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63 【前世:2】エルフの森と魔族軍

 シュタイン・アウグストスが千年近い引き篭もりから脱し、アリーシャ・フォルツ・オーランドと出会ってから三年が経った。シュタインはアリーシャ達と共にカルニシア大陸を西へ進んでいた。





 元々シュタインが育ったのは大陸南西部にあった魔族の国である。現在その周辺はアリーシャと同じエルフ族によって実効支配されている。

 この三年間、エルフ族が「敵」と見做す「魔族」であるシュタインは、それはそれは大変な苦労を――


 大してしなかった。


 エルフ族は自分達より魔力が多い者、魔法に長けている者を尊敬する種族である。単なる魔族の一人であればシュタインがエルフ達の尊敬を集める事はなかっただろうが、彼も伊達に千年引き篭もっていた訳ではない。本人にそのつもりはなかったが、半ば無意識に「老化遅延魔法(アサナトス)」を自分に掛け続けていた事で、魔力量が膨大になっていた。その上これまでなかった様々な魔法を開発し、魔法の知識においては長命種であるエルフ族を唸らせるほど。


 つまり、シュタインは生粋の魔法バカで、それが故にエルフ族から認められたのである。


 自らの研究に没頭するあまり天涯孤独の身となったシュタインは、理由は違えど同じ境遇のアリーシャと意気投合した。

 最初はその美しさに惹かれ、次第にその性格や生き方に惹かれていった。一方のアリーシャは、最初は同情と憐憫からシュタインと親しくしたが、次第に彼の理知的で冷静な所、優しく穏やかな所、魔法の事になると子供のように純粋になる所に惹かれた。


 要するに両想いである。


 シュタインとしては、アリーシャと共に穏やかに暮らし、好きな魔法の研究を続けられれば特に不満はなかった。しかし、時代がそれを許さなかった。


「エウリカ様、西に魔族軍が現れました」


 エウリカはシュタインが身を寄せているエルフ集落の族長である。


「戦士を西に集結させよ」

「はっ!」


 指示を出したエウリカは、偶々族長の家を訪れていたシュタインに目を向けた。


「シュタイン殿。アリーシャを連れてお逃げ下され」


 エルフにとって、シュタインは尊敬すべき客人として扱われており、その為に危険を避けるように促される。


「いや、僕も西に向かいます。同胞とエルフ達が戦う姿は見たくないから」


 エウリカ族長が止めるのも聞かず、シュタインは戦いの最前線に赴いた。元々人の話を素直に聞くような性格なら千年も引き篭もらないのである。


 エルフの集落で三年間生活し、彼らに情も湧いていた。同胞と言っても会った事もない魔族より、色々と世話を焼いてくれたエルフの方が大事だ。


 シュタインは「飛翔(フライ)」の魔法でエルフの森を越え、西に広がる草原の上空に向かった。そこで彼が見たのは万に迫る大軍。

 金属の鎧を纏い、手に長槍を持つ歩兵。二足歩行の大蜥蜴に跨る騎兵。巨大な魔獣を従える魔獣使い。そして捩れた木の杖を持つ魔法使い。


 一方この森で暮らすエルフは、全部合わせても五百人程度。そのうちまともに戦える者は百人くらいしかいない。


 どう考えてもエルフに勝ち目はない。自分が居なければ。


 シュタインは魔族軍から見える位置まで高度を下げた。空からゆっくり降りてくる彼の姿を見て、魔族達がざわめき始める。


「僕の名はシュタイン・アウグストス! この森に暮らすエルフは僕の友人だ。ここは僕に免じて軍を退いて欲しい!」


 真っ白な髪を長く伸ばし、銀色の瞳に両耳の上から鋭い角が生えたシュタインの姿は、どこから見ても魔族である。その魔族が、エルフを「友人」と呼ぶ事に、ざわめきは喧噪に変わり、やがてはシュタインへの罵詈雑言となった。


「魔族のくせにエルフを庇うだと!?」

「エルフが俺達にした事を忘れたのかっ!」

「奴らを庇うならお前も一緒に殺す!」

「降りて来い、この野郎!!」

「撃ち落とせ!」

「撃ち落とせ!!」


 魔族軍に狂乱が広がる。逸った魔法使い達がシュタインに向けて一斉に「炎槍(フレイムランス)」を放ち、空が橙色に染まった。


「『短距離転移ミクロス・メタスタシー』、『散水(スプリンクル)』」


 シュタインは魔族軍の真上に転移し、下級の水魔法だけで炎を打ち消す。それに気付いた魔法使い達が、続けて「炎槍(フレイムランス)」を放とうとするが――。


「『抗魔法(アンチマジック)』」

「「「「なにぃっ!?」」」」


 魔法は発動と同時に掻き消された。


「弓だ! 弓兵、奴を撃ち落とせ!」


 このまま魔族軍の真上に居ては、自分を狙った矢が魔族達に当たってしまう。シュタインはエルフの森から離れるよう、軍が展開する陣地の後方、西側へと転移した。そこに矢が雨霰と降り注ぐ。


「『魔法障壁(シールド)』」


 矢の威力に関してはエルフの、いやアリーシャの足元にも及ばないな。そんな益体もない事を考えつつ、どうやってこの軍を退かせようか考えを巡らせ――。


「『焔天隕石(メテオロフィオガ)』!」


 高空に炎を纏った隕石を出現させた。その数およそ千。黒煙の尾を引いて空から落ちて来る隕石群を目の当たりにして、魔族軍に大きな動揺が走り、陣形を崩して逃げ出す者も出始めた。


「軍を退け! そうすれば魔法を消す!」


 シュタインの言葉を聞いた数十人の魔族が同じ方向を向いた。そこには、巨大な槍を持った巨躯の魔族が居た。


「良かろう! お主の要請を呑む。(それがし)はカイザー・ブレイン、この軍の指揮官である!」


 身長は優に二メートルを超え、身に纏う革鎧が内側からはち切れそうな筋肉。カイザー・ブレインと名乗ったその男が、槍の石突を地面に突き立ててそう宣言した。


「そうか。良かったよ」


 シュタインがほっと息を吐き、右手を頭上に掲げてひらりと振る。すると朱色に染まった空から隕石が掻き消え、雲のように黒煙が残った。その煙も、上空の風に棚引いて消えていく。


 シュタインがゆっくりと地上に降りる間に、魔族軍は撤退を始めた。その様子に満足していると、先程の男がこちらに近付いて来る。


「軍は退く。しかし、某は貴殿との一騎打ちを望む」

「はぁ? なんで?」


 魔族、エルフの双方が誰も死なず怪我もせず無駄な争いを止めた。それでいいじゃん。半ば、と言うかほぼ脅して軍を退かせる事については棚に上げ、シュタインはそんな風に思っていた。


「これだけの軍を退くのだ。某の望みを叶えてくれても罰は当たるまい」

「いや言ってる意味が分からないよ」


 軍の指揮官として、けじめとして俺と戦い、命を捨てる覚悟だろうか?


「貴殿がどれくらい強いのか興味が尽きぬのだ」


 違った。興味本位だった。ただの戦闘狂(バカ)のようだ。


「いや、せっかく平和的(?)に解決する所なのに、態々僕達が戦う意味は――」

「いざ参る!」


 十分離れていた筈なのに、シュタインの目の前に槍の穂先が迫った。カイザーは一瞬で間合いを詰めたのだ。


――ギィィイン!


 穂先が「魔法障壁(シールド)」に当たり激しい火花を飛ばす。


「問答無用なの!? 話、聞こうよ!?」


 カイザーはニヤリと口角を上げ、巨大な槍で連撃を放つ。障壁がいつまで保つか分からない。


(ああ……力で分からせないと話を聞かないタイプか……面倒臭いなぁ、もう)


「『身体強化(ブースト)』×2、『加速(アクセラ)』×2!」


 怪我をさせないよう鎮圧するには、相手を大幅に上回る力が必要である。


 シュタインは魔法バカだが、理論や知識だけでなく実践する事が大切と考える魔法バカである。自ら新たに作り出した魔法は試さずにはいられない。

 誰も使った事のない魔法は、その初使用において危険を伴う。時には命すら脅かす程だ。逆に、思っていたような効果を発揮せず、つまり魔法が不発に終わる事も多々ある。


 魔獣相手に魔法を試し、それが不発に終わった場合、身を守る術を持たなければ死ぬ。


 千年引き篭もって作り出した魔法を、この三年間で試しまくった。もちろん、エルフに迷惑が掛からないように、人里離れた森で、魔獣相手に、だ。そして、そのうちの八割は不発だった。すぐに別の魔法で対処出来る場合は良いが、そうじゃない時もある。


 結果的に、シュタインの体術は魔獣を相手に極めて洗練された。素手で魔獣を倒せる程度には、技術と強さが磨かれたのである。


 「魔法障壁(シールド)」を解除したシュタインは、顔を正確に狙う穂先を首を傾けて避け、瞬きの間にカイザーの懐に迫った。

 槍を瞬時に回転させて踏み込みを阻もうとするカイザーだったが、シュタインは槍の柄を握って動きを止め、逆の拳をカイザーの鳩尾に撃ちつけた。


「ぐぬぅ」


 常人であれば、胃の中を全てぶちまけて崩れ落ちる衝撃の筈だが、カイザーは槍を支えに片膝を突くだけで堪えた。


「み、見事」

「いや、貴方の槍の方が凄い。僕は魔法で強化しただけだから。素の強さでは敵わないよ」


 シュタインは自分の思いを正直に述べた。しかしそれがカイザーの琴線に触れたらしい。突然カイザーが姿勢を正し、シュタインの前に跪いて頭を垂れた。


「強さに驕らないその姿勢、エルフを友人と言って憚らない豪胆さ。シュタイン殿、いやシュタイン様。貴方こそ某が求めていた主君。何卒、臣従としてお仕えする事をお許し頂きたい」

「え、イヤですけど?」

「有り難き幸せ」

「話、聞こうよ?」


 話を聞かないカイザー・ブレインが仲間になった。





 三年間を過ごしたエルフの森を離れ、シュタインは西を目指す。現在、カルニシア大陸西端が魔族の支配する領域になっている。シュタインの目的は、エルフと魔族の争いを終わらせる事だ。


「なぁシュタイン。アレは本当に付いて来るのか?」


 馬に乗ったアリーシャが、別の馬に乗るシュタインに問う。後ろを振り返ったシュタインの目に、二足歩行の大蜥蜴に跨った巨漢、カイザーが映る。カイザーはシュタインと目が合ってにっこりと笑みを浮かべた。


「……あの人、話聞かないからなぁ……」


 付いて来るな、と言ってもあの人は付いて来る。何しろ話を聞かないから。


 こうして、シュタイン、アリーシャ、カイザーの三人は大陸の西に向かうのだった。

ブックマークして下さった読者様、ありがとうございます!

更新を楽しみにして頂いていると思うと胸が高鳴ります!!

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