第八話 考えの先にあるもの
食事の後にベルナルドは仕事の書類を整理しながらも、名無し令嬢のことを考えていた。
痩せ細った体に頬はこけながらも、側に近ければ近い程に人のはずなのに美しさがある。
ただ食事中に見せる所作は完璧すぎるが、食べた後に表情が崩れ可愛いさが出ている姿に胸が熱くなってくる。
母性本能のような変な感じではあるんだよな。
はあーとため息が溢れた頃あいに、部屋をノックする音に思考は遮断される。
この時間に訪問する者など決まってわかってはいたベルナルドは気怠げに入れと告げれば、扉がゆっくり開き金髪の美青年で青い瞳に表情は優しげだが文句を言いたそうにツカツカ歩いて近くのソファーに座り込みだんまりを決め込んでいた。
「なんのようだハル、文句があるんだろ?」
「...........あるに決まっている!! 僕の許可なく勝手に婚約者を決めやがって! せっかくお前に相応しい子を僕自ら見つけてきてやろうと思ってと矢先に酷いぞベルナルド!!」
ギロっと睨んでくるハルに苦笑しつつも、これまでの経験上にハルの女性は余りにも俺の好む女性とはかけ離れすぎていたのだ。1度目や2度目はどうにか好みに近いタイプを選んでみたが、なにぶん俺の仕事柄戦地や仕事に集中することが多く。
女性を蔑ろにし、冷たくあしらうことがあったせいか。
ことごとく離れていく女性が多かったのだ。
まあ性格上に冷たいと部下にも言われるが、自分で自覚ないのだから知るかって感じではある。
「それはすまない、だが...だ! いくら王太子であるレオンハルトのお節介でも、今回は私自身が決めたことだ。すまんな。」
「ぐぬ。そうそうに謝罪されては何も言えぬではないか。まあ良い、それよりも良くあの家の者が姉君をここに嫁へと出したな。」
「......身代わり令嬢が来ましたよ、ここには。」
「は? はあーー!! なんだそれは!!?」
呆気を通りすぎて、意味わからんって顔をするハルに俺も苦笑しつつも、ここまでの経緯を話しておいた。
するとハルは余計に意味わからんって混乱していたが、今後のこともあるからと謝罪状なり向こうからの言葉をもらっておくようにとアドバイスをもらっておく。
俺自身も向こうからの態度に少々ながらも腹は立っているから、向こうの対応次第でとは思っていたのだ。
「ところで身代わり令嬢の名はあるのか?」
唐突の話題変換に、目を瞬かせ瞬時固まったが。
そういえばセバスからはあの者の名が名無しぐらいしか知らないと聞いていたな。
「名がないのやもしれませんね。」
「......は?」
「名がないと。」
「はい? どういうことだ! は? 名がない!!? 意味わからん! 出生の際に名前を記載する権利があるはずだろうが! 我が子に名を与えていないだと!! ふざけてるのか!!」
「落ち着け。」
「落ち着けるわけがなかろう! 何故ベルナルドは落ち着いていられるのかがわからん!」
「別に落ち着いてるわけじゃないんだが、表情筋死んでるんでな。まあそれは半分冗談としてだ、いまは情報不足もあるし慌てては余計に隙を作るも道理だと友人も言っていたのでね。」
「和馬ならいいそうだ。ここにいたら叱られるな僕は。」
カズマ・ハヤト、我が親友の言葉は良く俺の心に響かせてくれている。いつかまた飲み会を計画しておくかな。
「そうだなカズマは辛辣だからね。ところで話しを戻すが名無し令嬢はあの家の妹だ、いまはなんとなく家に戻すのも憚れてな。このまま婚姻届を出しておこうかと思ってる。」
「...まあーその方が良いかもしれぬな。」
「反対しないのか? まだ会ってまもない令嬢と私が結婚することに?」
「しないさ反対など、ただ...今度その令嬢とは会わせろよ。」
「ああー会わせるさ。お前にもカズマにもな。」
ハルは名無し令嬢のことは一応身辺調査しておくと言い、時間もそろそろ戻らんと危険だと言い残し部屋を後にしした。
静かなる夜空からはシンシンと雪が降っている。
「いつかあの者に名を与えてやりたいな。」
名無し令嬢の面影を思いついぽつりと口から漏れる言葉は静寂の部屋の中で消えていくのだった。