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55 真剣勝負

 屋敷に戻った俺は調理室に直行した。アルマー子爵家の料理長、シュミットさんにワイバーンの肉を渡して料理してもらう為だ。


「シュミットさん、ワイバーンの肉って料理した事ありますか?」

「これはアロ様。ええ、ワイバーンなら何度かありますよ」

「よかった。それじゃあ――」


 大きな調理台に、脇腹の肉50キロ、肩甲骨周りの赤身肉50キロをいったん出して、それぞれ約5キロずつ切り分けて残りを再び魔法袋に収納した。


「こっちをステーキで。こっちは……煮込みですかね?」


 巨大な肉塊を見て目をまん丸にしていたシュミットさんが「ハッ!?」と言って意識を取り戻してくれた。


「そ、そうですね! これは料理し甲斐があります!」

「お任せしても?」

「もちろんです。お任せください!」


 これまで屋敷で食べた料理は、全て文句なく美味しかった。だからシュミットさんの腕は信用出来る。その人がやる気に満ちて請け負ってくれたので今から楽しみで仕方ない。


 昼ご飯もまだだけど夕食の事をあれこれ考えていると、珍しくじいちゃんから呼び出された。


「どうしたの、じいちゃん」


 じいちゃんが使っている私室に入って尋ねる。


「アロ、実はな……ちょっと知り合いから頼まれ事をされてじゃな……」


 じいちゃんにしては歯切れが悪い。


「そうなの? 俺に手伝える事がある?」

「いや、手伝うと言うよりも、アロの手を煩わせると言うか、アロの手しか煩わせんと言うか……」


 そんな、遠慮するような間柄じゃないでしょーが。ズバッと言ってよ。


「じいちゃん? はっきり言ってくれなきゃ分からないよ」

「む? うむ、そうじゃな。分かった、はっきり言おう。コリン・マクファレンの面倒を見てやってくれ」

「……え?」

「じゃから、コリン・マクファレンの面倒を見てくれと言うておるのじゃ」


 コリンってあのコリン? なんで? なんで俺? 面倒を見るって何?


「ちょっと何言ってるのか分かりません」

「なんじゃとっ!?」


 何で逆ギレすんだよ。


 こっちがキレそうだわ、と思いながらキレかかったじいちゃんを宥め、何とか説明してもらった。


 じいちゃんが勇者パーティを組んでいた頃の仲間に、ポーリーン・スクラットという女性が居る。この方は現役の大聖女様である。と言うか、コリンと会った時に大聖女様の孫って確かに聞いたわ。


 それで、じいちゃんはその大聖女様から、コリンを俺の仲間に加えてやって欲しいと頼まれたとか。


「何でそういう話になったのかな?」

「それがその……お主の事を昔からポーリーンに相談しておっての。それでこの前、転生の事もぽろっと言ってしまった訳じゃな」


 ふーん、ぽろっとねぇ……。


「い、いや、ポーリーンの事は信用出来るから! そこは間違いないから!」

「分かった分かった。それで、俺が転生した事とコリンがどう繋がるの?」

「そこは非常に『せんしてぃぶ』な問題なのじゃ」


 どこでそんな言葉憶えてきた。


「コリンは、お主も知っていると思うが、『男』じゃ」

「うん」

「だが、心は『女』らしいのじゃ」


 ふむ。体と心の性が一致してないって事か。そういう人が居るっていう事は知ってるし、俺には推し量れない悩みだってあるだろう。


「そこで、じゃ」

「うん?」

「様々な魔法を開発したと言われる『大賢者シュタイン・アウグストス』の生まれ変わりなら、肉体的な性別を変える魔法を生み出せるかも知れん」

「……は?」

「と、ポーリーンは考えたようなのじゃ」


 そんな魔法はありませんけど。


「要するに、可愛い孫の為に、一縷の望みに縋りたいんじゃろう」

「気持ちは分からなくもないけど、ダメだった時に絶望したりしない?」

「うむ。だからコリンには、性別転換の可能性については話しておらんらしい」


 そこまでは分かった。でもそれなら、仲間にするとかじゃなくて「性別転換魔法を開発してくれ」で良いんじゃない? その疑問を伝えると、じいちゃんは「キリッ」とした顔で俺に告げた。


「コリンはアロに惚れとる」

「…………はいっ!?」


 待て待て待て。男から惚れられてると聞いて「はい分かりました」とはならないでしょ。いや、惚れるのは自由だけど、俺はその気持ちには応えられないよ? マイ・ハニーはミエラって決めてるんだから。コリンが女の子になったとしてもそれは変わらない。


 ……それにしても何で顔を「キリッ」とさせたんだ? なんかムカつく。


「いや、まぁ惚れとる『らしい』という話じゃ。本人にはっきりと確認した訳じゃない」

「なんだ、そうか」


 ただ、ポーリーン様とじいちゃんの関係を知っていて、じいちゃんを通じて何とか俺のパーティに加わりたいという話をしているのだそうだ。


 ……俺、パーティなんか組んでないんだけどなぁ。


 いや待てよ。コリンは神聖魔法の使い手だ。


 これまでの仲間の中に神聖魔法を使える者は居なかった。前世も含めてである。

 悪魔や魔人に神聖魔法が特効である事を知っているのは、神聖属性が付与された武器や防具を使った経験があったからだ。


 神聖魔法の使い手が仲間になれば、邪神やその眷属に対して、これまで試せなかった攻撃や防御を試す事が出来るし、もしかしたらそれが思った以上の効果を発揮するかも知れない。

 そうじゃないとしても、対魔人用の武器や防具を作るのにコリンが手伝ってくれれば大いに助かる。


 俺に惚れてるかも、っていう話は取り敢えず棚上げしておこう……。


「分かったよ、じいちゃん。ただし、他の仲間が反対しなかったらね」


 皆の意見もちゃんと聞かないとね。





 その夜は、シュミットさんが腕に縒りを掛けて作ってくれた、ワイバーンのお肉料理を楽しむ会、もといディーネとシルの歓迎会となった。


 ダイニングには、義父様と母様、じいちゃんも居る。ディーネとシルがはにかみながら皆にペコリと頭を下げ、全員がほっこりした所で歓迎会が始まった。

 今夜は一品ずつのコース料理ではなく、大皿・大鍋に盛った料理を好きなだけ取って食べるスタイルである。


「あれ、ステーキが少ないような……」

「アロ様。冷めてしまうので、減った分だけ新たにお焼きいたしますよ!」


 なんとシュミットさんが目の前で焼いてくれるらしい。分厚い鉄板と、魔晶石を使った可動式のコンロがセッティングされている。


 なるほど、理解した。ステーキを食べる俺達と、ステーキを焼くシュミットさんの真剣勝負って事だな? その勝負、受けて立つ!


 表面は僅かに焦げ目が付き、中はほんのりピンク色に焼けたステーキは、嚙んだ瞬間に口内が肉汁という名の幸せで満たされる。表面にかかった香辛料と肉の香りが鼻に抜ける。殆ど臭みがなく、肉の旨味と脂の甘味が口の中で渾然一体となった。飲み込むのが勿体ないと思える程だ。


 ミエラも、パルも、もちろんレインとアビーさんも、ステーキに夢中になっていた。


 次々と俺達の腹の中に消えるステーキ。そして次々と新たに焼き上げられるステーキ。シュミットさんの顔にも余裕はない。


 因みに、大人である義父様、母様は上品にナイフで切り分け、一口ずつ旨味を噛み締めながら召し上がっている。じいちゃんは小さめのステーキ一枚で十分のようだ。


 グノエラ、ディーネ、シルの精霊組は、本来魔力さえあれば食事を摂る必要がないというのが嘘みたいな勢いで食べていた。


 そしてサリウス。人間に偽装した魔族であり、現魔王の彼女はワイバーン・ステーキを食べながら泣いていた。


「サ、サリウス? 大丈夫?」

「こ、こんなに美味しいお肉、初めて食べたのじゃ!」


 美味しくて泣いてたのか。じゃあいいや。


 ステーキに舌が飽きた頃、赤身肉の煮込みを食する。根菜や香味野菜と共に、沸騰しない温度でじっくりと煮込まれたそれは――。


「もうなくなった!? 魔法かっ!?」


 ホロホロと肉の繊維が解け、口の中で溶ける。野菜には肉の旨味が、肉には野菜の旨味が移り、ステーキとは全く異なる食感でいくらでも食べられそうだ。


 俺が煮込みを食べたのを見て、ミエラとパルが飛び付いた。そして目を瞑り、無言でもぐもぐしている。

 レインとアビーさんはまだステーキにかぶりついている……どんだけ食べるんだよ。


 精霊組も煮込みに移行し、ステーキの時とは違って上品に食べていた。単にお腹一杯になっただけかも知れない。


 そして、煮込みを食べたサリウスはまた泣いていた。


「美味いのじゃあ!」


 そうか。それは良かった。


 そんな俺達を、母様と義父様がニコニコしながら見ている。じいちゃんは少し呆れ顔だが、それでも楽しそうだ。


 俺達とシュミットさんの戦いは、シュミットさんに軍配が上がった。質、量ともに期待を遥かに上回る料理だった。こんなに美味しく食べられるなら、もっとワイバーンを狙っても良い。いや、そうするべきだ。


 こうして精霊二人の歓迎会、もといお肉祭りは大満足のうちに終わったのだった。

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