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15 ワンダル砦の攻防

 転移特有の天地が分からない浮遊感に襲われ、視界が真っ暗になったが、一瞬後には視界が戻った。

 そこは三方の壁に松明を灯した石造りの部屋。ここがワンダル砦の地下室なのだろう。入口と思しき所に頭以外の全身を金属鎧で覆った二人の男性が立っていた。


「来たか」

「思ったより……少ないな」


 ベイトンの冒険者ギルドから来たのは、俺達を含めて13人。もっと増援を期待していたのだろうか。二人の兵士の顔には憔悴が見て取れた。


「拙者ゴールド・ランクのアビー・カッツェルと申す。状況を教えて欲しいでござる」


 俺達を除けば(含めても)一番幼く見えるアビーさんが、真っ先に兵士に声を掛けた。


「おお! あんたがあの……旋風刃のアビーさんか!」

「『血塗れアビー』ってこんな少女だったのか……」


 なんか聞き捨てならない単語を聞いた気がするけど。

 さすがアビーさん、すでに二つ名があるのか。それも2つも。「血塗れ」ってやっぱりバトルジャンキーなんじゃないの?


「こっちへ来てくれ。上官から説明がある」


 俺達は兵士の後について上階の作戦会議室に向かった。そこは会議室の名に相応しく、広い部屋に机と椅子が並べられ、奥に大きな木の板が立て掛けられていた。

 木の板には砦周辺の地図が貼られ、敵軍がどのように展開しているか、色の付いた駒を刺して示している。敵は赤、味方は青。


「リューエル王国第四騎士団、副団長のワーデル・クロイトだ」


 身長2メートルはあろうかという、いかにも軍人らしい体格のワーデル副団長が概要を説明してくれる。


 ワンダル砦は地形を利用して建造された砦で、東西を急峻な崖に挟まれた、いわゆる水のない渓谷の底に位置している。崖の頂上は2000メートル以上の高さがあり、平らな部分が殆ど無いため大軍は行軍出来ないらしい。


 つまり、北から王都方面へ向かうにはこの砦を通るしかない。


 砦は東西の崖を繋ぐように300メートルの幅がある。防壁は二重に作られ、外壁に設けられた門は1か所のみ。内壁と外壁の間には第四騎士団4000名が常時配置されている。ちなみに内壁には4か所の門がある。


 外壁と内壁は、それぞれ高さ20メートル、厚みは根本が10メートル。壁の上は高い胸壁を備えた廊下のようになっており、外壁の上には据え置き式の大型弩砲(バリスタ)が20メートル間隔で設置されている。

 その他に弓兵400名、魔法使い100名が配置されているそうだ。


 第四騎士団の兵力は総勢1万5千。補給を担う輜重隊は含まない人数だ。


「……十分な戦力に思える」

「これって私達必要なの?」


 俺とミエラは小声で言葉を交わした。他の冒険者達も囁き声で話している。

 アビーさんだけは、薄い胸の前で腕を組み、じっと黙っていた。


 と、そこへ別の男性が入って来た。ワーデル副団長より背は低いが、服を着ていても鍛えられているのが分かる。


「冒険者諸君。よく来てくれた。私はヴィンデル・アルマー、この第四騎士団の団長を務めている」


 緩くウェーブのかかった黒髪を後ろで一つに纏め、理知的で優しそうな茶色の瞳をした30代後半の男性。もっとも、その顔は酷く疲れているように見える。


(この人が母様の旦那さんか)


 初めて会ったが、驚きや動揺はなかった。義理の父親という実感も全く湧かない。ただ、誠実で優しそうな人で良かったな、と思った。


「これだけの兵力があって、苦戦しているのはおかしいと考える者もいるだろう」


 砦攻めには、一般的に3倍から5倍の兵力が必要と言われている。魔獣1000匹と魔族20人では、いくら魔族一人一人が強くても兵力が足りない。


「この戦を困難たらしめているのは2点。ひとつめは、北の魔族が展開している強固な障壁。ふたつめは、南の補給線を絶たれた事だ」


 北の障壁は、魔族が何かの魔法具を使って展開している事までは分かっている。広範囲に渡って物理・魔法の両攻撃を防ぐ障壁で、都合の良い事に障壁内側からの攻撃は通すそうだ。


 うん。その障壁、心当たりある。


 そしてより深刻なのが南側。ワンダル砦から南へ5キロ下った地点から道幅が急激に広がり、崖は小高い丘になる。

 そこに二人の魔族と1000体を超えるゴーレムがいて、補給や援軍を阻んでいるらしい。


 ゴーレムは全て体長が3メートルを超える人型。岩石で出来ており、通常ある筈の(コア)がない。何度壊しても再生するという話。ただ、決まった範囲から動こうとはしないので、王国軍と睨み合いになっているそうだ。


「現在まで挟撃の動きはないが、南北から同時に責められると非常に不味いのだ」


 (コア)のないゴーレム……まさかな。


「冒険者諸君には、騎馬隊500と共に南のゴーレムに対処して欲しい。ゴーレムの再生について突き止めてくれ」


 つまり、どうすればゴーレムの再生を止められるか調べろってことだな。


「お待ちくだされ、騎士団長殿。それならば、南は拙者達3人で行けば十分でござろう」


 アビーさんがヴィンデル騎士団長に具申した。

 たった3人で魔族二人と1000体のゴーレムを相手にするのか。さすがゴールド・ランクのアビーさんだな。って、アビーさん、何で俺の肩に手を掛けてるの? あ、ミエラの肩にも手を乗せてるね。

 3人って、アビーさんと俺とミエラの3人じゃないよね?


「あなたは……?」

「拙者はゴールド・ランクのアビー・カッツェルと申す。この二人はアロ殿とミエラ殿。いずれも拙者と同等以上の実力者でござる」

「アビーさ――」


 俺が訂正しようと口を開くと、アビーさんに物凄い力で肩を握られた。痛い痛い、千切れるよ、アビーさん!?


「アビー殿に……アロ殿、そしてミエラ殿か。確かに騎馬隊を回さずに済むのは助かるが、本当にたった3人で良いのか?」

「目的は調査でござろう? なら問題ないでござる。むしろ大人数の方が目立つというもの」

「なるほど」

「ついでに倒せる限りは倒して来るでござるよ」


 アビーさんの言葉に、ヴィンデル騎士団長は隣のワーデル副団長と小声で話し始めた。


「良かろう。3人に南の調査を任せる」

「では早速参るでござる」


 俺とミエラはアビーさんに肩を掴まれたまま作戦会議室から出た。





「アビーさん、3人だけって無茶じゃないですか!?」


 騎士団から借りた馬に乗り南へと走らせながら、俺はアビーさんに向かって声を張り上げた。

 馬は2頭。1頭はアビーさんが乗り、もう1頭に俺と、俺の後ろにミエラが乗っている。ミエラは俺にぴったりと体を寄せ、腰にしがみついている。成長途中の膨らみが背中に当たって気が散るので、今更な質問をアビーさんにぶつけた。


「拙者、アロ殿は人がいない方が存分に力を発揮出来ると思ったのでござるよ」


 え、何この人。エスパー?


 いや、人が見ていないって言ってもアビーさんとミエラが居るからね。アビーさんには色々バレると不味いし、ミエラには怒られる。


「見えてきたでござる。あれは……ゴーレムは座っているのでござろうか?」


 こんもりと盛り上がった滑らかな小山のようなものが無数に見える。更に近付くと、こちら側で座り込んでいたゴーレムが一斉に立ち上がった。その数、およそ200体。


 高さは約3メートル。関節部以外は全て滑らかだが、確かに岩石(ロック)ゴーレムのようだ。頭部には目が二つ。それがピンク色に光って……ピンク色?


(あのゴーレム、滅茶苦茶見覚えがある……)


「はぁ……」

「どうしたの、アロ?」

「いや……」


 ミエラには、いずれ1500年前から転生してきた事を言うつもりではあった。

 うん、これは良い機会かも知れない。……と自分を無理に納得させる。


(あとはアビーさんをどう誤魔化そう?)


「拙者は先に魔族を始末するでござる!」


 アビーさんはそう言って馬から飛び降り、あっという間に左手の林の中に消えた。これはチャンス!


「ミエラ、今から起こる事は、後でちゃんと説明するから」

「うん……えっ?」


 そうミエラに伝え、俺は答えを待たずに大きく息を吸い込んだ。手綱を引いて馬の足を止め、大声で叫んだ。


「おーい、グノエラー! いるなら出ておいで!」

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