表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/63

第5-1話 肺

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)





 鎖を壊した早苗を見て、ララが目を見開いた。


「早苗さま……! どうやっテ!?」 

「塩化第二鉄だよ」


 彼は自分の足の鎖を壊しながら続ける。


「もともと王国の製鉄技術は未熟で、脆い錬鉄を使ってるから――」

「え、さんカ……?」

「……まず、塩水を吹きかけて、赤錆を多く発生させた」


 皿を手に持つと、ララが不思議そうに見る。


「でもそれ、漬け物……」

「うん。漬け物の塩分」


 ああ! と理解される。


「その後は、塩酸で鉄錠を脆くして、発生した成分で内側の鉄も溶かす」

「……エ?」

「錆に、僕の胃液をかけたってこと」


 嘔吐しまくって、内容物がなくなった後に出る、透明な液体。

 pH1.5の強酸だった。


「ああっ! だからずっと吐いてタ!」

「いや、そこは実際に具合が悪かった……」


 だが、まぁいいか。



挿絵(By みてみん)



「……す、すごい。早苗さまなら何でもできル」

「………」


 全身が解放された早苗は、棒状の鉄の拷問具を取り、ララの鎖に叩きつけた。

 次第に彼女も忌々しい鎖から解放される。


「……うううっ。さ、早苗さま。ありがとう。2回もわたしを鎖かラ……」


 しかし早苗は聞いていない。

 そのまま出口の扉まで歩くと、呆気なく扉を開けた。


「……えェ!?」

「カーミットにお願いして、ラッチが閉まる部分に繊維くずを詰めてもらった」

「……ああ、ああァ」


 ララが腰を抜かして、尻もちをついた。


「……神さまみたい。間違いない。救世主さまなんダ」

「ララ、行くよ」


 ◇


 その頃、カーミットは……

 使用人の服を着て、食事を乗せた大きな木箱を持っていた。

 塔を上がる。凄まじく重いので、休憩をはさみながら。


 エアルドネルには電気がなく、城の住人ですら、日が沈むとすぐ寝る。

 人気は少ない。


「……ヨシ」


 警備兵はいない。必死に工作した甲斐があった。

 ドアの前に着くと、パンを千切って隠していたカギを取り出す。

 そしてハッチ(地下扉)を全開にして、下の空中牢を覗いた。



挿絵(By みてみん)



 中には、豪華な椅子に腰をかけている心菜が。


「誰……?」

「カーミットです。ココナサン、逃げましょう」


 カーミットはロープを垂らすと、心菜はそれを体に巻いた。上に引き上げる。


「……はぁ。ありがとう。早苗は?」

「サナエサンは、あなたを助けろって……」

「――ハァ? あのバカ、自分が45億人の命を背負ってる自覚がないの!? 自分の立場をわかって――」

「しーー! 静かにしてください」


 心菜が、頭が痛そうに舌打ちした。


「助けに行くわよ」

「無理です! 神に誓いました!! アナタを逃がすと!」

「あのねぇ……」

「サナエサンは、ココナサンが人類の希望だって……」

「それは、あいつの誤解……! ああ、もう!!」


 イライラと、周囲を歩く心菜。


「あいつだけは替えが効かないのよ!」

「ワカッテマス。明日の処刑の時、警備が薄くなります。その時に助けましょう」

「はぁ、クソ!」


 心菜は憤怒するが、根気負けする。

 カーミットは箱から兵士の服を出すと、心菜に渡した。



「ドウドウと歩いてください」


 エフレの街を歩く、心菜とカーミット。

 辺りは暗い。風は冷たく、月明かりだけが照らす。

 首都エフレの街は、酔っ払いが数人いるだけで、静まり返っている。


「こんな方法で出るなんて……」

「運ぶの重かったです」


 2人の女子は重い、王国兵のチェーンメイルを着けている。

 兜で顔を隠したまま、堂々と正門から出た。


「……ココナサン、このまま平地に出ます」

「わかった。明日、必ずアイツを助けに行くわよ」


 心菜の救出は、ここで完了したのだ。


 ◇


 その頃――

 地下牢から脱出した早苗たちは、近くの厨房に向かっていた。


「さて、どうやって逃げるかだけど……」


 早苗は厨房の物をあれこれ、袋やバスケットの中に入れた。

 さらには……


「トウモロコシ!? この世界にもあるのか」

「あ、たぶん王国の南でしか取れなイ……」


 そうか、と言った早苗は、トウモロコシをすりつぶした。

 終わると革の袋の三つのうち、一つ渡す。


「ララ、頭部の怪我を覆って。絶対に傷口をさらさないで」

「……うん、わかっタ」


 早苗は残りの二つの袋で、顔と左手を覆う。

 そしてすぐに汚臭が漂う、床のある場所へ。


「ララ、この袋を持ってて。中身は換金できる。下に降りた後、袋の中は濡らさないように」

「……あ、スパイス」

「もし僕が途中で死んだら、ひとりで進んで、中身を売ってお金にするといい」

「――えっ!! いやだ! 早苗さまが死ぬなんて!」


 静かに、と人差し指を立てる早苗。


 彼は厨房の廃棄用の穴……つまりゴミや汚物を流す、下水への蓋を開く。

 城の1階にだけは、下水があるとカーミットに聞いた。

 鼻が曲がりそうな汚臭が広がる……


「こんな糞溜めの真上が厨房だなんて、腹を壊すに決まってる」


 それでも、ララをゆっくりと穴の下に降ろした。


「この下水は川に繋がっていると聞いた。ここから、川に逃げる」

「……う、うぅ! ……はィ」


 ララは、何かを言いたげにソワソワしている。

 気にせず、早苗も飛び降りる。

 ぐちゃ、と着地の衝撃で、汚物が全身に飛んだ。


「はぁ……日本に帰りたい。風呂に入りたい……」


 真下には汚物だけじゃない。動物の骨や皮――

 病気で調理されず、廃棄処理されたのだろう。


「マスクも必要だったな……」


 そのまま2人は、狭く暗い地下を進む。

 何も見えない……が、後ろのララには見えているようだ。


「……み、みぎれ、ふ」


 ララに指示されながら、息を殺して歩き続ける。

 途中で道が狭くなり、ほふくして進む。全身が汚物だらけになり、ゾッとした。

 この数日間で悪臭に慣れたが、それでも気絶しそう。


(……何でこんな目に)

 と、目の前を何かが塞いでいた。


「……これは!」


 ララに待機するよう命じる。

 どかさないと、先に進めない。

 危険物か? じっくりと観察するが……


「―――っ!!!」


 一瞬で、全身に鳥肌が立った。

 正体不明の動物の死骸。絶対に触れてはいけない。

 時間をかけて観察する……

 だが腐敗して、なんの動物かもわからない。

 

「……くそ、やっかいな」


 袋で覆った手で、死体をどかし続ける。

 腐っている為、触った所からドロッとちぎれていく。

 結構な時間がたって、ようやく進めるようになった。


「ララ、死骸には触れず、急いで進んで!」


 うん、という返事と共に、彼女が後をついてくる。

 次第に、川の音が聞こえてきた。


 バチャンと下水道から出て、川に落ちる。


「ぷは―――!」


 早苗はすぐに上流側に移動し、潜水しては、何度も体を洗った。

 辺りを見ると、 月明かり、森、平原――

 


「や、やった! 早苗さま!! 外に出タ!!」


 あはは、とララが子供のように笑って、抱きしめてくる。

 早苗は反射的に彼女を引き離そうとしたが、途中で思いとどまった。



挿絵(By みてみん)



「さて、心菜たちが向かったのはどのあたりだか……」


 いや、その前に、悍ましい自分の格好を見る。


「まず体を洗おう。その後、君の故郷に行く」

「……うん! わたし、ずっとついてク……」


 そうして2人は、森林の中を歩いていった。

 必ず作る。亜人も、転生者たちも、みんなが安心して暮らせる場所を。



挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ