第九話 欲しいものってなんでしょう?
シンシンと降る雪の細波が窓にあたる音を耳にしていた私は、何をするでもなく外を眺めていました。
まだ夜なのに明るい部屋はどうにも落ち着かなかった。
最初のうちはお昼寝できる程度だったけれど、目が覚めて明るいのが慣れず、またお父様に折檻される時間かと錯覚してキョロキョロと見回し警戒していたのです。
けれどもここがベルナルド様の屋敷であり、何も起こらないと思うほどに安全地帯だと感じつつも。手を見て鎖で繋がっている幻影をまだ感じ思う、あの部屋は虚無の世界で空虚であり生きて息を吸うだけの部屋だったと。
「......自由にはなれたのでしょうか?」
きゅっと手首を掴んで答えなどもらえない問いを呟くと、コンコンとドアをノックする音に一瞬ビクッとなるも深呼吸して対応する。
「えっと、誰ですか?」
「私だ、少しいいかい?」
「あ、はい。」
入室の許可を出しますとベルナルド様が入ってくるなり少々キョトンとしています。
どうしたのでしょうと疑問が湧き問えば、君の荷物はないのかと聞かれて気づく。
私がここに通されて何もなく、そのままの状態に対しての疑問だったのだと。
「手荷物などは私と小さなカバンぐらいです。もとより侯爵様は私の荷物など付ける必要なしと判断していました。それに......私は身代わりでしたので、どうせ放り出される覚悟でしたから気にしないでくださいませ。」
荷物などもともとあの部屋にはないから、ただ生かされている存在に何もないのが普通だった。
昔の宝箱は全部取られた気がするけれど、もうわかんないから。
淡々と疑問に答えましたら、ベルナルド様は苦虫を噛み潰したように何かをこらえているようでした。
何故にそのような表情をするのかわからず、首を傾げていましたら、思いっきりハアーと息を吐き出して近くのソファーにすわってしまいました。
そして私にも対面に座るように促されてしまい素直に座るなり唐突に驚く発言さをれました。
「君は今後、俺の婚約者となった。ならば一つ君に要望を伝えておきたい。欲しいものは遠慮なく直接俺に言え、いいな!」
「へ? ほ、欲しいものですか?」
「そうだ、なんでも良い。君が心から欲しいと思うもの必要な物を言ってくれれば良い。」
「...えっと、あの、えっと急に言われると何もないのですが。」
キラキラと良い提案とばかりに目を輝かせるベルナルド様に、自分がいま欲しい物をと問われても何も思いつかない自分に我儘は言えるものでもないと思ってしまうのです。
ベルナルド様は私の回答に少々シュンとしているように見えるものの、時間はこれからあるのだからと言われてしまえばコクリと頷く。
時間...私にはあるのですね。
変な気分です。いままでが自由でいられない状況だったせいもあり、こんなこと思う日が来るのは嬉しいと感じてしまいます。
「もし欲しいと思える時は是非いいます。」
「...っ...あ、ああ。」
ポリっと鼻筋を掻くベルナルド様に一瞬誰かの姿がよぎる。
昔の誰か? 思い出せないけれど大切な気持ち。
ほんのりと暖かくなるような少年が重なって見える。
「ところで君は....その、そのぬいぐるみ気に入ったのかい?」
ベルナルド様の言葉にずっと持っていることさえ忘れがちになっていたぬいぐるみの存在に気づき、自分で自分が驚く。
さっきまで重なり合い少年を思い出しかかった思考は反転し、私はじわじわとぬいぐるみを抱きしめてたことに恥ずかしい気持ちがわいてしまいました。
「...あーもう、なんだ...君行動はいちいち可愛いな。」
「え?」
「いや、何。気に入ったのなら良かった、そのぬいぐるみ使ってやってくれ。」
「......はい。」
無意識にもっていたことも驚くものの、使って良いと許可を得た喜びにキュッと抱きしめて癒される。
「気持ち良いですね、この子。」
「そうか。」
「はい。」
少しの会話が途切れるも、居心地は悪くなくて、暖かく。
シンシンと雪の降る音が曲のように私と彼を包んでいる錯覚を感じていました。