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58 白焼き

 天井は崩れたが落ちては来なかった。良く見ると、細かい根のような物が崩れた天井を覆っている。


「シル、これは君がやったの?」

「そうなの。木と草が助けてくれたの!」

「そっか。凄いね」


 シルが無い胸を反らしてドヤ顔をキメた。その様子が何とも可愛らしくて思わず頭を撫でる。すると「えへへー」とシルが照れるので、ぎゅっと抱きしめた。


「ありがとうね、シル」

「役に立てて良かったの!」


 シルはその力を使って宮殿(パレス)全体を植物の根や蔓で覆い、崩壊を食い止めてくれたようだ。とは言え、これがいつまで保つか分からない。またシルを抱えて全力で走り始める。


 細かい欠片は落ちて来るし、ひび割れた床は走りにくかったけど、無事に宮殿(パレス)を脱出した。


「あー! シルばっかりズルいの!」


 抱きかかえたシルが俺の首に両腕を回して密着していたので、外で待っていたディーネがヤキモチを焼いたようだ。シルはちょっと驚いたみたいだが、俺の首から離れない。


「ディーネもおいで」


 仕方ないので反対の腕でディーネを抱えると、彼女も腕を首に回して頬擦りしてくる。見た目幼女とは言え、精霊の二人は結構力が強い。そんな二人が両側から首に腕を回しているので、首が締まってだんだんと意識が遠ざかり――。


「「(あるじ)さま!?」」


 フラフラし始めた俺にびっくりして二人が腕を離してくれる。危うく幼女に締め落とされる所だった。


「ふぅ、危なかった……よし、二人とも上に戻ろう」

「「はいなの!」」


 二人を抱いたまま「飛翔(フライ)」を使って地上に戻った。その瞬間、二つに割れていた湖が元に戻る。湖面が激しく波立っているので見えないが、恐らく宮殿(パレス)も崩れてしまっただろう。


 永い間、武器を守ってくれてありがとう。


「アロ、お帰り!」

「無事で良かった!」


 ミエラとコリンが駆け寄って声を掛けてくれる。


「アロ兄ぃ!」


 パルが俺の腹部にダイブして来る。「身体強化(ブースト)」をすかさず発動して受け止めた。下に降りる直前までパルはウナギに目を奪われていたので、俺の事を思い出してくれて嬉しい。


「ただいま。ディーネとシルのおかげでかなり助かった」


 ディーネが居なければ、そもそも宮殿(パレス)の入口に辿り着くのも難しかっただろうし、シルが居なければ最初の落石で死ぬ事はなかっただろうが大怪我していたかも知れない。


「二人とも、本当に助かったよ。ありがとう」

「「えへへー」」


 何度目か分からないがまた二人の頭を撫でる。するとパルと目が合ったのでパルの頭も撫でると「にへへ」と言いながら尻尾をゆらゆらと揺らした。


 ふとウナギの方を見ると、胴体がいくつかに分割されてそのうちの一つは真ん中から開かれている。さらに石を組んで作った大きな竃が二つ出来上がっていた。


「アロ殿! 準備していたでござる!」

「デカいからよく分かんねぇけど、こんなもんでいいか?」


 さすが高ランク冒険者。アビーさんとレインがウナギを解体し、調理する準備まで行っていた。竃はグノエラが土魔法で作ったようだ。


「三人とも、さすがだね!」


 そして、コリンとサリウスは見知らぬ男性達――いや、一人は見覚えがある。ビッテル湖の南西にある、この場所を教えてくれた村で話した男性だ。彼を含む四人と話をしていた。


「アロ君! この人達は村から様子を見に来たらしいよ」

「アロくんの活躍ぶりを教えていた所なのじゃ!」


 いや、ウナギに関しては、俺何にもしてないよね……。一撃で倒したのはミエラだし、沈まないように頑張ってくれたのはアビーさんとレイン、シルとディーネだし。


 あれ……俺、マジで何にもしてないや……。


「お前さんは、この前村に来た子か!? 水竜を倒してくれたんだってな!」

「あ、いや、俺は何も――」

「ありがとう!」

「「「ありがとうな!」」」


 村人さん達から口々にお礼を言われ、ちょっと居たたまれない気持ちになる。


「あの、これ食べられるんですよ。それで、村の人達も一緒にどうでしょうか?」

「何だって!? く、食えるのか?」

「ええ。結構美味しいと思います」

「俺達まで良いのか!?」

「見ての通り、かなり量があるので。もちろんご迷惑でなければ」

「俺、みんなを呼んでくる!」


 一人の男性が村に向かって駆け出した。村人達がここに来るまでは時間が掛かるだろう。まずはちょっと試食してみよう。


 グノエラが石で調理台まで作ってくれた。開いた身から切り出した塊を調理台の上に乗せ、切り身にしていく。串を打ち、軽く塩を振って竃の上に乗せ炙っていく。

 皮の方から焼き始めると白い身の上に脂が浮いて、それが炭に落ちて辺りに香ばしい香りが広がっていく。


「ごきゅり」

「じゅるり」


 すぐ傍で見ていたミエラが喉を鳴らし、パルが目を輝かせながら涎を拭った。皮がパリパリになるまでじっくり火を通す。


「よし、こんなもんかな。塩だけだけど、この方が味も分かりやすいと思う。ちょっと食べてみよう」


 魔法袋から木皿を出し焼けた身を乗せた。塩や皿は常に魔法袋に入れてあるのだ。木のフォークも出して配る。


「熱いから気を付けて」


 今にも飛び掛かりそうになっていたパルに先ず渡す。


「はふ、はふっ! ……ん、おいしー!!」


 パルの言葉を聞いて、他の皆も次々に口に運んだ。


「何これ!? すっごく美味しい!」

「淡白な白身なのに、すごく脂が乗ってる!」

「デケぇから大味かと思ったが、そんな事ねぇな!」

「美味いでござる!」

「美味しいのだわ!」

「「美味しいの!」」

「ぴるるるぅぅ!」


 メンバーには好評のようだ。そして、サリウスはまた泣いていた。


「美味しいのじゃ……」


 美味しいと毎回泣くよね。いや、魔族領でどんなもの食ってたんだよ。


「あの水竜が……」

「こんなに美味(うめ)ぇとは」


 村の人も気に入ってくれたようだ。


「ミエラ、せっかくだからじいちゃんと母様達も連れて来るよ。あと、タレも作りたいから材料取ってくる」

「タレ!? タレって何!?」

「ちょっと甘辛い……まぁ出来てからのお楽しみで」

「わ、分かった!」


 レインとアビーさんが居れば安全だろう。二人は新しく切り身を作って竃の上にかざしていた。ウナギに目が釘付けだが、大丈夫の筈だ……大丈夫だよね?


 ま、まぁ、大精霊が二人と精霊も居るから大丈夫だろう。ミストルテインを持ったミエラも居るし。あ、っとその前に。


「レイン」

「あ?」

「ほれ」


 そう言って、宮殿(パレス)から取ってきた「レーバテイン」を投げて渡す。


 大剣レーバテイン。前世で俺が探し出した神器の一つ。神器だけど俺が少々手を加えた。刀身の長さは1.7メートルくらい。柄まで加えると2メートルくらいある両刃の剣。

 黒い刀身には精緻な紋様が刻まれているが、これは装飾ではなく魔法陣の一部である。元々「竜さえ斬り裂く」と言われていたレーバテインだが、俺がそこに少しだけ――多少、いやまぁ割と改造を施した。


 レインに投げ渡したのは、鞘に入った短剣の姿。


「こ、これはっ!?」

「約束の例のヤツ。鞘から抜けば本来の大きさになるから」

「あぁ……有り難き幸せっ!」


 跪き、レーバテインを両手に捧げ持って頭を下げるレイン。


「大袈裟だなぁ。じゃあ俺はちょっと行ってくるね」


 手をひらひらと振ってから王都の屋敷に転移した。





「ただいま戻りました」

「アロ様、お帰りなさいませ」


 屋敷に戻った俺を、侍従長のスコットさんが出迎えてくれた。


「スコットさん、義父様と母様、じいちゃんはいますか?」

「ああ、ヴィンデル様は執務室に、シャルロット様とルフトハンザ様は私室にいらっしゃるかと存じます」

「良かった。じゃあ……まずは義父様かな」


 スコットさんと共に義父様の執務室へ。


「おお、アロか。どうしたんだい?」


 俺はビッテル湖で巨大なウナギを仕留めた事、それがかなり美味しいので、調理して皆で食べたいのだと告げる。


「なるほど、ふむ……」

「自然の中で食べるのは、また格別ですよ」

「し、しかし帝国領だよね」

「大丈夫ですよ! 転移で運びますから」

「使用人達もかい?」

「いつもお世話になってますから」


 俺に転移魔法が使える事はあまり知られない方が良いらしいが、この屋敷で働く人達にはどうせいずれバレるのだ。それに言いふらすような人も居ないと思うし。


 渋る義父様を説き伏せ、スコットさんに手の空いた使用人さんを集めてもらった。もちろんシュミット料理長もだ。

 本当は全員連れて行きたかったが、行けそうなのは侍女のマリーさんと侍従のアベルさん、シュミット料理長だけだった。スコットさんにも「私が家を空ける訳には参りません」と固辞された。また何か機会を作ろうと思う。


 シュミットさんと相談してタレの材料を持って行く。料理酒、砂糖、南方の大陸から輸入された豆が原料の黒い発酵調味料「シヨーユ」、米と酒から作られた「ミーリン」。


 準備が整ったので、義父様、母様、じいちゃん、シュミットさん、マリーさん、アベルさんを裏庭に集めた。


「どんなお料理が食べられるのか楽しみだわ!」

「儂も暇じゃったしの」


 母様とじいちゃんは純粋に楽しみにしてくれている。他の皆は、困ったような、戸惑うような表情だが気にしない事にした。


「一瞬暗くなって少しふわっとします。じゃあ行きますよ。『長距離転移マクリス・メタスタシー』!」

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