もせずにあれだけ強かったのか。そっちの方が驚きだわ。
しかし、二人とも素直に人の話を聞くようになったなぁ。前世で初めて会った時、アビーさん――カイザーは全く人の話を聞かなかったし、レイン――レイラはいきなり斬りかかって来たっけ。
感慨に耽ってしまったが、ここに来た目的を思い出す。
「皆さん魔力感知は大丈夫ですね。それでは魔力操作です。最初は、体を巡る魔力の流れを早めたり遅くしたり――」
そうやって魔力操作の基本を説明していく。騎士の皆さんは苦戦しながらこなし、勇者パーティはこれくらいは問題ないらしい。うちの二人は眉間に皺を寄せてウンウン唸っていた……屋敷に戻ったらきっちり教えてあげよう。
「次は任意の場所に魔力を集めます」
これが出来るようになると、簡易的な身体強化が可能になる。腕力や脚力を一時的に高めたり、皮膚を頑丈にしたり、視力や聴力を高めたり出来るのだ。
ここまで来ると勇者パーティも含めて誰も出来る人は居なかった。これが魔力操作の訓練を続ける事の難しさである。
例えば、重い物を持ち上げれば腕の筋肉が鍛えられる。それは筋肉が太くなる事で見て分かるし、より重い物が持ち上がるという結果でも分かる。だが、魔力操作の訓練は結果が分かりにくい。一定のレベルを超えないと体感しにくいのだ。
最後にそんな説明を行って、今日の訓練はここまでにした。
「少しずつでも良いので毎日続ける事。一年、三年、五年と続けられた人だけが魔力操作の恩恵を受ける事が出来ます」
結構無茶な事を言っている自覚はあるが、参加者は皆真剣に聞いて頷いてくれた。
……アビーさんとレインの二人を除いて。この二人は頑張り過ぎて白目を剥いていた。一朝一夕で出来るようにはならないと、改めて言い聞かせなければならん。帰りは俺が御者をして、燃え尽きた二人を馬車に放り込んで屋敷に戻るのだった。