109 エピローグ
コリンは本物の女の子になって、色々と吹っ切れたらしい。実家に報告し、神殿の大聖女ポーリーン様にも報告した後、改めて話があると言われた。
「アロ君、ボク、ベルナント共和国に行くよ!」
コリンの事を知る人が居ない場所で、一からやり直したいそうだ。コリンは攻撃力こそ一切ないが、防御魔法と治癒魔法に関しては恐らく大陸一の使い手だろう。その点、身の安全については心配ないと言える。その上、小動物っぽい可愛らしい見た目に反して頭の回転が速くてしっかりしている。仲間の中でも一番の常識人である。悪意ある者に騙される心配も少ない。
コリンと共同開発した対魔人用魔法具の収益は、コリンの取り分だけで十五億シュエルに達していた。はっきり言って、結構な贅沢をしても一生働かなくて良いだけのお金だ。ベルナント共和国にもシュタイン商会の支店があるので、いつでも支店でお金を引き出せるように母様が手配してくれた。
「私がコリン様をご案内しましょう。よろしいですか、マスター・アロ?」
アナスタシアが自主的に提案してきてちょっと驚いた。彼女は何度もベルナント共和国の首都、マルクハラを訪れた事があるそうだ。時間だけはたっぷりありましたので、と軽く嫌味を言われたからすっと目を逸らしたよね。
アナスタシアが管理してくれていた宮殿の近くには転移陣を設置している。宮殿は有名な娯楽施設になっているので、マルクハラとの間に定期乗合馬車が運行されているらしい。馬車で二日の距離なんだって。
「俺も用事があるから、宮殿まで見送りに行こうかな」
「私も行っていい?」
「パルも!」
「そうだね、皆で行こうか」
コリンが旅の準備を整え終わったのは二日後だった。コリンには紙の転移陣を十枚、アナスタシアに三枚渡した。ミエラ、パル、グノエラ、ヤミちゃんを連れて俺の転移で移動する。じいちゃんには留守番で残って貰った。
乗合馬車の停車場でコリンとアナスタシアを見送る。
「アロ君……皆も、ありがとう」
「落ち着いたら遊びに行くから」
「うん」
「いつでも帰って来ていいからね」
「うん」
「あとアナスタシアは暴れ過ぎないように」
「………………承諾しました」
返事するまで妙に間があったけど大丈夫だよね?
コリンは一人一人とハグをしてからアナスタシアと一緒に馬車に乗り込んだ。コリンは見えなくなるまでずっと手を振っていた。俺達もずっと手を振り返した。
「……行っちゃったね」
「うん。でもまた会えるさ」
目尻を拭うミエラの頭をぽんぽんと叩く。パルは声を出さずに大粒の涙を流していた。その肩をそっと抱いて背中を摩る。グノエラとヤミちゃんまでしんみりとしていた。
「さて。俺の用事に付き合ってくれる?」
「それ前も言ってたよね? どんな用事なの?」
「ちょっと行きたい場所があるんだ」
俺は前世の記憶を頼りに、皆と一緒に目的の場所へ転移した。ここは状態保存の魔法を掛けているから安全な筈だ。
抜けるような青空の下、小高い丘の上。一面に純白の花びらの真ん中に鮮やかな黄色がある花が咲き乱れている。彼女が好きだった花、クリサンセマムだ。ちゃんと真っ直ぐな道も作られていて、それを辿って行くと大きな石板が二つ並んでいた。
「ああ……。ここに埋めてくれたのか」
石板には文字が彫られている。左の石板には『シュタイン・アウグストス』、右の石板には『アリーシャ・フォルツ・オーランド』とあった。
転生してから初めて来たから、前世の俺がここに埋葬された事は知らなかった。俺の指示ではないので、家臣が気を利かせてくれたのだろう。
「アリーシャ……アロ、これって!?」
「うん、アリーシャの墓だよ」
状態保存の魔法は掛けているが、誰かが定期的に手入れに来てくれているようだ。二つの石板は綺麗に磨かれ、色とりどりの生花が供えられている。俺はアリーシャの眠る石板に手を置いた。
「アリーシャ、ずっと来なくてごめん」
俺は石板に向かって、これまでの事を簡単に語って聞かせた。邪神イゴールナクは悪魔王アドラメレクに操られて堕とされたハトホル神様だったこと、アドラメレクが全ての元凶だったこと、仲間と龍神様、その眷属の力を借りて元凶を討ち取ったこと。
「仇は取れた……と思う。それに、前世に負けないくらい素敵な仲間と家族が出来た」
当然だが、石板は何も語らない。遠くの空で、鳶に似た鳥が甲高い鳴き声をあげた。
「それと好きな子が出来たんだ。俺はこの子とずっと一緒にいたい」
隣に立つミエラの肩を抱き寄せた。ミエラはさめざめと泣いていた。
「俺は今幸せだよ。だからアリーシャ、安心して欲しい」
その時、丘の上を優しい風が吹き渡った。白い花びらが雪のように舞う。それはまるでアリーシャが俺とミエラを祝福してくれているようだった。
前世でアリーシャを愛していたのは確かだ。それこそ復讐に囚われるくらいに。でも今ならはっきりと分かる。アリーシャは復讐なんか望んでいなかったってことが。彼女なら、俺の幸せを望んでくれていただろう。
だからこそ、俺はアリーシャに幸せになったことを報告したかった。そうしないと彼女だって安心して眠れないんじゃないかと思って。
「ありがとう、アリーシャ」
俺が石板から離れると、ミエラが俺に聞こえない声で石板に語り掛け、パル、グノエラ、ヤミちゃんも一言ずつ声を掛けた。
「アロ、またここに連れて来て。私達は幸せだよって、アリーシャさんに報告しに来なくっちゃ」
「うん。そうだね」
ミエラが目を赤くしながら、笑顔でそう言った。ミエラの言う通りだ。アリーシャだって家族みたいなものだから。
■□■□■
SIDE:ミエラ(七年前)
襲撃は突然だった。
ミエラの住む集落は森の浅い場所、そこに住むエルフやハーフエルフは「オーランド氏族」と呼ばれていた。集落の北、森の奥の方には長年秘匿され、氏族の長に代々引き継がれて守って来た「神の鎧」を祀る祠があった。
エルフの父と人間の母を持つミエラは、その日父に狩りの手解きを受けていた。父が持つ弓は「霊木」から削り出した物で、半径五メートル以内に魔物や魔獣が近寄らない性質を持つ。一人で森に入るエルフは獲物に接近されると危険だから、霊木の弓はエルフの狩人の間では重宝されていた。幼いミエラが持つ弓は普通の木で作られた子供用の弓だ。
襲撃に気付いたミエラの父は、霊木の弓をミエラに持たせて「ここを動くな」と言い残し、集落に向かって走り出した。あちこちで火の手が上がり、逃げ惑う人の悲鳴が聞こえる。ミエラは怖くなってその場に蹲った。
父の姿が見えなくなって十分くらい経過しただろうか。集落を中心に大爆発が起こる。爆風に煽られたミエラはその場から吹き飛ばされ、コロコロと山の斜面を転がって行った。途中で体や頭を何度も木に打ちつけるが、父から渡された弓だけは手放さなかった。
「あれ…………ここ、どこだろう?」
ミエラが目を覚ましたのは翌日の昼頃。頭を打った衝撃で記憶の大半を失っていた。
あてもなく森の中を歩き始める。爆風で吹き飛ばされた時に出来た擦り傷がじくじくと痛む。それでも、その場に留まってはいけない気がして、兎に角東の方へ歩いた。途中小川を見付けて喉の渇きを癒し、霊木の弓を抱えて丸くなって眠った。
幸いなことに、森の中には食べられる果実や木の実があり、そういう知識は失われていなかった。ミエラに分かるのは、生き延びるための術と自分の名前だけ。そうして、何かに導かれるように東に向かった。
森を彷徨い始めて三日目。太陽が少し傾いてきた頃。
「お嬢ちゃん、こんな森の中でどうしたんじゃ?」
白髪の短い髪をした壮年の男性から声を掛けられ、ミエラは身を竦ませた。背負っていた弓を前に回して思わずぎゅっと抱きしめる。
「怪我しとるんじゃないか? 腹は減ってないか?」
男性の声は優しく心地よい響きだった。少しだけ警戒を緩めると、男性は恐る恐るミエラの傍までやって来た。
「お父さんかお母さんは近くに居ないのかい?」
「…………」
「うーん……もう直ぐ日が暮れる。森の中は危険じゃろう。近くに村があるから、嫌じゃなかったらついておいで」
男性は無理強いすることなく、ミエラに触れようともしなかった。「村」という言葉の響きに何かを感じ、ミエラは男性の後ろをついていった。三十分も歩くと森が途切れ、少し離れた所に集落が見えた。
「マルフ村、というんじゃ」
男性の後ろに隠れるようについていく。集落に入ると男の子が声を掛けてきた。
「じいちゃん!? その子どこで拾ったの!?」
「馬鹿者! 拾ったんじゃない、助けたんじゃよ!」
男性と男の子は気安い感じで話していた。
「エルフ?」
「いや、この子はハーフエルフじゃな」
ミエラはその男の子の事が気になった。何故だか分からないが、悪い人ではないとはっきりと分かった。
「森の西側でこの子が弓を背負って彷徨っておった。どう見ても子供用の弓ではないし、近くに親が居るのかと尋ねても一言も喋ってくれん。やがて日も暮れるし、そのままにも出来んから仕方なく連れて来たのじゃ」
「…………それって誘拐じゃ――」
「保護じゃよ、保護! 人聞きの悪い事を言うでないわ!」
男の子はこの男性の孫だろうか? でも全然似てない気がする……。
「改めてこんにちは。僕の名前はアロ。君の名前は?」
男の子から話し掛けられ、思わず男性の服の裾を掴んで隠れてしまった。だけど、ちゃんと答えないといけないような気がする。
「…………ミエラ」
自分でも驚く程小さな声で答えてしまった。それでも、男の子は気を悪くした風でもなく、明るく返事をしてくれた。
「ミエラか! いい名前だね。よろしく、ミエラ!」
「…………よろしく……アロ」
ミエラが運命の人と出会った瞬間であった。
―完―
このお話はこれで完結です!
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ウジャトの目―転生少女は異世界で魔を祓う―
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