64 アロ、賄賂を覚える
ビッテル湖から王都に戻って三日経った。その間、俺は12歳になった。リューエル王国では毎年の誕生日を祝う風習はない。貴族であっても、成人である15歳の誕生日以外を祝う事はない。
だがアルマー子爵家、と言うか母様は違ったようで、再会して初めての誕生日だったので、身内で盛大に祝ってくれた。シュミット料理長と料理人の皆さんが頑張ってくれて、豪華なパーティ料理を振る舞ってくれたのだ。
「こうしてアロとまた暮らせるなんて夢みたい」
「俺もです、母様」
誕生日の夜、母様が俺の部屋に来てそんな事を口にした。
「あなたがしなければならない事は分かっているわ。私達では力になれないけど……他の事は何でも頼ってね?」
「こうして傍に居てくれるだけで……俺には十分です」
母様はぎゅっと抱擁してくれた。照れ臭いけど、俺も母様の背中に腕を回した。
そんな事があって今日。また王都の冒険者ギルドに向かっている。今日はミエラと二人きりだ。冒険者ギルドに行くだけではなく、王都を色々と散策しようと考えている。
「こうしてアロと、ふ、二人きりって、何だか久しぶりね!」
「そうだなぁ。咢の森が懐かしいよ」
ミエラと二人で咢の森で狩りをしていたのは、まだ数ヵ月前だ。それでも妙に懐かしい気がする。
「もう! 今日は冒険じゃないでしょ?」
「あはは……」
今日のミエラは凄く女の子っぽい恰好をしている。膝上丈のスカート、素足に編み上げのサンダル、袖の無いブラウス。何かが入っているとは思えない小さな鞄を肩から提げている。
俺も今日は冒険者ルックではない。と言うか、いつもの恰好で出掛けようとしたら侍女のマリーさんから全力で止められた。
黒い細身のパンツ、白の半袖シャツに焦げ茶のベスト。因みに防御力はゼロだ。マリーさんに髪の毛までセットされた。
俺達は、冒険者ギルドのある東の商業区をゆっくり歩く。そう言えば、前に王都を散策していたら、魔人が襲撃してきたんだっけ……。
いかんいかん! 俺は首をブルブルと横に振った。変な事を考えると、同じような事が起こりかねないと誰かから聞いた気がする。
「アロ?」
「ん、なんでもない」
服屋と雑貨屋を数軒冷やかした辺りで、甘い良い香りに誘われた。
「わぁ~、美味しそう! ね、行ってみよう?」
「いいね!」
ミエラに手を引かれ店に入る。明るい店内は殆どが女性客で、各自のテーブルには見た目も可愛らしいスイーツが載っている。
少し緊張するミエラと一緒にメニューを見て、結局決めきれずに店員さんにお勧めを聞いた。
「それでしたら、季節のフルーツタルト、当店定番のショートケーキがお勧めですよ」
「じゃあそれを一つずつ。あと紅茶をお願いします」
「はい!」
直ぐに注文の品が運ばれてきた。フルーツタルトは、マスカット・オレンジ・ペアなどがまるで宝石のように散りばめられている。ショートケーキはたっぷりの生クリームの上に大振りのベリーの実が鎮座していた。
ミエラは「わぁ~」と言いながら両方を交互に見ている。
「半分こしようか」
「うん!」
ナイフとフォークを使いタルトを一口大に切って、フォークで刺してミエラの口の前に運ぶ。
「はい、あーん」
「っ!?」
ハッ、しまった! 幼い頃、こんな風にお互い食べさせたりしていたのを、ナチュラルにやってしまった。ミエラの頬が見る見るうちに赤く染まる。
「ご、ごめ――」
「はむっ!」
恥ずかしそうにしながらも、ミエラは食べてくれた。
「美味しい! じゃあアロも。はい、あーん」
「え、あ……はぐっ!」
俺も「あーん」されてしまった。周りのお姉さん達の生温かい目が刺さる。恥ずかしさのあまり顔から「炎弾」が出そう。
結局、何度もお互いに食べさせ合った。途中からは周りなど気にせずに。
「ふぅ~。美味しかったね!」
「うん、美味かった。皆にお土産で何か買って帰ろうかな」
「いいと思うわ!」
持ち帰りで、アップルパイとクッキーを買った。
「さて、ミエラは他に行きたい所ある?」
「うーん……特にない。冒険者ギルドに行きましょ」
「そうだね」
そのまま外周部に近いギルドへ。扉を開けて中に入ると、数組の冒険者に見られたが何故か「すぅっ」と目を逸らされた。
疑問に思うが絡まれるよりは良いか。そのまま買い取りカウンターへ。そこには初めて訪れた時にも居た女性職員さんが居た。幼い三人組の可愛さにやられた人だ。
名札を見ると「カレン」と書かれている。
「こんにちは。今日は魔晶石の買い取りをお願いします」
「こんにちは! タグと品物をお願いします」
カレンさんはそう言いながら、俺の後ろを見ている。
「今日は連れて来てないんです」
「そうですか……」
「次来る時は連れて来ますね」
「ぜひ!」
分かりやすい人だなぁ。そう思いながら、首に掛けた金色のタグをカウンターに置き、魔法袋から赤紫色をした直径30センチくらいある魔晶石を取り出した。先日倒した巨大ウナギから獲れた魔晶石だ。
「な、何ですか、この大きさは!?」
「えーっと、湖に居たデカいウナギから獲れました」
「ウ、ウナギ……?」
「はい」
「お肉とかは」
「少し食べて、残りは近くの村の人に譲りました」
「譲った」
「はい」
「手元に残してたりは?」
「ありません」
カレンさんは見るからにがっくりと落ち込んだ。食べたかったのかな?
本当は、屋敷で食べる分を魔法袋に入れてある。生臭くならないよう、ディーネが凍らせてくれたものを保管しているのだ。カレンさんには内緒である。
「…………少々お待ちくださいね」
肩を落としたカレンさんは魔晶石を持ってカウンターの裏にある部屋に入って行った。ミエラと一緒に、以前絡まれた辺りで座って待つ。
「あの人、パル達に会いたかったのかな?」
「あはは、そうみたい。あと、ウナギも食べたかったのかも」
「それは分かる。あれ美味しかったもの」
「だよなぁ」
ちょっとだけカレンさんにお裾分けしようかな? いや、あれは二度と手に入らない食材かも知れないし……しかしカレンさんには今後もお世話になるからなぁ。
「ちょっと分けてあげようかな?」
「いいんじゃない? かなりの量があるんでしょ?」
ミエラの言う通りである。屋敷で食べる分と言ったが、普通に百人前くらいはあるだろう。
「よし。ミエラ、一瞬屋敷に戻るから、ここで待ってて」
「いいよ」
俺はトイレに行くフリをして屋敷の調理室に転移した。この時間は誰も居ないので良かった。魔法袋から取り出したウナギの身を切り分けて、カレンさんとギルマスのマイルズさんの分、それぞれ二人前くらいを包む。すぐにギルドのトイレに転移して戻った。
「ただいま」
「おかえり。早かったね」
「アロさん! ギルマスがお呼びです!」
戻ると直ぐにカレンさんから声を掛けられた。ギルマス? 俺何もやってないよね?
カレンさんの案内で二階の執務室へ行く。
「あ、カレンさん。ウナギなんですけど、少しだけ余ってたので。良かったらどうぞ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
包みを渡すと満面の笑みでお礼を言われた。現金な人だ。
「……コホン。マスター、アロさんをお連れしました」
「入れ」
執務室に入るのも二度目だ。
「マイルズさん、こんにちは」
「こんにちは」
「アロ、ミエラ。まぁ座れ」
促されてソファに座ると、カレンさんがニコニコしながらお茶を淹れてくれた。ウナギ効果、絶大だな。
「アロ……今日持って来た魔晶石だが、どこで手に入れた?」
「なんかマズかったですか?」
「いや、マズい訳じゃねぇよ。鑑定士が、あれは伝説の魔獣、ギガントイールのものだって言うから、ちょっと話を聞きてぇだけだ」
あの巨大ウナギ……伝説の魔獣だったのか。と言うより、俺の魔素収集魔法具が伝説の魔獣を作っちゃったってこと?
「……確かに、ウナギにしてはデカいなって思ったんですけど」
「お前なぁ……どこでそいつを倒したんだ?」
「ビッテル湖です」
「ビッテル湖? ……そりゃ帝国の端っこじゃねぇか!」
「そうとも言います……かね?」
「そんな遠くまで一体どうやって……」
「あ、良かったらこれどうぞ」
テーブルにウナギの包みを置き、すぅっと滑らせる。
「これは?」
「ウナギ……そのギガントなんちゃらの身です」
「ギガントイールな。それでこれは……美味ぇのか?」
「控え目に言って絶品です」
ゴクリ、とマイルズさんの喉が鳴る。
「ま、まぁ冒険者の能力を聞くのは野暮ってもんだな」
「そう言ってもらえると助かります。それで、今日の用事はそれだけですか?」
「いや、帝国のギルドから、魔人の群れが北の方で討伐されたって話が入ってな」
「ほう」
マイルズさんがウナギの包みを自分の方に寄せながらそんな事を言う。
「この前話したから耳に入れとこうと……ハッ!? まさか」
「ア、アハハー! そ、それは良かったですねぇ!」
マイルズさん、そんなジト目で見られても困ります。ミエラの方を見ると俯いて肩を震わせていた。笑うのを堪えているんだね、こんちくしょう。
「まぁ現場には帝国の勇者も居たらしいから、そのうち詳しい話も入ってくるだろうよ」
「へ、へぇ~」
「今日の話は終わりだ。くれぐれも他国で問題を起こすなよ?」
「問題なんか起こしませんよ」
マイルズさんからもう一度じっとりした目で見られた。
「じゃ、じゃあ失礼します」
執務室を出て買い取りカウンターに戻るととっても良い笑顔のカレンさんに出迎えられた。
「アロさん! こちら魔晶石買い取りの明細です」
「あ、はい……え?」
そこには「買い取り額1500万シュエル」と書かれていた。食べて良し、売って良し。あのウナギ、量産出来ないかな?
俺のお金と言うより皆のお金だが、取り敢えず全額をギルドに預け、ミエラと二人で屋敷に戻るのだった。