54 ゴールド・ランク
「アロ、お前今日からゴールド・ランクな」
2階にあるギルドマスターの執務室に通され、勧められたソファーに腰を下ろした直後にこんな言葉を掛けられた。
「はい?」
「だってほら、勇者キリクも認めてるらしいし、勲章も貰うんだろ? ミスリルでもいいと思うが、さすがにその歳だと早ぇから」
ワイバーンを売りに来ただけなのに、何故冒険者ランクが上がるんだ?
「細けぇことは気にすんな。兎に角、最低でもゴールドに上げとかなきゃ辻褄が合わねぇんだよ」
「はぁ」
本当はミエラと一緒にゴールドに上がりたかったんだよな……。
「アロ、遠慮せず受けなさいよ」
「でも……」
「私はアロがゴールドになったらとっても嬉しいし、誇らしいわよ?」
「そう? そっか」
そもそも冒険者になったのは王立学院に入学する資金を貯める為だった。だからランクに拘りはないんだけど、ミエラが喜んでくれるなら素直に受け入れよう。それにミエラの実力なら直ぐにゴールド・ランクになるだろうし。
執務室に入って来た女性の職員さんに銀色のタグを渡す。新たに金色のタグに作り替えてくれるのだ。
「それでだな、『魔人殺し』の耳に入れておきてぇ話がある」
その二つ名、確定なのかな?
「なんでしょう?」
「神教国で何やらきな臭ぇ事が起こってるらしい」
ギルマスのマイルズさんによると、数週間前からファンザール帝国の北東部に難民が流入しているらしい。その全てはゲインズブル神教国から逃れてきた人々だった。
「最初は小せぇ村、次にいくつかの町が突然火の海に呑まれるって事件が起きてるっつー話だ」
「自然現象じゃなくて?」
「違うみてぇだ。いつも教会が中心だし、焼け跡を上から見ると綺麗な真円状らしい」
「魔法、っぽいですね」
「ああ」
中心が教会と言うのは理由が分からないが、真円状の焼け跡というのはどうにも魔法を行使した跡に思える。
俺が知ってる炎系魔法の中で焼け跡が真円状になるのは、俺が開発した「原初の炎」と「終焉の炎」の他には、炎のドームを生み出す「業火」くらいだ。
「業火」は、邪神の眷属が好んで使っていた記憶がある。奴らが動いているって事だろうか?
「もちろん神教国では調査が始まってるし、帝国は冒険者に調査を依頼してる。噂では神教国と帝国の勇者も動いてるようだから――」
「えっ!? 勇者ってそんなあちこちに居るんですか!?」
「あ? 知らねぇのか? まぁだいたい各国に居るぞ?」
そうなんだ……勇者って結構たくさん居るんだね……。
「その、勇者が動いてるのは例の『魔人』がちらほら出現してるから、っていう話だ」
「なるほど」
魔人まで絡んでいるのなら、神教国の村や町は邪神の眷属が襲っている可能性が高い。
「王国では被害は確認されてねぇが、そのうち高ランク冒険者には何らかの依頼が行くかも知れねぇ。一応心積もりしといてくれ」
「分かりました。貴重な情報ありがとうございます」
立ち上がって頭を下げる。すると、ミエラ、アビーさん、パル、ディーネ、シルの5人も立ち上がってぺこりと頭を下げた。
「お、おぅふ……い、いいってことよ。まぁこれからよろしくな」
「はい!」
おお……マイルズさんにも幼女パワーは有効らしい。
いや、決してミエラやアビーさんが可愛くないって言ってる訳じゃないからね? 俺の中でミエラはナンバーワンだし、アビーさんだってちみっこ……ゲフンゲフン、アビーさんだってミエラとは路線が違うが可愛らしい。
ただ、パルとディーネ、シルの3人は幼い(精霊の二人は実際には違うが)から、顔の大きさに対して目が大きくクリクリしてて、思わず「可愛いねー」と言いながら頭を撫でたくなる可愛さがあるのだ。
……何を力説してるんだろうか、俺。
ギルマスの執務室を出てから、思い出したようにアビーさんに尋ねる。
「そう言えば、アビーさんはマイルズさんを知ってたの?」
「キリク殿と同じパーティの時、何度か会ったでござるよ」
「そうなんだ。しかし大きい人だなぁ」
「なんでも、巨人族の血が流れているそうでござる」
「へぇ……巨人族かぁ」
前世で何度か会った事はあるが、その時既に巨人族は絶滅寸前だった。今もどこかで生き残ってるんだろうか。
1階の、さっき騒ぎを起こした辺りにまた皆で座った。冒険者は数人居るが、さっきの騒動の時は居なかった人達だろう。しばらく皆でお喋りしながら待っているとカウンターに呼ばれた。
「こちら新しい冒険者タグです。ランクアップおめでとうございます」
「ありがとうございます」
女性職員さんから渡されたのは、金色に輝くタグ。……キラキラして目立つので、首に掛けたら速攻でシャツの内側に封印した。
「こちらが買い取りの明細になります。現金でお受け取りになりますか?」
渡された明細を見る。ワイバーン2体で800万シュエル。肉100キロを引き取るのでマイナス100万シュエル。差し引き700万シュエル……大金である。
「あの、ベイトンでは1体300万シュエルだったんですが」
「ああ、王都周辺ではワイバーンが滅多に出ないんです。素材や肉は希少なので価格が上がります!」
「なるほど」
「しかも殆ど傷がなかったとか! 解体場のロイドさんが頻りに感動してました。またワイバーンの買い取りがあれば、是非お願いしますねっ!?」
職員さんが興奮気味に身を乗り出してきた。か、顔が近いです。
「わ、分かりました。取り敢えずお金はギルド預かりでお願いします」
「かしこまりました。確かにお預かりいたします」
大金を持っていても仕方ないので冒険者ギルドに預けておく。こうしておけば、例え外国に行ってもギルドに行けばお金が引き出せるのだ。
ワイバーンはまだ魔法袋に3体入ってるけど、取り敢えず黙っておこう。
肉はかなりの大きさと重さなので、解体場に取りに行った。たぶん、最初にワイバーンを渡した男性がロイドさんなのだろう。「また頼むね!」と笑顔でお願いされ、肉は魔法袋に収納した。
ギルド側に戻って、最後に女性職員さんに挨拶する。
「今日はありがとうございました!」
「「「ありがとうございました」」」
「「ありあと!」」
俺に続いて他の皆もお礼を言った。職員さんはまた「はわわぁ」と変な声を出していた。今回は特にディーネとシルの舌足らずなお礼が刺さったに違いない。
……言うまでもなく、二人はちゃんとお礼が言えるので今回のはわざとだ。精霊っていうのは意外とあざとい。
無事(?)ワイバーンの肉が手に入ったので屋敷へと戻る。
帰り道で、気になっていた事をパルに聞いた。
「パル、ワイバーンのお肉だけど……大丈夫かな? 辛かったり、悲しかったりしたら我慢せずに言うんだよ?」
ラムスタッド辺境伯領の領都カストーリで、キリクさんがワイバーンを討伐していたと言った時、パルはワイバーンが美味しかった事と、それを食べさせてくれたお父さんの事を思い出して泣いた。
「うん、だいじょうぶだよ! いまはアロ兄ぃがいるし、みんないるからぜんぜんさびしくないよ!」
そう言って、歩きながらパルは俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。それを見て、精霊の二人ももう片方の腕に交互に絡まる。
「フフフッ! アロ、モテモテね」
「アロ殿は前世で……ゲフンゲフン! 何でもござらん」
アビーさんが良からぬ事を言いかけたのでジト目を送ったら口を噤んでくれた。
「アビーさん、アロは前世でモテてたの?」
「拙者の口からは言えないでござる……」
「えー! 教えてよー!」
アビーさんが両手の人差し指を唇の前で交差させ「バッテン」を作って駆け出し、ミエラがそれを笑いながら追いかけて行く。そのミエラをディーネとシルが「きゃっきゃっ!」と言いながら更に追い掛けて行くというカオスな状況だ。
それを見ながら、パルはニコニコと微笑んで尻尾をゆらゆら揺らしている。
前世の子供時代、俺は一部の使用人さん以外と殆ど触れ合う事が無く、好きな魔法と魔法具の研究に没頭して、それに疑問を持つ事が無かった。
そんな子供時代を後悔している訳ではないが、今世では既に沢山の人達と関わっている。煩わしい事もたまにはあるけど、それ以上に胸が温かいもので満たされるのを実感している。
家族、仲間。大切だと思える人に囲まれて過ごす時間が愛おしい。
だからこそ、俺にとって大切なものを壊しかねない存在には我慢が出来ない。
湖に沈んだ宮殿は、今日マイルズさんから聞いた神教国と帝国のまさに国境近くである。目的を果たしたら、ちょっと邪神の眷属や魔人を探してみよう。勿論、見つけ次第倒す。
そんな事を考えながら、皆と一緒に家路に就くのだった。
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ポイントが増えていると「おおぅ!?」と三度見くらいしちゃいます。
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