51 目的地周辺
「『灼熱線』!」
3つの魔法陣が、少し先行するワイバーンの頭上に現れる。直後にそこから一筋の光が迸り、ワイバーン達の頭蓋を貫通した。
「あわわわわ」
7体中3体が突然落下を始める。一度に3体倒せたのは良いんだけど回収する所まで考えてなかったよ。飛んでいた勢いのまま落下しているからかなりのスピードだ。俺は慌てて「短距離転移」を唱え、連続転移でなんとか3体とも魔法袋に収納した。
(こりゃあ1体ずつ倒した方が良さそうだ)
標的の傍から「灼熱線」を放てる事が分かったので良しとしよう。後は出来るだけ沢山のお肉を狩るだけだぜ!
しかし、3体がいきなり落下した事で残り4体の動きが変わった。それまで直線的に飛んでいたのが、俺の方へ2体、ピルルの方へ2体と群れが割れた。
ピルルはそれに気付いているのか分からないが、俺が離れた辺りをゆったり旋回している。暢気かな?
迎え撃つか、それともピルルの方に向かった奴を先に始末するか。一瞬の逡巡が命運を分けた。俺達ではなくワイバーンの命運だ。具体的に言うと、ピルル側の2体が特大の雷に打たれて黒焦げになったのだ。
遅れて「ドォオーン!」という轟音と、金属のような、少し酸っぱいような臭いが辺りに広がった。
……「灼熱線」で頭を貫かれて死ぬのも、雷に打たれて死ぬのも違いはないかも知れないが、ピルル、それじゃ食べれないよ……。
しかし、フレスヴェルグの雷魔法は初めて見たな。高度な複合魔法である雷魔法を容易く操るとは、さすが空の王者。ワイバーン如き敵ではないという事か。
残された2体は、突然落ちた雷に驚いて引き返そうとしていた。
「逃がさんっ!」
俺は奴らの真下に転移し、続けざまに「灼熱線」を放つ。今度は2体と高低差があったので余裕を持って魔法袋に収納出来た。
……2体が黒焦げになったのは惜しいが、事前にピルルに言い含めなかった自分の落ち度だ。ピルルに責任は全くない。逆に5体もほぼ無傷で倒した事を喜ぼう。
ピルルの背中に転移して再び魔法具を起動する。
「はぁー、大漁、大漁。じゃ、帰ろっか?」
「ビルッ!?」
あれ? 俺達、何しに来たんだっけ?
……ワイバーン(お肉)を大量ゲットした事で満足し、本来の目的を忘れていた。
「ご、ごめんピルル、間違えた。このまま先に進もう。疲れてない?」
「ビルルゥゥウ!」
俺一人で来てたらお肉に浮かれて多分このまま屋敷に帰ってただろうなぁ。ピルルが居てくれて本当に良かったよ。
太陽はまだ真上にも来ていない。つまりまだまだ時間はあるって事だ。
「疲れたら休憩するから、無理しちゃダメだよ?」
「ピルルッ!」
俺の言ってる事はピルルに通じている……筈だ。本当に無理はしないで欲しい。だが俺の心配をよそに、ピルルの顔に疲れは見えない。正直、でっかいフレスヴェルグが疲れたらどんな顔をするのか知らないけれど。
その後も順調に飛行を続け、太陽が真上に来る頃には目的地の近くに着いていた。
「凄いよ、ピルル! ほんっとうに凄い! 1日どころかたった3時間くらいで着いちゃうなんて!」
人気のない、木が疎らに生えている草原に降り立ち、背中から飛び降りてピルルの顎の辺りをわしゃわしゃと撫でて称賛した。
「ビルルゥウ!」
ピルルが胸を張ってドヤ顔をキメた。……ドヤるピルルも可愛いなぁ。
目的地周辺に来たと言っても捜索範囲は広い。上空から見た時、北側、つまりゲインズブル神教国に近い方に横2キロメートル、縦1キロメートルくらいの湖があった。その南側には小さな村のような集落が三つある。
宮殿の正確な場所は、人に聞くのが一番だろう。
ここから一番近いのは最も西にある村だ。そこまでは歩いて行く事にする。
「じゃあピルル、小さくなって肩に乗ってくれる?」
「ビルゥ!」
淡いピンクの光に包まれたピルルがあっという間に小さくなった。さっきまでその背中に乗せてもらっていたのが嘘みたいだ。草原から少し移動すると街道に突き当たったので、そのまま北へ向かった。
二時間後、ようやく西の村が見える所まで来た。思ってたよりだいぶ遠かったよね。こんな事ならもっと近くで降りたら良かったよ。まぁ途中で一度休憩して屋敷から持ってきた昼ご飯を食べたんだけど。それを除いても一時間半はかかった。
村は壁や塀ではなく簡易な柵に囲まれていて、入口らしき場所に30代くらいの男性が立っていた。一応木の棒を持っている。門番のようなものだろう。
「誰だ! ……って子供か。おーい、一人か?」
30メートルくらい先から声を掛けられた。
「はーい! 一人でーす!」
俺も大声で答える。
「こんな所に一人でどうしたんだ? 親とはぐれたのか?」
人の良さそうな男性から尋ねられた。しまったな、何も言い訳を考えてない……。
「えーっと、ぼ、冒険者なんです!」
何も考え付かなくて咄嗟に答えてしまった。これは苦しいよね……。
「そうなのか? 若いのに頑張ってるんだなあ!」
うおっ!? こんなんで良かったのか!
「あ、ありがとうございます! それで、探し物をしていまして」
「ほう? どんなものだい?」
「この辺りに『遺跡』みたいなのがありますか? それか迷宮とか」
「遺跡か迷宮? うーん……聞いた事ねぇなぁ。ちょっと村の人間に聞いてくるわ」
そう言って男性は村の中へと走って行った。ここの番は良いのだろうか。
まぁ見た所、街道にも全然人通りがなかったし、魔物や魔獣の気配もないから良いんだろう。長閑だなぁ。
近くの切り株に腰掛けて男性の帰りを待つ。この辺りはファンザール帝国でも北の端で、リューエル王国で言えばマルフ村のような場所だと思う。湖の更に北には森が広がっていたけど、あの森を越えたらゲインズブル神教国の筈だ。
しばらくすると、さっきの男性が戻って来た。
「待たせて悪かったな!」
「いえいえ」
「村の長老に聞いたんだけどよ、お前さんが探してるのは、もしかしたら湖の底に沈んでる大きな建物の事じゃないかって言ってたぜ?」
「湖って、北にある湖ですか?」
「ああ。ビッテル湖って言うんだけどな。水が澄んでるから、近くまで行けば建物の上の方が見えるそうだぞ」
水の底に沈んでるのか……どうやって入ろう?
ん? この男性の話し方にちょっと違和感があるな。
「えーと、貴方は見た事ないんですか?」
「ないな。と言うよりも、長老以外は誰も見た事がないと思う。ここ何十年も湖には近付いてないからな。危険だから」
「危険?」
「水竜が棲んでるんだよ」
「水竜……?」
水竜というのは初めて聞いたな。
「そうだ。だからお前さんもあんまり近付いちゃダメだぞ?」
「そうなんですね……分かりました。貴重な情報、ありがとうございました」
「おう! 村に寄って行くか?」
「あ、いえ。行く所がありますので」
「そうか。気を付けてな!」
「ありがとうございます」
男性にお礼を言って村から離れる。どうも一発目で当たりを引いたのかも知れない。村から十分離れてから、湖を確認する為に「飛翔」の魔法で空に舞い上がる。村を大きく迂回するように西から湖に接近する。
ピルルの背中から見た時よりだいぶ低いので、周辺の様子がよく分かる。
北の森から大きな川が湖に流れ込んでいる。湖の南と南東、南西から三本の細い川が流れ出ている。その川の間に村があるんだな。
さっきの男性が言っていた通り、湖の周辺には全く人気がない。村の人々が水竜を恐れてこちらへ来ないと言うのは本当らしい。
水面近くまで下りると、確かに石造りの建物のようなものが沈んでいた。その屋根の形には見覚えがある。宮殿だ。
そして、水中を蠢く大きな黒い影も見えた。
ブックマークして下さった読者様、ありがとうございます!
また執筆する力が湧いてきます!!