50 飛行用魔法具
節目の50話目です。ここまで書き続けることが出来たのは読者様のお陰です。
いつもありがとうございます!
王都の屋敷に戻ってから直ぐに、俺は魔法具の製作に着手した。もちろんピルルに乗せてもらって飛ぶ為の物だ。
まず寒さ対策だが、これは気温をどうにかするより体に当たる風をどうにかしなければならない。
既に体感した事だが、大きくなったピルルの羽毛は人を駄目にしそうなくらいフワフワである。そこに体が半分以上埋まるし、ピルルの体温も温かいから、厚手の服と手袋があれば問題ない。厄介なのは「風」である。
体を伏せていても顔や背中に風が当たる。ピルルの飛ぶ速さは尋常ではない上、高空なので非常に冷たい風が物凄い勢いで当たるのだ。そのせいで体温が奪われる。
「やはり障壁だな……」
ピルルの前方に楔形の障壁を展開する事を考えたが、方向転換や上下動に風を利用しているだろうから、この案はボツ。
俺の前方、ピルルの首の中間辺りから鋭角に障壁を出すのが良いだろう。消費魔力のコストを考えて、先の尖った三角形の障壁を二枚展開する。三角錐の中に俺が入るような形で、三角錐の一辺がピルルの背中という訳だ。風の抵抗を減らす為に、尖った方をピルルの頭側にする。
これで前と横からの風は防げるし、後ろからは殆ど風が入らないだろう。
後は空気の問題。
風除けの障壁の上を空気が物凄い速さで後ろに飛んで行くので、障壁内の空気も吸い出されてしまう。真空に近い状態だ。これは空気が薄いとか言う以前の問題である。
外の空気を圧縮して障壁内に送り込む機構が必要だ。圧縮の過程で温度が上がるので、冷たい空気が送り込まれるという事もない。
圧縮か……。風魔法でいけるだろうか? 風魔法は基本的に空気を動かすだけの魔法だから……。そうか、狭い空間に空気を押し込めるように動かせば良いのだ。
その空間自体も障壁で作れば、魔法具自体の強度はそれほど必要じゃない……。
「アロ、楽しそうだね!」
「アロ兄ぃ、さっきからウンウンいってる!」
「ぴるるぅ!」
床に胡坐をかいて、大きめの紙に魔法陣の試し書きをしていると、近くに座って一緒に本を読んでいたミエラとパルに話し掛けられた。ピルルはパルの膝で丸くなっているが眠っている訳ではないようだ。
「あれ、二人とも居たんだ?」
「ずーっといるよ!」
「結構前から居たわよ?」
「ごめん、集中してた」
「「いいよ!」」
前世も含め、集中すると周りが見えなくなるのだ。
「集中するのもいいけど、お茶でも飲んで息抜きしたら?」
窓に目を向けると、外が橙色に染まっていた。太陽が本日最後の仕事をしている。
「もうこんな時間か」
「うん、もうすぐごはんだよ!」
「じゃあ続きは後にして散歩でもする?」
「「うん!」」
ミエラとパル、ピルルを伴って庭に出る。散歩、と言ったがすぐに陽が落ちるので、屋敷の庭をブラブラする事にした。庭の木や花々は使用人さん達が一生懸命手入れをしてくれている。昼間は様々な色が目に優しい場所だが、今は夕陽の橙色一色に染め上げられ、少し物悲しいような、幻想的な景色を作っていた。
パルと左手を、ミエラと右手を繋いでゆっくり歩く。
「こんな時間もいいもんだなぁ」
「アロ、おじいちゃんみたいよ」
「アロ兄ぃが『じいちゃ』だ!」
ピルルがパルの肩から俺の肩に飛び移り、頭を俺の頬に擦り付けてくる。
こんな風に、大切な人とゆったり過ごせたらいいなぁ。クスクスと笑うパルとミエラの声を聞きながら、穏やかな時間を堪能したのだった。
「じゃあ行ってくるね」
翌朝、皆に挨拶をして出掛ける。もちろんピルルと一緒だ。
昨晩は食事の後に魔法具作りに邁進した。出来上がったのは縦20センチ、横50センチ、高さ15センチの長方形の箱で側面にスリットが何本も入っている。箱の両端には長い革紐を付けた。ピルルの首に巻く為だ。
障壁は「風だけ」を防ぐ魔法術式を新たに構築した。その為魔法的・物理的な防御力は一切ない。これで障壁の一部がピルルに触れていても問題ない。
同時に外の空気を圧縮する為の、箱状の障壁を魔法具内部に作り出す。そこに風魔法で空気をガンガン送り込み、圧縮された空気を同じく風魔法で障壁内部に排出する。
使用する魔法陣は「障壁」と「風魔法」の2つ。結果的に単純な魔法具となった。単純なので汎用性が高いものの、これはピルルに乗る為だけに作った魔法具だから他に需要はないな。
今日も昨日と同じ草原に転移する。
「よし、ピルル。魔法具の試験も兼ねて、今日は3~4時間飛んでみよう。途中で疲れたら適当に降りていいからね?」
「ビルゥ!」
大きくなったピルルの首に魔法具を付けながら会話する。ピルルの言う事は分からないが、会話が成立している気がするのでOKだ。
余談だが、パルはどうやらピルルの言っている事が何となく分かるらしい。獣人族だからなのか、一番長く過ごしてるからなのか……兎に角羨ましい。
「魔法具を起動して、と。よし、行こう!」
「ビルルゥゥウ!」
よじ登って定位置に着いてから魔法具を起動してピルルに声を掛けた。元気のよい返事と共にピルルが飛び立つ。
「北東だからあっちの方向だよ!」
「ビルッ!」
指差して飛ぶ方向を教える。ピルルは昨日よりは緩やかに上昇してくれた。速度もやや抑えてくれているようだ。それでもあっという間に地上は遠ざかり、遠くの景色も溶けるように後ろに飛び去って行く。
「今のところ魔法具も問題なし! 順調、順調!」
風だけを防ぐ障壁なので風切り音が凄い。これじゃあ飛んでいる最中にピルルに指示を出すのは難しそうだな……。防音にしてもピルルには声が届かないし、何か方法を考えるか。
「ピルル! 俺の声が聞こえる!?」
「ビルゥ!」
声を張り上げて確認すると聞こえているようだ。これなら特に対策しなくても大丈夫かな。うるさいけど。
昨日死にそうな目に遭った時とは雲泥の差で、体温が奪われるような事はない。風がシャットアウトされ、ピルルの羽毛のふわっふわな感触と温かさで、気を抜くと眠ってしまいそうなくらいだ。
リューエル王国とファンザール帝国の国境には、アムリア大山脈から連なる2000メートル級の山々が横たわっている。陸路で帝国側に渡る場合は山間の街道を通る訳だが、ピルルは軽々と山を超える。草原を飛び立ってからまだ30分程度しかかかっていない。
こりゃあ想像以上に速い。直線で行けるから、下手すると今日中、と言うよりも2~3時間で目的地周辺に着きそうだな。少なくとも2週間はかかると思っていたからとんでもない時間短縮である。
「ピルルは本当に凄いな!」
「ビルルゥゥ!」
首筋をポンポンと叩いて褒めると、誇らしそうな鳴き声で応えてくれる。
まさに山越えを行っているその時、左前方から黒い影がいくつも迫って来るのが見えた。最初は鳥の群れかと思ったのだが、だんだんとその姿がはっきりしてきた。
「ワイバーン! しかもアムリア種!」
ワイバーン(アムリア種)、7体の群れだ。咢の森で遭遇したワイバーンから頂いたお肉はとっくにない。これはご馳走チャンスでは!? パルにも是非食べさせてあげたいっ!
「ピルル! 速度を落としてくれる?」
「ピル?」
「あのワイバーンを狩りたいんだ。いいかな?」
「ビルゥ!」
ピルルの了解も得た(と勝手に解釈した)ので、自分に「身体強化」と「加速」の魔法をかける。腕輪は……外さなくてもいいか。なるべく傷つけないように倒したいので剣も使わない。「灼熱線」だけで倒そう。
自分で開発した魔法だけど、「灼熱線」って本当に便利だよね。
「自分で飛ぶから、この辺をゆっくり回っていてくれたら助かるよ」
「ビルゥッ!」
「もしこっちにワイバーンが来たら逃げていいからね?」
「ビッ……ビルルゥゥウ!」
逃げたりしないよ! と言われた気がするが、あくまで気のせいだ。俺の我儘(主に食欲)でピルルを危険な目に遭わせる訳にはいかない。ピルルの速さならワイバーン如きに遅れは取らない筈だ。
「よし、じゃあ行って来る!」
魔法具を一旦停止し、「飛翔」の魔法を使ってピルルの背中から跳ぶ。そこから目視で「短距離転移」を使い、ワイバーンの群れの真下に移動した。
下に転移したのは、「灼熱線」で撃ち抜いたワイバーンが落ちてくる所をそのまま魔法袋に収納しようという心算だからだ。
ワイバーンと並行して飛びながら、慎重に狙いをつける。そこで「ハッ!」と気が付いた。サーベルウルフやワーウルフを狩る時にやっていたように、狙いたい場所の直ぐ傍に魔法陣を出せば良いのでは?
「灼熱線」は「氷針」とは比較にならない程の魔力と集中力を要する。だが俺なら出来る筈だ。なんたって美味しいお肉の為だからね!
俺は魔力と集中力を高めつつ、狙いを定めた。
話数は節目ですが、お話自体は全然節目じゃなくてスミマセン!!
まだまだ続きます。