107 旅立ち
仲間全員の無事を確認した後、幽界に転移させて順番に風呂に入ってもらってから料理を作り、眷属龍の皆さんと一緒に食事をした。元々そんなに広くない家なので全員で食卓を囲むという訳にいかず、外に持ち出して食べたよね。クトゥルス様には会えなかったけど、またいつか会えるだろう。
地上に帰ると言ったら物凄く引き留められたが、たまに幽界に遊びに来ると言って納得してもらった。どれだけ地上の料理が好きになったんだよ。
ヤミちゃんがどうするのか怖くて直接聞けなかったんだけど、当たり前のように俺達について来てくれてほっとした。可愛い妹分は何人居ても多過ぎる事なんてないのだ。
自分達の屋敷に戻り、ホッジス王国であった出来事を義父様と母様、じいちゃんに報告する。勿論、その前にパル成分を十分に補充した。義父様は頭を抱えながら手紙を書き、城に遣いを出した。そして、その日の夜には城から遣いが来て、次の日に城へ呼び出された。当然だが俺も一緒にとの事だった。まぁ、そりゃそうだよね。
「アロ、此度はご苦労であった」
「勿体ないお言葉でございます」
おじい様から労いの言葉を掛けられ、余所行きの言葉で返答する。ここは何度も訪れた応接間で、おじい様とニコラスさん、義父様、それにエミリア王女とメアリさんが同席している。ホッジス王国での出来事を報告するのだからこの二人が居るのは当然だと言える。
「それで……王都ギデウス西側はどのような状況なのだ? お前の目から見て」
「…………戦いの痕跡は殆どありません。森は……少し様子が変わりましたが」
そう。昨夜屋敷に戻ってから、三人の精霊を連れてあの戦場に戻ったのだ。グノエラの土魔法、俺の龍土魔法で凸凹になった地面を均してからシルに草を生やしてもらった。森だった場所に出来た湖らしきものは、ディーネとグノエラに頼んで近くの川に繋ぎ、シルが周りに木を生やしてくれて良い感じの場所になった。
全て終わらせて屋敷に戻ったのは空が白みかけた頃。はっきり言って寝不足である。
「そうか。操られていた国王と王太子の様子までは分からんよな」
「そうですね。さすがに無断で城に侵入する訳にもいきませんので」
いや、実はヤミちゃんに手伝って貰ってこっそり侵入済みである。アドラメレクが居なくなった事で、国王と王太子が奴の「精神操作」から解き放たれた。内乱寸前だったホッジス王国だから、アドラメレクの目がなくなって国王達が暗殺されるのではないかと危惧したのだ。
結論から言うとそれは杞憂だった。国王達だけでなく、国の中枢は殆どが「精神操作」を受けていたようだが、正気に戻った途端、現状の把握と対策に乗り出していた。あの調子なら国が正常化するのもそんなに先の話ではないと思う。この事はエミリア王女とメアリさんが居なくなってからおじい様に伝えよう。
「ふむ……我が国から、ホッジス王国の現状を調査する者を派遣しよう。問題なければその後使節団の派遣だな。エミリア王女、メアリ殿、何か聞いておきたい事がありますかな?」
先にメアリさんが口を開いた。
「アロ、本当にあのアドラは悪魔だったのかい?」
「はい、そこは間違いありません。なかなか強力な奴でした」
「強力ってあんた……いや、今更だね」
ほんと、強力だったよなぁ……主に生命力が。まぁそれをボコボコにする眷属龍の皆さんがおかしいと思うんだよね。
「内乱は……避けられるのでしょうか?」
エミリア王女に泣きそうな顔で聞かれた。
「残念ですが、それはまだ分かりません」
「我が国としても内乱が起きないよう出来る限り協力しよう」
エミリア王女は、本心では自分の父と兄の安否を尋ねたい筈だ。だが、彼らはリューエル王国にとって王城爆破未遂の主犯である。アドラメレクに操られていたからその罪はナシで、というのはエミリア王女の方から言える話ではない。だからこそ、国王と王太子の安否について聞かないのだと思う。
「おじ……陛下、王城爆破未遂についてはこれ以上追及しないという事でよろしいでしょうか?」
だから俺の方から助け船を出す事にした。
「ん? あー、そうだな……唯一死にそうになったお主がそう言うのなら、大きな問題にするつもりはない。だが、全くお咎めなしというのもいかん。国の面子が掛かっているのでな」
「そう、ですよね……」
「まぁ数年間の関税優遇と、我が国からの輸入拡大、それと例の魔法具導入辺りで手を打つつもりではある」
おじい様の言葉に、エミリア王女が目を丸くした。おじい様が言った事は同盟関係を結ぶのと同義であり、懲罰的意味合いが殆ど含まれていないからだ。
「カルダイン王……寛大なお言葉、心より感謝いたしますわ」
こうして報告会は終わり、エミリア王女とメアリさんが退室した後に王城に忍び込んで見た事も報告した。内乱についてはまだ予断を許さない状況だが、騎士団から選出した人員をホッジス王国に派遣する。その結果安全が確認出来たら使節団と共にエミリア王女を送り届ける予定となった。
アドラメレクを滅ぼしてから三か月程経った頃。
「アロ、ちょっといいか?」
屋敷の私室に、珍しくレインが顔を出した。
「ああ、もちろん」
部屋に招き入れて椅子を勧める。
「あー、その、なんだ。そろそろ旅に出ようと思ってる」
「え!?」
「仕える相手がアロである事に変わりはねぇ。ただ、俺ももっと強くなれるんじゃねぇかって思うんだ」
レインは前世の頃から常に戦いを求めていた。自分を鍛える事に妥協しないと言った方が良いかも知れない。アドラメレクは倒したが、この世界から魔物や魔獣が消えた訳ではない。まだまだ強い敵がいる可能性は十分ある。
前世でも長く仕えてくれたレインを一か所に縛り付けたくない。大切な仲間だからこそ、自由に幸せを追求して欲しいと思う。
「そうか……うん、分かった。レインは冒険者だもんな。気が済むまで旅をしておいでよ。ただ、いつでも帰って来ていいからね?」
レインは俯いたまま頷いた。徐に腰の後ろに手を伸ばし、鞘に入った短剣サイズのレーヴァテインを差し出す。
「これは返す。これに頼ってちゃ強くなれねぇ」
「いや、それはレインの物だから持ってて欲しい。使わなければいいんじゃない?」
「……そうだな。ああ、アロから貰ったものだもんな」
レインは一人でうんうんと頷いている。本当は返したくなかったんでしょ?
「ああ、そうだ。旅に出るならこれを持って行くといいよ」
ミエラに預けていた魔法袋を渡す。既に中身は俺の袋に移してある。
「っ!? こんな貴重なものを?」
「デカい魔獣を狩ったら運ぶのが大変でしょ?」
レインは俺が差し出した魔法袋を両手で捧げ持つように受け取った。
「……恩に着る」
「偶にはそれにお土産を沢山入れて帰って来てよ」
翌朝、まだ太陽が顔を出す前に、レインは旅立った。
それから数日後。
「アロ殿、お話があるでござる」
「うん、もちろん」
今度はアビーさんか……。レイン一人が居なくなっただけで、屋敷が急に広くなった気がしていた。
「拙者もレインのように旅に出るでござるよ」
「そうか……どこに行くか決めてるの?」
「ホッジス王国の方に行ってみるつもりでござる」
レインは東のファンザール帝国からゲインズブル神教国方面に行くと言っていた。アビーさんは逆方向に行くのか。
「それなら転移で――」
「それには及ばないでござる。死の大地を踏破したいのでござるよ」
「そ、そう? あそこ、ほんとに何もないよ?」
「それが良いのでござる!」
アビーさんも自由を愛する冒険者だからなぁ。やってみたいと思ったらやらずにいられないのだろう。
「グングニルをお返しするでござる」
何でそれを持ってるのかと思ったら、レインと同じか。
「いや、それはアビーさんにあげた物だから持ってて欲しい。グングニルが強過ぎてつまらないなら、使わなきゃいいでしょ」
「いや、しかし――」
「魔法袋もそのまま持って行って。それなら槍を何本か持ってても邪魔にならないし」
アビーさんにも凄くお世話になった。俺が居ない時、一番頼りになるのがアビーさんだった。前世でも長く仕えてくれて、戦いでは常に先頭に立ってくれた。今思えば、アビーさんが居ると安心だったよなぁ。
「言うまでもないと思うけど、いつでも帰って来てね。もう家族なんだから」
「っ!?」
アビーさんが顔を赤くして俯いた。前世でも今世でも、アビーさんは家族の事を語らなかった。それはレインも同じだ。俺も無理に聞こうとは思わなかった。
だが、ひとつ屋根の下で暮らし、互いの命を預け合ったのだから、その結び付きは家族以上と言っても良いだろう。
「自分の家に帰って来るのに遠慮なんか要らないから。ただし、お土産は忘れずに」
「心得た、でござるよ」
翌朝、レインと同じように、アビーさんもまた旅立って行った。