21 騎士団長との会食
休憩室は魔法で少し涼しいくらいの気温に設定されていて、物凄く快適だった。
中級悪魔の爪で斬り裂かれ、血でぐっしょり濡れていたシャツはゴミ箱に廃棄。新しいズボンとシャツを身に着け、休憩室に置いてあった冷温庫から冷たいミルクを取り出す。
「かぁ~~、美味い!」
腰に手を当ててゴキュゴキュと飲んだ。火照った体に冷えたミルクが沁みる。
しばらくすると女性3人が休憩室に入って来た……グノエラさん、ちゃんと魔法で服を出して着なさい。ミエラが俺に突進して来て両目を塞がれた。
「アロ、見ちゃダメ!」
「……見てない」
バッチリ見ましたけども。でも何て言うか、明け透け過ぎてエロさはないんだよな。それよりもミエラの濡れた銀髪から良い匂いがして、そっちの方が気になる。
アビーさんは……うん、子供の風呂上りって感じだ。
「あー、さっぱりしたのだわ!」
ようやくミエラが手を離してくれた。グノエラは、襟ぐりの開いた白いシャツと濃いグレーのパンツスタイルになっている。ワーデルさん対策でセクシー路線を止めたのかも知れない。
ミエラは瞳と同じ空色の膝上丈ワンピースに、七分丈のズボン。ミエラは何を着ても可愛い。
アビーさんはダボダボの上衣にショートパンツ。良く分からないが元気っ子っぽい。
俺は気になっていた事をミエラに尋ねる。
「ねぇミエラ。俺、戦いで目立ってた?」
「そうねぇ……」
ミエラがすぅっと目を逸らした。目立ってたのか……。大きな魔法は撃たなかったんだけどな。中級悪魔まで出て来たんだから大目に見て欲しい。
「ま、まぁほら! アビーさんの方はかなり目立ってたわよ?」
「それで俺の事は忘れてくれたらいいんだけどなぁ」
「アロ様が目立たないなんて無理なのだわ。オーラが溢れ出てるのだわ」
「拙者の力が及ばなかったでござる」
アビーさんのせいじゃないです。あと、オーラって何だよ、グノエラ?
「皆さん、お揃いでしょうか?」
そこへ文官のベニーさんが来た。準備が出来たらしいので、またベニーさんの後についていく。
てっきり大勢で集まって祝勝会をするのかと思っていたのだけど、招かれたのは小ぢんまりした部屋。長方形のダイニングテーブルがあり、上座にヴィンデル・アルマー騎士団長が一人で座っていた。
「よく来てくれたね」
ヴィンデルさんが柔らかい声で歓迎してくれる。部屋の隅にスタンバイしていたメイドの女性がそれぞれの席に案内してくれた。
上座のヴィンデルさんを左手に見て、一番近い席が俺。その右にミエラ、アビーさん、グノエラの順で座った。グノエラが俺から離されて不満そうな顔をしている。
向かい側の席には誰もいない。後で誰か来るのかな?
「簡単だが食事を用意させてもらった。マナー等は気にせず、遠慮なく食べてくれ」
その声を合図に食事が運ばれる。温かいスープ、温野菜の盛り合わせ、白パン、それに分厚いステーキ。貴族としては簡素な内容かも知れないが、俺達にはご馳走だ。
スープには細かく切った野菜と何かの肉が入っている。スープに旨味が溶け込んでいて美味い。温野菜はベイトンの街でもよく見かけるカボチャ、ニンジン、ブロッコリー、あとはよく分からないオレンジ色の野菜。上に掛かっている白いソースは酸味と甘み、塩味のバランスが良い。
白パンは焼き立てなのか、仄かに温かくて小麦の香りがする。ステーキは貴重な牛肉のようだ。ワイバーンには及ばないが、表面はこんがり、中はしっとりと焼かれて旨味が口の中に溢れ出す。
俺達は夢中で食べた。貴族のヴィンデルさんから見たらかなり行儀が悪かっただろう。それでもにこやかな顔を崩さない。
「君達の活躍で砦は守られた。王国第四騎士団長として深く感謝する」
食べ終えた皿が下げられたところで、ヴィンデルさんが口を開いた。俺達は姿勢を正してヴィンデルさんの方を向く。そんな俺達の前にメイドさん達がお茶を置いてくれた。
「特にアロくん。君の戦いぶりは見事だったよ」
アロくん? 何か急に親し気だな。
「いえ、アビーさんの方が数多くの敵を討ち取っていましたし、ミエラの援護がなければ危ない所でした。それにグノエラが魔法でトンネルを作ってくれたからこそ、障壁を素早く無力化できました」
目立ってない、目立ってない。俺は活躍してない。
「アロくん、謙遜も度が過ぎると嫌味になってしまうよ?」
謙遜じゃないです。目立ちたくないだけなんです。からかうような調子でヴィンデルさんから言われた時、扉が開いて一人の女性が入って来た。
濃い青の落ち着いたドレス、艶やかな白金の長い髪、幼さを残した美しい顔――。
「ああ、紹介しよう。私の妻、シャルロットだよ」
「はじめまして。シャルロット・アルマーです」
ドレスの裾を軽く摘まんで軽く一礼し、ヴィンデルさんの隣、俺の真向かいにその女性が座った。
あの日、マルフ村で別れてから5年。綺麗なドレスを着て薄っすらと化粧をした母様は、最後に見た時より綺麗だった。
「みなさま、ワンダル砦とここを守る騎士や兵士、それに夫を守って下さりありがとうございます」
母様は俺達一人一人と目を合わせながらそんな事を言った。その顔には慈愛を感じさせる微笑みをずっと浮かべている。
そう。母様は俺と目を合わせた時も、全く動じる事がなかった。俺は母様を直視する事が出来なくなって、視線をテーブルに固定した。
あれから5年。この5年で身長は50センチくらい伸びてるし、顔つきだって変わっただろう。母様が俺の事を分からなくても無理もない。
母様に混血の子供がいるなんて絶対に知られてはいけないのだ。俺は母様の身に起こった忌まわしい出来事の証であり、母様の幸せな未来に俺は必要ない存在だ。俺の事なんて忘れた方が良い。むしろ、俺の事なんて分からない方が良い。
母様は幸せになるべきだ。実際、今幸せそうじゃないか。
俺の右手が何か温かいものに包まれた。視線を落とすと、テーブルの下でミエラが俺の手を握ってくれていた。
視線を右の方に上げると、ミエラが泣きそうな顔をしている。
大丈夫。俺は大丈夫だよ。うまく笑えたか分からないが、ミエラに微笑みかけた。
その後、その場でどんな話がされたのか分からない。主にアビーさんが話をしてくれたようだ。俺は心の乱れを何とか押し隠し、作ったような笑みを浮かべてただ相槌を打っていただけだ。
ようやく話が尽き、この場がお開きになった。俺は大丈夫な筈なのに、一刻も早くこの場から、母様の前から逃げ出したかった。
その気持ちが通じたのか、母様は俺達より先にこの場から出て行った。最後にまた一人一人と目を合わせ、とても美しい微笑みと共に再度お礼を言って。
母様の姿が見えなくなって、ようやく普通に息が出来るようになった。胸の奥を引き絞られるような感覚が徐々に薄れていく。
ミエラはずっと俺の手を握ってくれていた。
「アロくん。この後少し時間を貰えないだろうか。折り入って話があるのだが」
ミエラの手にぎゅっと力が入る。まるで行かせたくないみたいに。俺はミエラの肩をポンポンと叩き、彼女だけに聞こえる声で(大丈夫だよ)と囁いた。アビーさんとグノエラに目で合図を送る。ミエラを頼む、と。二人は軽く頷いてくれた。
「はい、分かりました」
俺はヴィンデルさんに返答し、メイドさんに促されて別の部屋に案内された。
そこはヴィンデルさんの私室のようだった。執務机の前に、華美ではないが高級だと分かるソファセットが置かれている。
「旦那様がいらっしゃるまで、お掛けになってお待ちください」
ローテーブルに紅茶が置かれ、俺は言われた通りにソファに腰掛けて待った。
心を落ち着かせよう。ヴィンデルさんの話というのが何か分からないが、母様と俺の事だったら全力で惚けなければ。それとも騎士団に入れという話だろうか。それも全力で断りたい。俺にはやらなければならない事が――。
――コンコン。
失礼します、と先程のメイドさんの声が扉越しに聞こえ、部屋の扉が開かれた。慌ててソファから立ち上がる。
部屋に入って来たのは、ヴィンデルさんではなく母様だった。