62 深淵をのぞくとただの深淵だった
「うぉりゃぁぁあああ!」
青く光るレーヴァテインがバルトサニクに振り下ろされた。レインの気合と剣の勢いに反して、音もなく奴を両断する。
「ぁぁ…………」
吐息のような声を上げたバルトサニクは、そのまま動かなくなった。
獣のような目をしたレインがフライラングを睨む。
「ひぃっ」
フライラングが小さな悲鳴を漏らす。
レインは地面に深く突き刺さったレーヴァテインを抜い――
「ぬ、抜けねぇ!?」
…………何やってんの、レイン?
レインは「この剣を岩から抜いた者が勇者だ!」と言わんばかりに、顔を真っ赤にしてレーヴァテインを抜こうとしている。これはアレだ。力が入り過ぎて地中の岩盤に刺さったな。
レインをジト目で見ながら、アビーさんがフライラングを槍で突き刺そうとする。「ガキン!」と派手な音がするが、その攻撃は奴の「絶対防御」に弾かれた。
俺の隣でミエラがフライラングに狙いを定めていた。
「ミエラ、ダメだ! 周りに被害が出る!」
「あっ!」
ミエラは慌てて矢を空に向けて放った。無属性の威力「10」の矢が雲を割って飛び去る……どこにも被害が出ない事を祈ろう。
その間にも、フライラングは滅茶苦茶に暴れてグレイプニルから逃れようとしていた。しかし、暴れれば暴れるほど、グレイプニルが彼女を縛り上げる力が強くなる。
――グギギギギ……ズサッ!
フライラングは、自分の左脚を膝の上で切断して逃げ出した。その後をグレイプニルが追う。矢のような速さで飛ぶフライラングだが、グレイプニルの方が速い。
「くそっ、何なの? 何なのよ、コレ!?」
追いついたグレイプニルを大鎌で斬ろうと振り回すが、形を自在に変えるグレイプニルには当たらない。やがて大鎌を振り回す腕に絡みつき、そのまま首、胴体まで拘束した。
「フ、フン! 勝った気でいるといい! どうせあたし達は復活する! その時までせいぜい――」
――ドパァァアアーン!
フライラングの捨て台詞(?)の途中で、ミエラがミストルテインで放った矢が当たる。
「人が喋ってるでしょっ!? なに邪魔してんのよ、このエルフくずれ――」
――ズゴォォオオオン!
ミエラに対する暴言は許せない。俺はフライラングを力一杯地面に叩き付けた。10メートルくらいのクレーターが出来、そこに湖から水が流れ込む。
「プハッ! この、この、この! 人間どもがっ」
俺はグレイプニルという武器はあまり好きではない。
「絶対に殺す、絶対に滅ぼして――」
「引き千切れ、グレイプニル」
――グチャッ
体に密着していれば「絶対防御」も関係ない。フライラングを拘束していた部分が鋸歯となり、グレイプニルはその拘束の輪を一気に狭める。奴の体が数百の肉片になり、溜まった水にボタボタと落ちた。
武器としてのグレイプニルは兎に角エグいのだ。だから余り使いたくないし、パルには絶対に見せたくない。
パルは俺達からかなり離れた所に居て、その両目を肩に乗ったピルルが羽で覆っていた。良かった、こっちを見ていなかったようだ。
人間の姿をしているが、邪神の眷属はそもそも生物ですらないので、切り刻んでも血の一滴すら流れない。
とは言え、やはり人間の姿をした者をこんな風に殺すのは良い気分ではない。
「……これで終わりなの?」
「うーん……ちょっと試したい事がある」
ミエラの問いに答え、グノエラを呼ぶ。
「どうしたのだわ?」
「グノエラ、思いっ切り深い穴を掘ってくれる? 人が一人入れるくらいで……ああ、アレを回収するのは嫌だから、その水溜まりをそのまま掘るか」
「眷属を閉じ込めるのだわ?」
「うん。奴らはどうせ復活するけど、多分あの体をそのまま使うと思うんだ。嫌がらせにしかならないかもだけど」
フライラングとバルトサニクを地中深くに埋める。元の体を利用するなら、多少は復活の妨げになるかも知れない。
「おもしろそうなのだわ!」
湖から流れ込む水を堰き止め、グノエラが嬉々として穴を掘ってくれた。地の大精霊にとって、穴掘りなど他愛もない事だ。出来た穴を覗き込むと、そこに深淵が生まれていた。
「グノエラ? これ、どれくらい深いのかな?」
「2キロくらいなのだわ!」
2……キロ? せいぜい100メートルくらいのつもりで頼んだんだけど……。
いや、深さを指定しなかった俺が悪い。
「さっすがグノエラちゃんなの!」
「さすがなの!」
ディーネとシルが「きゃっきゃっ!」と言って喜んでいらっしゃる。精霊って無邪気だよね。
「あ、ありがとうグノエラ」
「これくらい朝飯前なのだわ!」
さっきウナギ目一杯食ってたけどな。
アビーさんとレインが、上半身と下半身に分かれたバルトサニクを穴に放り込む。フライラングだったものは、溜まっていた水と共に既に深淵の底だ。
「じゃあ埋めるのだわ!」
「ディーネもやりたいの!」
「シルもやりたいの!」
シルはまだ分かるが、ディーネはどうするんだろう?
「永久凍土を作るの!」
永久凍土って作れるんだ……。水の大精霊であるディーネは氷も操れる。どういう仕組みか知らないが、永久凍土を作るらしい。
それは、仮に嫌がらせにしかならなくても、最上級の嫌がらせだね!
「じゃあ三人でお願いね」
「分かったのだわ!」
「「はいなの!」」
深淵はあっという間に埋められ、ついでにいくつか出来たクレーターも埋め戻され、傍目には普通の地面になった。シルがサービスで草まで生やしてくれた。
かくして、激しく凄惨な戦いの跡はきれいさっぱりなくなり、元の平穏な湖の畔になったのだった。
「アロ殿、君は……いや、君達は一体何者なんだ……?」
「いやぁ、まぁ、その、何と言うか、アレですよ。ね、じいちゃん?」
「お、おう?」
ファンザール帝国の勇者、ザック・ウィルシュタットさんから畏怖の眼差しを向けられ、困った俺はじいちゃんに丸投げした。困った時の勇者頼み。ザックさんも勇者だけど。
母様、それに屋敷から連れてきたシュミット料理長達も、間近で激しい戦闘が行われた為に少し青い顔をしているけど、怪我もしていないし大丈夫のようだ。
「アロ! 無事で良かった……」
「母様」
皆の様子を確認していると、母様からギュッと抱きしめられた。
騎士団で日常的に魔獣などと戦っている義父様は割と平気な顔をしている。その義父様から肩をバシバシ叩かれた。
「さすがは我が息子! 見事だったよ!」
そしてパルが腹にダイブして、頭をぐりぐりと擦りつけてくる。
「パル、怖かった?」
「ううん……うん、こわかった。でもアロ兄ぃがつよくてかっこよかった!」
「怖がらせてごめんな?」
「ううん!」
頭を撫でると、パルの尻尾がブンブンと振られた。俺の肩に飛び移ったピルルも俺の頬に頭を擦りつけてくる。ピルルの頭も優しく撫でた。
「ミエラ……大丈夫だった?」
少しボーっとしているミエラが気になって声を掛ける。
「えっ? う、うん、大丈夫だよ」
「ほんと?」
「……アロが殺されたかと思って、私……」
「心配かけてごめん」
パルがお腹から離れないので、俺は腕を伸ばしてミエラを抱きしめた。ミエラは力強く俺の首にしがみついてきた。俺とミエラに挟まれたパルが「むふー」と満足そうな声を漏らす。
「あぁ~っ!? アロ君、ボクも! ボクも頑張ったよ!?」
コリンがどさくさ紛れに抱き着いて来ようとしたので、その額を左手で押さえて食い止めた。
「ヒドいっ!?」
「あ、ごめん。反射で」
抱擁は体が拒否したが、コリンは戦いの間ずっと、大規模な神聖魔法の障壁を張り続けて皆を守ってくれた。
「コリン、皆を守ってくれてありがとう。助かったよ」
「っ!? あ、うん。どういたしまして?」
コリンは何故か顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
……俺、何かした? さっぱり分からん。
「レイン、アビーさん。怪我はない?」
「かすり傷だぜ」
「問題ないでござるよ」
「二人ともありがとう」
最初に魔人が襲ってきた時、二人は真っ先に迎撃してくれたからな。
「レイン、精霊力を使った?」
「あー、……た、多分?」
……こいつ、分からないままで適当に使ったな?
レーヴァテインが青く光っていたから精霊力だったのだろう。しかし、それがバルトサニクの「絶対防御」を破って奴を両断したとは考えにくい。
あの時は咄嗟に「神聖力か精霊力」とレインに伝えたが、改めて考えてみると精霊力ではない筈なのだ。なぜなら、グノエラとディーネがフライラングに精霊魔法をぶつけたが、それでは防御を突破できなかったのだから。
つまり、邪神の眷属の防御を突破出来るのは「神聖力」。レーヴァテインに元々宿っていた神聖力と、レインの馬鹿力が合わさってバルトサニクに通じたのだろう。
この事実が分かったのが最大の収穫だ。
その後、余った巨大ウナギは村人に任せ、ザックさんの追及を誤魔化して王都の屋敷に帰ったのだった。
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