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59 水竜祭(ウナギ祭り)

 義父様と母様、それに元勇者のじいちゃんは転移魔法陣を使った転移の経験があるから然程の驚きはなかった。しかしシュミットさん、マリーさん、アベルさんの三人は転移初体験だったようで、「えっ? ええっ!?」としきりに声を上げている。


 まぁ、屋敷の裏庭に居たのに突然目の前に湖が現れたらびっくりするよね。


 それにしても、少しこの地を離れていただけなのに、随分と人が増えている。


「ミエラ、沢山人が来たみたいだね」

「うん。なんか、西の村に『勇者』さんが来てて、他の村の人達も西の村に集まってたらしいの」

「勇者?」

「ほら、あの人」


 ミエラが示す方を見ると、ウェーブのかかった黒髪を肩まで伸ばした男性がいた。


 そう言えば、王都冒険者ギルドのギルマス、マイルズさんが言ってたな。こっちに魔人が出現しているらしく、それで帝国や神教国の「勇者」が動いてるって。あの人は帝国の勇者さんだろうか。


 そう思っていると、その勇者さんが俺の方に歩み寄って来た。


「キミがアロ殿かな? お招き頂き感謝する。俺はファンザール帝国で勇者に任命された、ザック・ウィルシュタットだ」


 ザックさんはそう言いながら右手を差し出してきた。濃い緑色の瞳は精悍な光を湛えている。細く引き締まり、日に焼けた肌は常に現場に出ている事を思わせた。背に長槍を背負っているので、アビーさんと話が合うかも知れない。


「アロ・グランウルフ・アルマーと申します」


 手を握り返しながら答えた。


「グランウルフ? リューエル王国最強の勇者の係累か?」


 じいちゃん、王国最強って言われてるんだ。初耳だな。


「あー、育ての親、というかじいちゃんです。ほら、あそこに居ますよ」

「なんとっ!?」


 話がしたそうなザックさんをじいちゃんに紹介して任せ、俺はシュミットさんと相談しながらタレを作る事にした。


「甘辛く、それでいてしつこくない感じです」


 塩だけで焼いたウナギを試食したシュミットさんは、それだけでタレのイメージを掴んだらしい。さすが腕の立つ料理人だ。


「なるほど……それであの四つを持って来たのですな。ふむ、この白身でしたら……そうですね、少し果物の果汁を混ぜると良いかも知れませんね」


 シュミットさんは早速タレ作りに取り掛かる。こうなったら素人の俺が口出ししても邪魔なだけだ。俺は解体の方を手伝う事にした。


 このビッテル湖の畔に集まっているのは……100人くらいかな? 随分集まったな。それでも食材については心配ない、というか全然余るだろう。余った分は村に持って帰ってもらえばいいか。


 塊から一人前の大きさに身を切っていく。塩だけでも美味かったので、塩とタレ、両方食べられるようにしよう。


「グノエラ、竃をあと四つ作ってもらっていい?」

「お安い御用なのだわ!」


 グノエラが土魔法で竃を作ってくれる。ふと周りを見ると、義父様と母様も食材を運んだり、食器を準備したりと手伝ってくれていた。

 パル、ディーネ、シルの小さい子組も切り身に串を打つ手伝いをしている。偉いぞ。


 もちろん、やって来た村の人達も手伝って、切り身を次々と焼いていた。そのうち、荷車で大きな樽が運ばれてくる。


「おーい! 酒も持って来たぞー!」


 もう、完全にお祭りの様相を呈してきた。ウナギ祭りだ。いや、水竜祭と言うべきか。ウナギだったけど。


 村の大人達が焼いたウナギを、子供達が美味しそうに食べている。子供は20人くらいいるかな。ディーネとシルくらいの子から俺より少し上くらいの子までいる。余り食べ過ぎるとタレの方が食べられなくなるよ?


 グノエラが竈を増やしてくれたので、切り身を焼くスピードが三倍になった。子供達は一通り食べ終え、大人達が酒を片手に食べ始めている。


 前世では、祭りと言えば帝都で行う大掛かりなもので、祭りの準備に参加した事もないし、どうしても主賓として扱われてあまり楽しめなかった記憶がある。各地の領主が挨拶に来るからその相手で終わる、みたいな。


 こんな風に皆でわいわい騒ぎながら飲み食いするだけで、こんなに楽しいんだね。うん、仲間や家族の皆も楽しそうで俺も嬉しい。


「アロ様! タレが出来ましたので味見をお願いします」


 シュミットさんに呼ばれて、今度はタレの方を味見する。焼けた後にタレを掛けるのではなく、焼きながら掛ける事で非常に香ばしい香りがする。


「くー、美味い!」


 ふっくらした白身とパリパリの皮。甘味のあるシヨーユだれが淡白な白身の旨さを際立たせ、同時に脂のくどさは果汁の爽やかさが打ち消している。


 これぞ匠の技。


 気が付くと、目の前でパルがじーっとタレ焼きの切り身を見つめていた。


「パルも味見す――」

「するっ!」


 食い付きが凄い。俺が切り身を差し出すと「ぱくっ」と食べる。


「むふぅーっ! おいひい!」


 行儀は悪いかも知れないが、可愛いから全然OK。


 それから、竈の二つで塩焼き、残り四つでタレ焼きを作り始めた。タレが炭に落ちて、何とも言えない良い香りが立ち込め、その香りに人々が集まって来る。さっきまで塩焼きをバクバク食べていた子供達も香ばしい香りに釣られて竈の近くに寄って来た。


 美味しいものが人を惹きつける力って凄いよね。


 また大人達は子供を優先して食べさせてあげている。当たり前かも知れないけど何だか微笑ましい。

 水竜こと巨大ウナギを討伐して、村の人達にこうして来てもらって、本当に良かったなぁって思う。


「アロ様!」

「「(あるじ)さま!」」


 そんな幸せな時間も、三人の精霊が俺を呼ぶ声で終わりを告げた。





SIDE:ゲインズブル神教国・最南端


 アロ達がビッテル湖の畔に到着した頃――。


 ゲインズブル神教国最南端の村が、邪神の眷属率いる魔人に襲われていた。


 神教国各地で村や町を「業火(インフェルヌス)」で焼き払い、信仰に篤い者の命を奪う事で徐々に力を増していた眷属達。彼らは「魔人の種(デモニウムシード)」を生み出して、生き残りの人間を魔人化していた。

 時に家族を人質に、時に力づくで「魔人の種(デモニウムシード)」を食べさせ、魔人の数を増やしていたのだった。


 この日眷属達は、魔人に村を襲わせ、生き延びた者を魔人化するという悪趣味な遊戯に耽っていた。


 その時である。南の方で精霊の大きな力を感じたのは。それは、水の大精霊ウインディーネがビッテル湖を真っ二つに割った力であった。


 眷属にとって、いや正確に言うと邪神にとって、精霊は邪魔者以外の何者でもない。純粋で清らかな精霊は邪神とは相反する存在。そんな精霊の力は邪神とその眷属の力を弱める可能性があった。


 だから、もし大きな力を持つ精霊が居るなら排除するに越したことはないのだ。


 邪神の眷属、フライラングとバルトサニグは、村の襲撃を中止してすぐさま魔人を南へと向かわせた。


 人を遥かに超越した力を持つ魔人の群れは、森の中を驚くべき速さで疾駆する。


 二人の眷属は、南下する魔人達の遥か上空をゆったりと飛行していた。彼らの目は数キロ先で陽光を反射する湖面を捉える。


「さっきの力、あの湖の辺りっぽいよね」

「……」

「あー、精霊しか居ないのかなー。人間がいっぱい居たらいいのにー」

「……」


 フライラングが話し掛けても、バルトサニグは返事すらしない。無口で必要な事以外、いや時には必要な事さえも喋らないバルトサニグだが、フライラングもさすがに慣れた。


 そのまましばらく飛び続けると、かすかに香ばしい香りが漂ってくる。


「え!? 何この匂い……ちょっと美味しそうなんですけど!?」


 匂いに釣られたフライラングは飛行速度を上げた。そして湖の畔300メートル上空に到着した彼女の目に入ったのは――。


「何あれ!? お祭り? お祭りなの? めっちゃ人いるじゃん! うっひょー!」


 期せずして人間の集団を見付けたフライラングは、精霊を排除するという当初の目的を忘れて興奮した。ウナギのタレが焼ける美味しそうな匂いの影響もあったかも知れない。


「うっわーどうしよう……魔人に襲わせる? それとも直接焼き殺す?」


 ここで「業火(インフェルヌス)」を放てば、眼下の人間どもは一人残さず焼け死ぬだろう。でもそれをすると、この美味しそうな匂いの元も一緒に焼け焦げてしまう……。


「魔人だね、こりゃ!」


 魔人30体の群れなら、あの程度の人間を皆殺しにするのに5分も掛からないだろう。


「よし行け、魔人達! そこの人間、全部殺しちゃって!」


 森の木々を抜けて、魔人達が湖の畔に躍り出た。

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