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101 明かされる真実

「ハトホル神様が…………邪神、イゴールナク?」

「そうだ」


 この大陸で最も多くの人から信仰されている、愛と豊穣の女神、ハトホル神様。それが邪神? ハトホル神様が、アリーシャの仇?


「そんな……神ともあろうお方が、たかが悪魔に操られて邪神に堕ちるんですか?」

「我も最初は信じられなかった。だが事実なのだ。アドラメレクは三百年以上を掛けてハトホルを邪神に変えた。それに伴い、ハトホルの眷属も邪なものへと変わった。奴はそれ程の力を持っていると言う事だ」


 あまりの事に、感情が行方不明になった。却って冷静に考えられる気がする。イゴールナクはハトホル神様だったが、それはアドラメレクの謀略だった。アドラメレクが余計な事をしなければアリーシャが死ぬ事はなかったのだ。


「……つまり、真の敵はアドラメレクという事ですね」

「左様。奴は地上世界を負の感情で溢れさせようとしている。種族同士を争わせ、イゴールナクを使って蹂躙し、その後で自らの手で地上を絶望の淵に落とそうとした」

「落とそうとした……? しなかった、という事ですか?」

「いや、出来なかったのだ。お主等がイゴールナクを封印した後、奴もまた封印された」

「…………クトゥルス様が封印を?」

「我ではない。精霊女王ペリリオーレ、火の大精霊ヴルカン、風の大精霊シルヴェストルが精霊としての力を全て使い切って封印したのだ」


 大精霊の力は俺も知っている。それは人知を超えた力だ。そこに精霊の女王まで加わって、それでも「倒した」のではなく「封印」だったのか。


「我等はアドラメレクが封印された場所を探したが、精霊女王達も姿を消し、居場所を見つける事が出来なかった。しかし、恐らく七年程前、奴の封印が解けたのだ」


 七年と言うと俺が七歳の頃か。母様が王都に連れて行かれ、ミエラと出会った頃だな。


「封印と言えば、イゴールナクの封印も早ければ後二年程で解けるのですが」

「邪神イゴールナクは既に存在しない」

「えっ?」

「封印の後、百年程でアドラメレクの『精神操作(マインドコントロール)』は解けた。ハトホルは自らの罪を悔い神の座を捨てた」

「へ?」

「ハトホルは人間に転生したのだ。もう……二十回、いや三十回近く生まれ変わっただろうか。どれだけ人間として生きれば気が済むのやら」


 クトゥルス様は呆れたように首を振った。


「まぁ、人間としてあと数百年も生きればハトホルも神に戻る気になるであろう」


 あ、戻ろうと思ったら戻れるシステムなんですね。


「今は面白い息子が居て幸せそうだぞ」

「へーそうなんですね」

「ああ。今の名は……確かシャルロットと言ったか」

「へぇ……母様と同じです」

「息子の名はクリネアロと言うそうだ」

「ほー……俺と同じ……はあぁぁあっ!?」


 え? ええ? えええーーー!?


「あの、超絶可愛くて若くて優しくて柔らかくて綺麗で良い匂いで可愛い母様が、ハトホル神様の生まれ変わり……?」

「ぶわっは!!」

「アロ、今のはちょっと、ヤミも引いちゃったのですよ……」


 いたずらが成功したような顔をしてたクトゥルス様は堪えきれず吹き出し、ヤミちゃんは少し俺から距離を取った。


「す、すみません……」


 心の声が思い切り漏れてしまったらしい。まぁどうせクトゥルス様は心が読めるから、口に出さなくてもバレるんだけど。


「しかし……イゴールナクが居なくなったのに、眷属が復活していたのはどうしてでしょうか?」

「それはだな、アドラメレクの奴が『疑似神核』を作っていたからだ」

「ギジシンカク?」

「奴がハトホルを邪神に堕としたのには二つの理由があった。一つは地上を蹂躙させる事。もう一つは『神鎧(しんがい)』を手に入れる事だ」


 クトゥルス様の説明によれば、神が地上に顕現して力を振るう際、身に着けるのが「神鎧」。あらゆる攻撃を寄せ付けないらしい。

 イゴールナクは邪神に堕ちていたので神鎧も多少穢れていたのだが、悪魔王であるアドラメレクが身に着けるにはまだ神聖過ぎた。無理に着けると鎧に肉体と魂を喰われるのだ。それで神鎧に装着者が「神」ですよ、と誤認させる機能を持つのが「疑似神核」。それを持っていれば神鎧を身に着けても大丈夫なのだそうだ。


「『疑似神核』はイゴールナクの神気を利用して作った筈だからな。いくつ作ったのか分からぬが、そのうちの一つが眷属を呼び覚ましたのだろう」


 邪神の眷属が復活していた理由は分かったけど、もっと重要な事があるのでは?


「……アドラメレクはその『神鎧』を持っていると言う事ですか?」

「恐らく。いや、持っていると考えた方が良いだろう」


 神様を操る程の力に加え、あらゆる攻撃を防ぐ防具まで持ってる? それって勝てるの?


「であるから、お主に策を授ける」


 俺はヤミちゃんと一緒に、一言一句洩らさないようクトゥルス様の「策」を聞いた。ホッジス王国の「アドラ」がアドラメレクと確定した訳じゃないが、そう思って動かなければならない。一歩間違えれば自分と大切な仲間の命を失う事になる。


 この短い時間で、人生が引っ繰り返るような衝撃の事実をいくつも聞いた。頭がなんだかほわほわしているが、幽界を辞去して龍神の神殿へ、それから直ぐに屋敷へと戻った。





 皆はもう寝ているのか、屋敷は静かだった。俺も今日は寝よう、そう思って着替えていると部屋の扉がノックされた。


「どうぞ?」

「アロ様」

「「(あるじ)さま」」

「どうしたの、こんな遅い時間に」

「ちょっと来て欲しいのだわ」


 いつもと違うグノエラの神妙な表情に、只事ではないと思い付いて行く。そこはパルが使っている部屋だった。パルはベッドで横になり、何やら大きな人形? のような物を抱きしめて眠っている。うんうん、天使だね。


 と思っていたら、目をパチリと開けて上半身を起こして俺を見た。精霊達は床に片膝を突いて頭を下げている。


「アロ、はじめまして。パルの体を少しお借りしている、ペリリオーレと言います」


 ペリリオーレ? ついさっき聞いたような……。いやそれよりも――。


「パルの体を借りてるってどういう事だ?」

「決してパルを傷つけるつもりはありません。彼女は私にとっても大切な存在です」


 精霊達が何もしないのだから敵意はないのだろう。


「分かりました。何か俺に話があるって事でしょうか?」

「はい。アドラメレクの事です」


 ペリリオーレに促され、ベッドの端に腰掛ける。彼女が教えてくれた話は、概ねクトゥルス様から既に聞いた話だった。


「アドラメレクを封印する為に力を使い切った私は、ある場所で眠りに就いていました。そこを、アドラメレクに操られた傭兵団が襲ったのです。それがパルの住んでいた村でした」


 自分を封印した相手を早めに排除する。確かに奴が考えそうな事だ。パルが居た村の奥に精霊にとって住みやすく力を貯めやすい「泉」があったらしい。その泉を探すために村が襲われ、泉が破壊されるのも時間の問題だと考えたペリリオーレは、偶々泉の近くに来ていたパルに憑依したのだと言う。


「もっと早くフレスヴェルグを呼ぶつもりだったのですが……何分(なにぶん)力を殆ど失っている為に時間が掛かってしまいました」


 人に懐かない幻獣フレスヴェルグがどうしてパルの庇護者となったのか疑問だったが、精霊からの頼みだったからに違いない。


「フレスヴェルグと貴方の間にもパスを繋ぎました。パルを守るキーパーソンは貴方だと確信したからです」


 ……だからピルルには俺の居場所が分かったのか。


「今、『も』と言いましたね……という事は当然パルも、という事ですね?」

「はい。私が憑依していますから、自然と」


 それでパルはピルルの言葉が分かるのか。俺も何となく分かるし。


「それでアロ……実は、貴方に伝えなければならない事があります。気を落ち着けて聞いてください」

「はい」

「貴方が封印した邪神イゴールナクの姿が消えています」

「あ、はい。知ってます」

「ずっと滅ぼす事を考えてきた敵が消えたと言われても、直ぐには信じられないですよね……えっ?」

「あ、クトゥルス様――龍神様から先程聞いたので」

「そ、そうですか」


 何か申し訳ない事したかな? でもペリリオーレと三人の精霊がほっとしたような顔になったので、結果的に良かったのだと思う。


「アロ様にどうやって伝えるか物凄く悩んだのだわ……」

「でも良かったの!」

「そうですね……アロがどう反応するか分からなかったので。でもその様子だと、倒すべき本当の敵も分かっているのですね?」

「はい。アドラメレクです」

「ええ、その通りです」


 ペリリオーレは、アドラメレクを放置したら地上にどんな事が起こり得るのか教えてくれた。地上で暮らす全ての種族と精霊達が激減し、環境も変わって生きていくのも困難な土地になってしまうようだ。


「ただ、アドラメレクは強敵です」

「そうですよね……ペリリオーレさん達は、アドラメレクをどうやって封印したんですか?」

「罠を仕掛けました」


 精霊がアドラメレクに恭順する振りをして、予め精霊魔法を仕込んだ土地に誘い込んだらしい。アドラメレクも、バカが付くほど純粋な精霊が自分を騙すなどと思わなかったらしい。それで追い詰めたが、地形が変わる程の大魔法を使っても仕留めきれず、残った力を振り絞って何とか封印したらしい。


「……精霊も騙したりするんですね」

「地上世界の危機でしたから。……アロ、今の私には殆ど力がないので、今回は手を貸す事が出来ません。その代わり、グノーム達には手伝うよう言ってあります」

「お気遣いありがとうございます。グノエラ達には少し手伝ってもらいますが、危険な目に遭わせるつもりはありません。龍神様から策も授けて頂きましたし」


 精霊女王であるペリリオーレですら、まだ力が戻っていない。炎の大精霊ヴルカンと風の大精霊シルヴェストルについてはまだ復活の兆しさえないと言う。そんな危険な戦いに、グノエラ達を巻き込むつもりはない。彼女達は本意ではないかも知れないけどね。


 よし。まずはホッジス王国に居ると思われる、アドラとアドラメレクが同一人物か確かめなければならない。準備が出来次第、ホッジス王国に行こう。

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