49 ピルルと飛んでみる
叙勲式は、1ヵ月後に王城で執り行われる事が決まった。
1ヵ月という期間では、次の宮殿に皆で向かって目的を果たして戻って来るのは無理だ。
「だから俺一人で行こうかと思ってるんだけど……」
リビングで全員に向かって告げる。「全員」とは、義父様に母様、じいちゃん、ミエラ、アビーさん、グノエラ、レイン、パル(とピルル)、そしてサリウスだ。
「妾を置いて行くなんてダメなのじゃ!」
サリウスが真っ先に反対の声を上げる。いや待て。すっかり馴染んでいるけど貴女魔王ですよね? 帰らなくていいの?
「アロ様を一人で行かせるのは不安なのだわ」
グノエラに言われるのは非常に心外である。
「アロ兄ぃ……どっか行っちゃうの?」
パルにうるうるした瞳で見上げられる。うぅ、そんな目で見ないで。悪い事してるみたいじゃないか。
「いや、すぐ帰って来るから」
パルの頭を撫でながら言い含める。撫でる俺の手にピルルが頭を擦り付けて来た。
「私もアロ一人で行くのは反対。この前みたいに何か邪魔が入る可能性だってあるし」
ミエラには正論で諭される。
「いや、アロなら一人でも大丈夫だろ?」
「そうでござるな」
レインとアビーさんは俺に全幅の信頼を寄せているようだ。一緒に行くのが面倒だと思ってる訳じゃないと思う。……そうじゃないよね?
「アロが一人で行くって言うなら私は止められないわ……だって男の子だもの」
「そうだね。可愛い子には旅をさせよ、って言うし」
母様と義父様は……よく分からないが消極的賛成って事かな。
「アロ。そんなに急ぐ必要があるのか?」
「じいちゃん……そうだね、早く準備を進めるべきだとは思ってる」
「ふむ……。それなら、場所だけ突き止めてくると言うのはどうじゃ?」
「そうよ! 場所が分かっていれば、アロの転移で行けるでしょ? それから皆で行けば良いと思うわ!」
ミエラが俺の事を心配してくれてるのは分かるし、俺も出来るだけ心配を掛けたくないと思っている。
「確かに……正確な場所を突き止めるだけでも1ヵ月くらいかかるかも。うん、分かった。場所を突き止めて、叙勲式が終わったら皆で行こう」
「毎日転移で帰って来ること!」
「……ワカリマシタ」
毎日屋敷に戻る事を条件に、ミエラも納得してくれた。
「ねぇアロ兄ぃ?」
「うん?」
「ピルルといけばいいとおもうの」
「ピルルと?」
「うん。ピルル、アロ兄ぃをのせてとんでくれるよね?」
「ぴるるぅ!」
地図に従って「飛翔」の魔法で飛んで行き、目印を覚えて帰って来る。翌日はその目印まで転移してまた「飛翔」で飛んで……というのを繰り返すつもりだった。
「えっと、ピルル、乗せてくれるの?」
「ぴるぅ」
「俺を乗せて飛べる?」
「ぴるるぅぅぅう!」
パルの肩に乗ったピルルが、胸を張って大きな声で鳴いた。当たり前だろ、任せとけ! と言わんばかりだ。
空の王者と言われるフレスヴェルグだから、飛ぶ事は疑っていないのだけど……ピルルと出会ってから、話には聞いたが実際に飛んでる姿を一度も目にしてない。
「本当に? 大丈夫?」
「ぴる!」
俺が疑うような感じで尋ねると、翼で「ぺしぺしぺし!」と叩かれた。パルの肩に乗るくらい小さくなってるので全然痛くはない。
「ごめんごめん! 分かった、分かったから!」
謝るとようやく許してくれた。俺とピルルのやり取りを、周りの皆は微笑ましく見てくれていた。
「パル、ピルルを連れて行ってもいい?」
「アロ兄ぃならいいよ!」
まぁ、毎日帰って来る予定だし、寂しい思いはさせずに済むだろう。
「じゃあ早速、ピルルに乗って飛ぶ練習をしてみようかな」
俺はそう言って出掛ける準備を始めた。
「この辺でいいいかな」
俺はピルルを伴って、王都の北、丁度サリウスと出会った辺りに転移して来た。街道から少し外れた草原である。以前通った時、人の目が殆ど無かったのでこの場所を選んだ。
「ピルル、大丈夫?」
「ぴるるぅ!」
肩に乗ったピルルが元気よく返事してくれた。転移すると稀に「転移酔い」を起こす場合があるが、ピルルは問題なさそうだ。肩から片手で掬い上げてそっと地面に下ろす。
「よし。じゃあ大きくなってくれる?」
「ぴるっ!」
機嫌良さそうに一声鳴くと、ピルルの体が淡いピンク色の光に包まれる。それは見る見るうちに大きくなり、光が収まった後には巨大な姿に変わっていた。俺とパルが背中に乗せてもらう時より二回りくらい大きい。アムリア種のワイバーンよりも大きいくらいだ。
顔も心なしか精悍になっている気がする。
「でっかくなったなぁ……」
「ビルルゥゥ!」
鳴き声も太く低くなっていた。最初に見たのがこの姿だったら恐怖を覚えたかも知れないな。近付いて体を触ってみる。
「っ!? フワフワ度が増してる、だと!?」
羽毛の一本一本は確実に大きくなっていて、固くなったのかと思いきや更に柔らかくフワフワになっていた。人を駄目にする鳥である。
「じゃあ乗っていい?」
「ビルゥ!」
いつまでも触っていたい衝動をなんとか抑え、伏せの姿勢をしてくれたピルルによじ登る。伏せていても馬より高さがあるから結構難儀した。
首の付け根辺りに体を落ち着け、ピルルに確認してみる。
「ここで大丈夫かな? 大丈夫なら飛んでみようか!」
「ビルルゥゥゥウ!」
ピルルが立ち上がって翼を広げる。脚をぐっと曲げ、伸ばすと同時に翼を羽ばたかせるとその巨体が宙に浮いた。
「うおっ!? 飛んでる!」
フレスヴェルグだから飛ぶのは当たり前なのだが、俺は感動していた。いつも肩に乗るくらい小さなピルルが、俺を乗せて飛んでるんだもの。
柔らかい羽毛に体が半分以上埋まっている中、ピルルは速度を上げ、雲に向かって飛んで行く。徐々に速度が上がり――。
「え、ちょ、ちょっ!?」
ぐんぐん速度が上がり、地面を遥か下に置き去りにして、それでも尚速さを増しながら上昇していく。
(ま、不味い……)
あっという間に雲を突き抜けた。気温は氷点下に下がり、体に当たる風と相俟って体温が急激に奪われる。同時に肺に送り込まれる酸素が不足し、視界がどんどん狭まっていく。
魔法を使う間もなく、羽毛を掴む手から力が抜け、意識が闇に沈む。その直前「ビルゥ!?」というピルルの慌てたような声が聞こえた気がした。
気が付くと、草原でピルルの翼に包まって寝かされていた。
「あれ……ここは……」
どうやら離陸した草原のようだ。あっちに二本並んで生えている木に見覚えがある。太陽は少し傾き始めているが、まだ日暮れにはだいぶ時間がありそうだ。
「ピルルゥ?」
ピルルは俺達が乗る時のサイズになっていた。その状態で俺に寄り添ってくれていたらしい。気を失っていたようだが、それほど長い時間ではない筈だ。
「ピルル、助けてくれてありがとうな」
「ピルゥ……」
ピルルが申し訳なさそうな声を出す。たぶん、俺にいい所を見せたくて張り切っていたのだろう。フレスヴェルグの能力を舐めていた俺が完全に悪い。
「ピルルは悪くないから気にしなくていいよ」
そう言いながらピルルの頭を撫でた。ピルルは気持ちよさそうに目を細め、「もっと撫でて」といった風情で頭を俺に擦り付けてくる。
いやー、しかしさっきのは危なかったな。今世で一番死に近付いた気がする。乗せてもらっていたのがピルルじゃなかったら間違いなく死んでいただろう。
意識を失う寸前、俺はピルルの背中から落ちた。と言うか、手の力が抜けて風圧で飛ばされた。すぐに気付いたピルルが空中でキャッチしてくれたのだと思う。
こんな危ない目に遭ったとは、家族や仲間には言えないな。特にミエラには。
「ピルル、今日はもう帰ろうか」
「ピルゥ!」
ピルルに乗って飛ぶのに必要なのは練習なんかじゃなく、寒さと薄くなる空気への対策だった事を痛感した。
俺自身が「飛翔」の魔法で飛ぶ時は、あれほどの速度は出ないしあんなに高い所まで行った事がない。だから考えが及ばなかったのだけど、逆に対策さえしっかりすれば、物凄い速さに加えて誰かに見つかる危険も冒さずに移動出来ると言う事になる。
(さて、どうしようかな……)
速度と高度の対策を考えつつ、小さくなったピルルを肩に乗せて屋敷に転移するのだった。
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