104 囮
「うおっ!?」
転移した途端、剣と槍を突き付けられた。
「何だ、アロか」
「お帰りなさいでござる」
出入り口は障壁の魔法具で固めてるから直接建物の中に転移したんだけど、ちゃんと警戒していたようだ。
「他の皆は?」
「退屈そうにしてるぜ」
本当は皆で行動したいんだけど、さすがに十一人はねぇ……。囮を捕まえに行くのは皆で行った方が良いかな?
「皆、集合―!」
ギルド一階に併設されている飲食スペース(休業中)には、テーブルや椅子がそのまま残っている。そこで作戦会議だ。
「今から地竜を捕まえに行きます」
「地竜?」
「捕まえに? 倒すんじゃなくて?」
ミエラとコリンが声を上げた。地竜は、皆の連携を確認する為に一昨日数体倒したばかりだ。今の仲間達にとってはそれほど脅威とは思わないだろう。
「そう。捕まえて、ギデウスの西の森に放とうと考えてる」
王都ギデウスの閑散とした様子、アドラが王城周辺の建物内に居れば視認出来ない事、筆頭宮廷魔導士であり、力を誇示したがるアドラメレクを誘き出したい事を説明する。
「まぁ確かに。地竜が襲って来れば、普通は国軍出動の案件だもんな」
レインが補足説明をしてくれた。ここから俺の考えを話す。
「メアリさんから聞いた、ギデウスに襲来した黒い人型魔獣の話。これはアドラの自作自演だと思うんだ。俺達が『強化魔人』と呼んでるあれは、恐らく中級以上の悪魔か、悪魔を憑依させた人間だと思う。アドラがアドラメレクなら悪魔召喚はお手の物だから」
上級以上の悪魔は下位の悪魔を召喚出来る。中級以上は人の姿をしているが、あれは単に人の世界に紛れ込みたい時にそう見せかけているに過ぎない。強化魔人は皆真っ黒で同じような外見だが、規格を統一した外殻を纏っているのだろう。
邪神の眷属の一人、ケタニングが強化魔人を「実験体」と呼んでいたらしい。眷属が生み出していた「魔人の種」、あれは元々人間に悪魔を憑依させる為の媒体だったと思っている。「魔人の種」自体、アドラメレクが邪神の眷属に作り方を授けた可能性すらある。なんせハトホル神様を邪神に堕とした張本人だからね。
「アドラメレクがホッジス王国でまだ何か企んでいるなら、悪魔召喚して地竜を迎え撃つような真似はしないだろう。エミリア王女のようにアドラに対して懐疑的な者が王城内に居るとしたら、地位を盤石にする為、力を誇示するのに地竜はうってつけの相手だと思うんだ」
目的は、あくまでアドラを外、それも出来れば王都の外に誘き出す事。そして奴がアドラメレクである事がはっきりしたら、そこでケリをつける。
俺は、ケリをつける為の作戦――クトゥルス様から授けられた「策」について皆に説明した。
「なんだって? それじゃアロとヤミちゃんだけでやるってのかよ!?」
「拙者達もお役に立てるでござるよ!!」
うん、二人は真っ先に反対するって思ってた。
「皆の力を信じてない訳じゃない。むしろ頼りにしてる。だから残ってギデウスを守って欲しいんだ」
俺の予想が正しければ、ギデウスには大量の強化魔人――中級以上の悪魔達が襲い掛かる。ギデウスにどの程度の戦力があるのか分からないが、俺の仲間達以上だとは到底思えない。ギデウス防衛の戦力を残さないのは見殺しと同じだ。
それに――多分、アドラメレクとの戦いでは仲間達を守る余裕がない。そりゃあ援護があれば頼もしいに決まってる。だけど、絶対に誰も傷付けたくないんだよ。本当はヤミちゃんだって連れて行きたくない。でも連れて行かなければならない理由があるんだ。
俺は自分の思いを皆に向けて滾々と話した。納得……はしてもらえないが、渋々了承してもらった。
「それに……俺とヤミちゃんだけじゃない。あの人達だって力を貸してくれる筈だよ。だから心配しないて欲しい」
「そうか……なら、こっちの事は心配せずに思いっ切りやって来いよ?」
「ありがとう、レイン。だけど地上もかなり大変な事になると思う」
「こっちだって思いっ切りやるわ。自重なしで」
いやミエラ? 少しは自重してね? そうしないとホッジス王国が滅んじゃうから。
「よし! じゃあ地竜を五体くらいとっ捕まえに行こうか!」
咢の森深層で、地竜を見付けては殴り、見付けては殴って昏倒させていった……主にアナスタシアさんが。余程鬱憤が溜まっていたのだろうか。それが俺に向かわなくて胸を撫で下ろしたよね。
他の皆は何と言うか、適当に出て来た魔獣を狩っていた。アナスタシアの勢いに誰も口を挟めなかったのだ。一体全体、誰があんな戦闘力を付与したんだよ……俺だわ。
地竜達がちゃんと役目を果たしてくれるようこっそり治癒を掛け、王都ギデウスの西の森に転移した。五体の地竜が一か所で眠っている(ように見える)姿は、見る人が見たら悪夢だろう。一体でも軍隊出動案件なのだから。
ちゃんと王都方面へ進むように、森から東へ向かって魔獣の新鮮な死骸を点々と置いた。あと、アナスタシアには地竜に姿を見せないよう釘を刺した。彼女を見たら怯えて逆方向に逃げてしまうかも知れない。逆上して向かって来る可能性も勿論あるが、態々賭けに出る必要はあるまい。
俺達は十一人で、予め見当を付けていた林に身を潜めた。ヤミちゃんが隠蔽の魔法を使ってくれているので、ちょっとやそっとじゃ見付からない筈だ。これで地竜が目覚めて王都に向かえばいずれアドラが出て来る……。
……地竜が目覚めて王都に向かえば。
……地竜が目覚めて。
……地竜が……
「全然目、覚まさないなぁ、おいっ!」
「しぃっ!!」
ヤミちゃんに怒られた。ミエラ達は俺の事を信じられないものを見る目で見ている。
いやだって! ただ待ってる時間って苦痛だよね!? よし、かる~く「麻痺電撃」をお見舞いして起こしてこよう。
森に転移して地竜達に極弱めの電撃を放ち、目を覚ましそうになったのを確認して元の林に戻った。
――グルゥォォオオオオーーー!!
森の奥から複数の雄叫びが聞こえる。ようやくお目覚めになったようだ。うまく地竜達がこちら側に向かって来たとして、王都の防壁に到達するまでに三十分以上は掛かるだろう。王都の外側を常に監視している物見台から地竜を目視するまでに五分くらい。それから各部署に伝達されて……アドラが出張って来るまで、最速で二十分ってところか。
そこからは、本当にただ待つだけの時間が過ぎる。思惑通りアドラが現れるのか。現れたとして、その正体はアドラメレクなのか。じりじりと過ぎる一分が十分、二十分にも思えてきて、もういっそのこと王城に乗り込んだ方が手っ取り早いんじゃないかと思い始めた頃――。
来た。
深い紫色のローブを纏い、王城方面から文字通り飛んで来た人物。ここからでも良く見える。顔を縁取る黒い髪は風で後ろに靡いているが、あの細い目と吊り上がった口角は覚えている。
「間違いねぇ。ありゃアドラだ」
「ああ。まるで変わってないね」
「拙者も覚えてるでござるよ」
前世で出会った少年が、その時のままの姿で眼前に浮かんでいた。
「ヤミちゃん、どうだい?」
「もう少し待って欲しいのです」
ヤミちゃんは、眉間に皺を寄せて一生懸命アドラを見定めようとしている。その間にも、空中のアドラの周りに拳大の黒い球体が無数に出現し、地竜を迎え撃っていた。
今まで何度も見た事がある、悪魔独特の攻撃魔法。あの球体に触れると、触れた部分がごっそり削られるのだ。
「……アドラメレク、なのです」
ヤミちゃんが歯を食いしばるように言葉を漏らす。その瞬間に俺達は行動に移った。
アドラメレクの球体が地竜達を削っていく。頭や心臓に直撃した二体は即死、残り三体もあちこちを削られて殆ど死に体だ。奴は地竜を嬲る事に気を取られ、まだこちらに気付いていない。最初から全力攻撃で行く。
最初に着弾したのはミストルテインから放たれた火属性の矢。空一面が炎に照らされ、まるで空が燃えているようだ。そこに悪魔の気配が大嫌いな精霊達が極大魔法をぶつける。グノエラの「大地の怒り」は隕石のような岩塊を落とし、ディーネの「天水の怒り」は無数の水の刃となって降り注いだ。そこにサリウスが「氷槌撃」を叩き込む。アビーさんとレインは、それぞれの武器でいつでも遠隔攻撃が出来るよう構えている。
いくつもの攻撃でアドラメレクが居た空中は黒い煙に覆われていた。一陣の風が吹き煙が晴れると、奴は全くの無傷でそこに居た。そして一瞬で俺達の直ぐ傍に移動した。
「んん? 誰かと思ったらヤミじゃないか。また俺に弄ばれたいのか?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は奴の頭上に転移して、グレイプニルを巻いた右拳を叩き付けていた。勿論とっくに「弱体化の腕輪」は外している。しかし、奴は俺の拳を掌で受け止めた。
「人間風情が拳を向けるな」
細く閉じた目が僅かに開き、赤く光る瞳と黒い眼球が見える。次の瞬間、不可視の壁でぶん殴られたように吹き飛ばされた。
「触れたな?」
グレイプニルが奴の掌に食い込み、巻き付いている。ピン、と一瞬伸びた神鎖は俺の意思を汲んでアドラメレクをぐるぐる巻きにした。
「引き千切れ、グレイプニル」
ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!!
このお話もあと5話で完結です。どうぞ最後までお付き合いください!