第10-1話 指弾
船に乗っていた。
大勢で漕ぐ人力船、いわゆるガレー船だ。
大陸から亜人の島まで、風向きが安定しないとは聞いたが……
「運賃が高いわけだ」
興味本位で船底に降りてみる。
と、そこにケモミミ、獣人たちがいた。だがその格好は――
「早苗さま……」
「見ない方がいい」
質のいいリネンの服を着た、ララの視線を遮る。
船底に何十人といる彼らは、ボロの布一枚だった。
鎖で足を縛られ、体中にムチで打たれた痕が。
地球の歴史よりも、扱いが悪い。
「ララ、甲板に戻ろう」
階段を上がると、ふと声――
「あ、あんた、亜人の言葉をしゃべるのか。助けてくれ……」
奴隷に懇願されていた。
一瞬立ち止まるが、すぐにララの手を引いて戻る。
そして甲板に戻ってから、彼女の手を離した。
「……クソ、何もできない」
「早苗さま……大丈夫だヨ……」
見るとララは、無理した笑顔を作っていた。
「獣人の扱いは、こんな感じだヨ……」
「それが異常なんだ」
黙って彼女の頭を撫でてやった。耳がピクピクと動いている。
「君たちが虐げられない未来をつくる」
「……うン」
必ず作らないと。
早苗は情報をまとめ出す。
「島にはエルフが1万人、ドワーフが3万人、ララと同じ獣人が6万人で、合計10万人いる」
「……うん。獣人は50人から1000人ぐらいで群れを作って、移動しながら暮らしてル」
「遊牧民みたいなものか……」
「わたしの部族は100人ぐらい。場所は分かるし、命を賭けてでも、早苗さまの仲間にしてみせル」
「その言い方は好きじゃないが」
とにかく、最初の100人のマンパワーは、期待できるということだ。
早苗が続ける。
「エルフは希望が薄くて、ドワーフは仲間になる可能性があるんだよね」
「うん。ドワーフはみんな職人気質だから、早苗さまの知識に興味を持つ。話も聞くと思ウ」
「わかった。少し休むよ」
言って早苗は、甲板の裏に腰を落とした。
◇
王国のはるか西にある、公国ネルソンで、栗色の髪の少女は拳を握りしめていた。
「……クソ、王国から持ってきたお金、無くなりそうです」
裏路地で愚痴を漏らすカーミット。
男の格好をしている。
胸元はさらしで膨らみを抑え、髪は結んである。
(アア、シャワー浴びたいです……)
体を洗えていないのか、ところどころ泥がかかっている。
さらに頭には包帯。
中世で一人旅をする女などいない。通りかかった男や、狼に殺されるのがオチだ。
公国まで一人旅したカーミットの場合は、酔った兵士に殴られ、あやうく追い剥ぎにあう所だった。
「絶対に、こんな所で終われない。前世と同じく、この世界でも成功して……」
ふと、広場で騒がしくしている市民たちに気づく。
(……ウゲ、知らない女性が火あぶりに!)
中世では、女が短髪だと言う理由だけで、火あぶりにされることもあった。
でも最近、あまりにも多い。何故だろう……
(……まさか!)
カーミットは嫌な予感がしていた。
◇
船に乗って1日が経過した。
亜人の島に到着する。
降りて辺りを見渡すと、まるで無人島だ。人の気配が全くない。
「……本当にこんなところに亜人が?」
「うン。王国がよく虐殺しに来るから、みんな隠れて暮らしてル……」
そんな状態なら、人間を心の底から恨んでいるはず。
本当に信頼されるのか不安になった。
「はぁ、はぁ……」
森の道を歩き続けていた。
病気はほぼ完治しているが、まだ病み上がりである。
人気はまだ全くない。足跡の一つすらも……
「いや、違う……」
木々に不自然な切れ目が。人が通った痕跡だ。
夜になった。
「……暗いな」
「ランプ付けるね、早苗さま……」
光源を持ったララが隣を歩み続ける。
久しぶりに歩き続けたせいか、両足が悲鳴を上げていた。
「……あッ」
足を止めるララ。
早苗には目視こそできないが、黒い影が何人も近寄る。
ランプで見える距離まで、彼らが近づくと――
「……ラルク!」
「ララ姉さん、なんで……! もう二度と戻らないと誓ったハズ。それに、その人間は――」
獣人の男であった。ララにどことなく顔つきが似ている。
ラルクと呼ばれた男を含め、獣人たちは全員、毛皮の服を着ていた。
文明レベルは古典時代ぐらいか。
「聞いて、ラルク。この人は救世主様だヨ!」
「姉さん、まだそんな古い言い伝えを信じて――」
「本当なんだよ! じゃないとわたし、戻ってきてなイ」
「…………」
蚊帳の外の早苗は、黙って耳を傾けた。
「……確かに、言い伝えの救世主に似ている。でも無理だよ、姉さん」
同時に、周囲から一斉に槍を突き付けられた。
背後の獣人が、首筋にナイフを――
少しでも引けば、間違いなく僕は死ぬだろう……
「さ、早苗さまっ!!」
早苗は、静かに手を上げた。




