第20-2話「一途な二人」
『リン……』
ライカス城の私室で、マックスが苦しげなリンの頭を撫でた。
『マックス様……』
『今日、出陣だ。帝国の医療知識ってやつを持って、戻ってくる』
リンのお腹の中の子供の為にも、かならず勝つ……
もはやマックスにとって、王国の勢力拡大なんてどうでもいい。
重要な任務? リンを救うことだけだ。
(……大丈夫、リンは若い。オレのたった一つ上の、20歳だぞ)
すぐに治る。オレはオレにできることをやるだけ。
キャンプに出て、彼が率いる8000人の兵たちに声を上げた。
『お前ら!!』
『『はい!』』
『勝つぞ!! 家族の為に!』
オオオオオオ!! と声が上がる。
そうしてマックスは前線を進んでいく。
兵士たちに指示しながら、指揮官として勇敢に。
(……もう前回の戦術は、使えないかもしれない)
あの黒騎士なら、絶対に対策をとってくる。
これから侵攻する、帝国のアルフォード要塞は、今まで以上の激戦に――
否、ならなかった。
「……マジかよ」
マックスたちは、あっさりと勝利を手にした。
アルフォード要塞は、とうに放棄されていたのだ。
『すげぇ!! さすがマックス様! 不戦勝じゃないか! 連勝だ!』
『オオオ! 王国の勇者を称えろ!!』
(……たしかに)
正しい計画、人員配置、そして戦略を熟考した。
要塞内は、チリになっている帝国民の死骸だらけだ。
勝てないと思って、自国民から略奪して、撤退したのか?
いや、今は――
『戦利品を集めろ! 特に書物! いそげ!』
『マックス様! 今のところ、食糧も金品も、なにも残っていません』
部下のひとり、副隊長にそう言われる。
『なにもないだと?』
『はい。このままでは部隊の食い扶持が……』
『探し続けろ。医療に関わる資料もだ』
『はい。ただすべて焼け落ちており……はやり、書物は帝都に集中しているのかと』
クソ、とマックスは舌打ちして、副隊長を見る。
『ラヒール。この場は任せる。オレは一度ナイフエッジへ』
『わかりました。周囲を再度、調査します』
そして、精鋭兵数人だけを連れて、ナイフエッジの城に戻る。
到着したころには、既に日は暮れて、夜中であった。
すぐに私室に入るが……
そこで見た光景に、マックスは声を失う。
『おい、リン……!!』
『マックス様……』
リンは……激しい痛みと高熱に苦しんでいた。
マックスはすぐさま、医者――王国の司祭の手を止める。
『何をやってるんだ!! 今すぐやめろ!』
『しかしマックス様。これは治療で――』
問答無用で、祭司の手からナイフを奪う。
リンは、血管を切られ、血を下の樽へ流されていた。
瀉血だ。中世ではこれが万能の治療法だと思われてた。
『いけません、これは治療です。続けなければリン様は――』
『この大馬鹿野郎が!! こんなことを、いつもリンにやってたのか!? どうりてリンが治らない――』
いや、落ち着け。そう深呼吸をするマックス。
この司祭――医者も、彼なりにベストを尽くしたのだ。
汚いナイフと、洗ってもない手で、リンの治療をして……
『――クソオオッ!! 今すぐ止血して、外に出ろ!!』
『っ! は、はい』
包帯を巻く医者。
廊下に出て、マックスは即座に部屋のドアを閉める。
医者の胸倉を掴み、壁に押し付けた。
『……他にどんな治療をした?』
『ぽ、ポーションを飲ませました。これです』
マックスは材料を聞くが……
『水銀だと!? ンなもん逆効果に決まってるだろ!!』
頭が痛い。わけがわからなくなる。
『後は、胸の傷跡を、輪切りの蛇の湿布で……』
『クソッ!』
容態が悪化していた訳だ。
どうする? 今から帝国に寝返って、リンを救ってもらうか。
違う。あれだけ帝国兵を殺したんだぞ。
(……もう、プライドもなにもない)
今から早苗を探しに行くか――
『もういい、消え失せろ』
医者を離すと、すぐにリンの元へ戻る。
『リン。出発するぞ』
『……私は大丈夫です、マックス様。そんなに心配しないでください』
『だが……』
『それよりマックス様には、王になっていただきたい』
『…………』
マックスは冷静に考えようとする。
たしかに、逆効果の治療さえやめさせれば、自然によくなるだろう。
『……わかった。リンは若い。早く治ってくれよ』
『うふふ。私の年齢なら、普通は5人は産んでいますよ』
『この世界ではそうだったな』
ふっ、と笑う。
『一つお聞きしたいのです』
『なんでも』
『マックス様は、どうして私を愛してくれるのですか』
『え? いや……』
美人だから。全てがタイプだから。
エアルドネル人にしては身長も高いし、ブロンドも綺麗で謙虚で……
(……母国のアメリカでは)
ジョークを滑らせるだけで、目をぐるりと回すような女ばかりだった。
『全部、好きだからだ』
『そうでしたか。私は罪深い女ですね……』
『HAHA。なんだそりゃ』
ポロリ、と涙を流した後、リンはか弱い声を出した。
『もう我慢ができないのです。お話しをさせてください』
『え? ああ』
元気よく答えるマックス。
涙を指で拭き、リンのお腹を撫でながら、愛する女の話に耳を傾けた……
『これから、全てをお話しします』




