52 ディーネとシル
「というわけで、宮殿を見つけました」
おお、という声と疎らな拍手の音がする。
王都の屋敷に戻り、目的地を見つけたと皆に報告している最中である。
「湖に沈んでて、湖にはでっかい何かがいます」
「でっかい何か?」
「おさかなー!?」
ミエラとパルがそれぞれ反応を示してくれた。
「地元の人は『水竜』って言ってたけど……一応、守り神的なものじゃないか確認して、違ったら討伐で良いと思う」
村の人は「危険」って言ってたから、多分倒してしまっても良い存在だろう。どれくらい強いかは分からないけど。
「いやぁ、それにしてもピルルは凄かった。あんなに速いとは思わなかったよ」
「ぴるるぅ!」
パルの膝に座っていたピルルが誇らしげな鳴き声を上げた。
「実際、到着まで二週間くらいかかると思ってたのに、三時間で着いたからね」
「ピルル、えらいねー」
パルに撫でられてピルルもご満悦である。
「その『でっかいの』はさておき、水の中か……」
「どうするでござるかねぇ」
レインとアビーさんが腕組みをして小首を傾げている。
「パル、およげるよ!」
「私だって泳げるのだわ!」
うんうん、そっか。パルは泳げて偉いねぇ。グノエラも、地の大精霊なのに泳げるのか。いや、彼女の場合はパルに対抗して言っただけの気がするな。
いずれにしても二人とも。泳げるだけじゃダメなんだよなぁ。
「……極大炎魔法で湖の水を蒸発……」
「ダメだからね! 近くに人が住んでるし、そもそも川が流れ込んでてすぐに水が溜まるから!」
サリウスが魔王っぽい物騒な事を呟いたので釘を刺しておく。
「でもアロ。本当にどうするの? 魔法具で何とかなりそう?」
「うーん、難しそうなんだよね」
魔法障壁で自分の周りを密閉する事は出来るが、密閉する程の障壁だと動きを阻害するし、空気の事も考える必要がある。ピルルの時は外にふんだんに空気があったから簡単に解決出来たけど、周りに水しかないとなるとなぁ。
「アロ様? あの子を呼ばないのだわ?」
「ん? あの子?」
「ディーネなのだわ」
「ディーネか……。でもどこに居るか分からないし」
前世で力を貸してくれた、ディーネこと水の大精霊ウインディーネ。確かにディーネがいてくれたら湖の底でも問題ないが……。
「アロ様、もしかして知らないのだわ?」
「うん、居場所は知らない」
「そうじゃなくて、一度召喚した契約精霊は、どこに居ても呼び出せるのだわ」
「え?」
「え?」
なんですか、それ。初耳なんですけど。
「それって転生しても有効なのかな?」
「魂の契約だから大丈夫なのだわ」
精霊の事は、地の大精霊さんであるグノエラの方が、俺よりも余程詳しい。その彼女が言うんだからその通りなのだろう。
「知らなかったよ、グノエラ。教えてくれてありがとう。召喚と同じ術式で良いの?」
「もっと簡単なのだわ。私が教えてあげるのだわっ!」
グノエラの鼻息が荒い。そのままリビングから連れ出されて俺の部屋に押し込められた。
グノエラに教えてもらった術式を魔法陣にして、大きな紙に書いた。屋敷の中で万が一失敗すると大惨事になり兼ねないので裏庭に出た。
俺とグノエラが魔法陣の横に立ち、ミエラ、パル、アビーさん、レイン、サリウスが少し離れた所から見守っている。義父様と母様、それにじいちゃんは出掛けていた。
「よし、呼び出してみる。水の大精霊ウインディーネよ、魂の契約に基づき我が声に応えよ。『精霊招集』」
魔法陣に手を添えて魔力を流す。粉砕した魔晶石を混ぜたインクで描いた魔法陣が青白い光を発し、だんだん光が強くなる。
「むっ、これは……かなり遠くに居るみたいだ。魔力がどんどん吸われる」
咄嗟に「減衰の腕輪」を外してポケットに入れた。抑えた魔力でどうにか出来るとは思えない。むしろ、これでも足りるかどうか。
「ぐぬぬ……」
「アロ様? 大丈夫なのだわ!?」
「くっ、わ、分からん」
魔力量はかなり多い方だと自負している。地形を変えてしまうような極大魔法も、今なら余裕を持って3~4発は撃てるのだ。にも関わらず、恐ろしい勢いで魔力が吸われている……ディーネは一体どこに居るんだ?
やがて魔法陣の光が更に強く大きくなった。あと少しの筈だ。
(ディーネ……来い……来てくれ)
魔力が枯渇して気を失う寸前、青白い光は目を開けていられない程の眩しさとなり、思わず目を閉じる。
魔力が吸われる感覚が消え、恐る恐る目を開けてみると――
「「主さま!」」
二人の幼女が俺の腹にダイブして来た。パルより幼く、見た目は5~6歳くらい。一人は空色の髪、もう一人は若葉色の髪を長く伸ばし、人形のような愛らしい顔は瓜二つで双子のようだ。
……いや、空色の髪の子は知っている。ディーネこと、水の大精霊ウインディーネだ。
で、こっちの子は誰?
「主さま、会いたかったの!」
「会いたかったの!」
澄んだ可愛らしい声と喋り方もそっくり。
「ディーネ、久しぶりだね。会えて嬉しいよ。……で、こっちの子は?」
「シルなの!」
緑髪の子が元気一杯で答えてくれた。
「シル?」
「この子はあたしが生み出した森の精霊、シルワァーヌスなの!」
ディーネが教えてくれた。生んだ……産んだ?
「主さまと会えなくて寂しかったの。それで、森で話し相手が欲しいなーって思ってたら、シルが生まれたの」
「そうだったのか」
「……ダメだったの?」
ディーネと、シルこと森の精霊シルワァーヌスが今にも泣きそうな顔で俺を見上げている。そんな顔で見られてダメだなんて言える訳ない。
「ダメじゃないよ! ディーネ、長く待たせてごめんね。シル、これからよろしく」
「「はいなの!」」
左右の太腿に縋りつく二人の頭を撫でると、二人が「にへへ」と照れ笑いする。
「ディーネ、久しぶりなのだわ! あとシル、はじめましてなのだわ」
「グノエラちゃん、久しぶりなの!」
「グノエラちゃん、はじめましてなの!」
そして、少し離れた所にいた仲間を二人に紹介した。アビーさんとレインがそれぞれカイザーとレイラが転生したのだと説明すると、二人は目をグルグル回して混乱した。どうやらディーネとシルは記憶を共有しているようだ。
「男が女で女が男なの!?」
「ややこしいの!?」
その気持ちは凄く分かるよ。
「二人ともすっごく可愛いのね……ねぇアロ、精霊は女の子ばっかりなの?」
「うーん……精霊に性別はないからなぁ。本人達が望む姿になってるんだと思うよ?」
「へぇー。ふぅーん」
ミエラがジト目を送ってくるが、俺は無実だ!
パルとピルルの事も紹介すると、ディーネとシルは直ぐに仲良くなった。ピルルは幻獣だから精霊に近い存在だし、パルは見た目年齢が近いからかな?
「アロくんはやっぱり凄いのじゃ……二人はアロくんの子供みたいなものだから、妾にとっては……姪?」
サリウスの妄想が捗っているようだ。魔族にとって大精霊は敬うべき存在で、それは魔王であるサリウスにとっても変わらない。
俺の場合は自分で召喚した手前、大精霊の親のようなポジションなので尊敬とは少し違う。自分では経験がないものの、それは我が子を愛するような気持ちなのかも知れない。
アビー・レインショックから立ち直った二人を屋敷に誘い、リビングでわいわい話をしていると母様が帰って来た。
「まあ! 何て可愛らしい子達なのかしら!」
挨拶をした二人を、母様は一発で気に入ってしまった。
「主さまのお母様なの?」
「ママ様なの?」
続いてじいちゃん、義父様が帰って来て、それぞれ「じじ様!」「パパ様!」と呼ばれて二人ともデレデレになっていた。
恐るべし精霊ちゃんズ。純粋無垢な精霊パワーを遺憾なく発揮して、使用人さん達も含めたアルマー子爵家全員を僅か半日で虜にしたのだった。
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