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61 グレイプニル

SIDE:ミエラ


 その男は何の前触れもなく、突然空気を割って現れたように見えた。


「アロ様!」

「「(あるじ)さま、うしろなの!」」


 ミエラは、アロの肩口に剣が振り下ろされるのを見た。そしてその剣がアロの脇腹まで一息に斬り裂くのを。


「アローーーっ!?」


 ミエラは思わず目を背けた。私のアロが、一番大切な人が、あんな風に殺されるなんてダメ……ダメよ!


 その場に崩れ落ちそうになったミエラを、グノエラが抱き止めた。


「ミエラ、大丈夫なのだわ。アロ様は斬られてないのだわ!」

「……えっ?」


 空を見上げると、男の剣が斬ったのは水塊だった。すぐ近くでディーネが両手を空に掲げ、眉根を寄せて難しい顔をしている。

 ミエラが見たのは、グノエラとディーネが作り出した「人形」だった。色まで着けられて細部に渡ってアロにそっくりな人形。


 もう一人の邪神の眷属、バルトサニグが斬ったのはその人形だった。


「じゃあアロはどこ?」

「ここだよ」


 聞き慣れた声がすぐ隣から聞こえて驚くミエラは、思わずアロに抱き着いた。


「もうっ! 心配したんだから!」

「ミエラ、ごめん。でも、まだ終わってないから」

「ハッ!?」


 パッとアロから離れるミエラ。目の周りが赤くなっている。安心して泣いてしまったのだろう。


「ミエラ、ミストルテインを構えておいて」

「う、うん」

「チャンスがあったら射るんだ。無属性で、威力は『10』でいい。ただし射るのは奴らが空にいる時だけね」

「分かった」


 食いしん坊だったり、魔法具作りに熱中したり、寝坊したり、とにかく普段は普通の男の子で、時々弟みたいって思う事もある。でも戦いになると、その背中がすごく大きく見える。横顔はキリッとして見えるし、いつもよりカッコいい。


 そう。アロに任せれば絶対に大丈夫。そう思わせてくれる何かがある。


 レインとアビーに指示を出すアロの背中を見ながら、ミエラはそんな事を考える。そして彼に言われた通り、ミストルテインを構えるのだった。





SIDE:アロ


 グノエラとディーネは、俺に注意すると見せかけて身代わり人形を作り出してくれていた。眷属がそれに気を取られている間に地上に降り、ミエラ、レイン、アビーさんに指示を出す。


 レインにはまだレーヴァテインの使い方を説明していない。ウナギ食ってる場合じゃなかったよね。まぁ今更だけど。


 「生生流転」を検証している途中で邪魔が入ったから仕切り直しだな。


「『終焉の炎(タナトス・フレイム)』!」


 空に浮かぶ二人の眷属に向けて「終焉の炎(タナトス・フレイム)」を放つ。本来は上空から地上に向ける魔法だが、空に向けた方が周辺被害が少なくて良いだろう。


 俺の周囲に、真っ赤に光る魔法陣が10、現れる。そこに重なるように7つずつの魔法陣が追加される。魔法陣の数は全部で80。


 最初に出現した魔法陣が炎を出し、重ねた魔法陣は次々にその威力を増す役割を持つ。極太の炎の柱が10本、空に伸びていき、フライラングともう一人の眷属を吞み込んだ。


 奴らは既に「絶対防御(アポリトスアミナ)」を使っている筈。そうでなければ、いくら邪神の眷属といえども「終焉の炎(タナトス・フレイム)」には耐えられない。


「――慈愛の風に乗って大空(たいくう)へと散れ。『生生流転(せいせいるてん)』」


 空中に二つの金色に光る球が現れ、炎の柱を食い破る。球の内側に二人の眷属を捉えていた。


 「終焉の炎(タナトス・フレイム)」の炎は「生生流転(せいせいるてん)」の光に触れる傍から青白い粒子となって宙に消えていく。それと同時に、眷属の「絶対防御(アポリトスアミナ)」も――


「消えない、だと?」


 僅かに、表面が粒子に分解されていっているように見えはする。しかし、完全に無効化するには程遠い。


「はっはー! 何かしたみたいだけど、ムダだったねっ!」


 ボロボロで泥だらけのフライラングが勝ち誇ったように叫んだ。その姿でよくそんな上から目線の言葉が出るよな。


「…………」


 もう一人、男の姿をした眷属は何も言わず、フライラングを見て、俺を見た。何だか困った顔をしている。彼も彼女の言動に困っているのかも知れない。


 「生生流転(せいせいるてん)」では「絶対防御(アポリトスアミナ)」を無効化する事が出来なかった。つまり、奴らの防御は魔法的な障壁ではない。僅かに削れたので少しは魔力も利用しているのだろうが、魔力以外の力で構成されていると考えた方が良いだろう。


「あんたの奥の手は効かなかった! バルトサニグも来たからには容易く死ねると思うなよ、人間どもがっ!」


 邪神本体と対峙する前に「生生流転(せいせいるてん)」が効かない事が分かったのは僥倖だ。その点だけは眷属に感謝してもいい。


――ドドッパァァアーン!


 一人で興奮しているフライラングとバルトサニグと呼ばれた男に、ミストルテインの矢が炸裂した。


「『氷槌撃(グラキエース)』!」

「『大地の怒り(グランド・レイス)』!」

「『天水の怒り(アクア・レイス)』!」


 サリウス、グノエラ、ディーネの極大魔法が眷属達を襲う。いくら「絶対防御(アポリトスアミナ)」があって直接体に届かないとはいえ、ミエラの矢、そして三人の極大魔法を立て続けに受けて、眷属達は大きく吹き飛ばされた。


 地上に引き摺り落とせば、レーヴァテインの攻撃なら通ると思う。あれはそういう武器として改造したから。


「レイン。神聖力か精霊力だと思う」

「了解! くぅ、早く振ってみてぇ!」


 レーヴァテインには、改造する前から神聖力が込められている。俺が借りている聖短剣ソラスと同じようなものだ。そこに、魔力・精霊力も込められるように改造した。それらの力の源は、(ガード)部分に嵌め込んだ魔力の結晶、ディスク(円盤)である。

 

 使用者の意思で、神聖力・魔力・精霊力が刀身に漲る。神聖力・精霊力は、刀身に行き渡るだけでそれが弱点の敵に特効があり、魔力は属性を付与してダメージを上乗せ出来る。


 ビッテル湖の上空から、北に広がる森の奥へと吹っ飛ばされた眷属達が、恐ろしいまでの速さで戻って来た。フライラングは大鎌(デスサイズ)を、バルトサニグは持ち手部分にガードが付いた幅広の湾刀を、それぞれ大きく振りかぶっている。


「『大気障壁(エアウォール)』!」


――ボフッ!


 柔らかい空気の壁を作り出すと、眷属達がそこにめり込んだ。何らかの攻撃を受けたと勘違いした彼らに一瞬の隙が生まれる。


「グレイプニル、彼らを捕まえよう」


 両袖から、先端に三角錐が付いた鎖が伸びる。


 神鎖グレイプニル。使わない時は、紙のような薄さと軽さで長さも50センチ程。上着の内ポケットにも入る手軽さだ。

 一度(ひとたび)その名を唱えて起動すると、使用者の魔力に応じて長さと強度が無限に変化する。鎖を構成する円環の一つ一つに、精緻な魔法陣が刻まれているが、前世で何年もかけて俺が刻んだものだ。もちろん円環は長さに応じて増えるから、その全てに刻んだ訳ではない。俺が刻んだのはだいたい300個くらい。それ以上の長さになる時、魔法陣が刻まれたままで円環が複製されるのだ。


 この事実に気付いた時、前世の俺は膝から崩れ落ちたよね……魔法陣を刻むの、2~3個で良かったんじゃないかって思って。


 ……まぁそれはさておき。グレイプニルは魔力を込めれば込める程長く、強くなる。生き物のように自在に操るのにも魔力が必要。つまり魔力をドカ食いする神器なのだ。


 魔力量がかなり多い俺でも、使った後はヘトヘトになるくらい燃費が悪い。その代わりと言っては何だが……強い。前世で、邪神との戦いより前にグレイプニルを見付けていれば、結果は変わっていたかも知れない。


 そう。これを見付けたのは邪神を封印した後だった。だから、眷属達もグレイプニルを見た事はない。もちろん邪神もだ。


「なにコレっ!?」

「…………っ?」


 「大気障壁(エアウォール)」に突っ込んでワタワタしていた眷属達の死角からグレイプニルを忍ばせて二人の脚に絡めた。


 障壁系の魔法に共通する真理が一つある。魔法、物理を問わず、障壁で守られているものを害そうとする()()を防ぐ。逆に言えば、攻撃と見做されなければ障壁を素通り出来る。


 それが「絶対防御(アポリトスアミナ)」であっても。


 そして()()グレイプニルには攻撃力がない。だから「絶対防御(アポリトスアミナ)」を抜けて眷属達を捕らえる事が出来た。

 確信があった訳ではない。これも検証の一つである。駄目だった時は別の手を考えようと思っていたが、存外上手くいった。


「グレイプニル、叩き落とせ」


 俺達の前、10メートル程の地面から斜め上に向かって伸びていたグレイプニルは、地面に接している部分から先が一瞬で縮み、眷属達を地面に叩き付けた。


 次の瞬間、高く跳躍したレインがレーヴァテインを振り下ろした。

ブックマーク、評価して下さった読者様、本当にありがとうございます!

執筆の力が漲ります!!

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