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三題噺もどき

衝動

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくよんじゅうに。

 お題:鋏・マドレーヌ・文庫本



 バケツをひっくり返したような雨が降る。

 近くの川では水がうねり、土地を削っていく。遠くの海では波が町を呑まんと、荒れ狂っている。遥か頭上では雲が白く光る。その光と共に、耳が痛くなるほどの轟音が響く。その音の着地点には必ず何かが朽ちている。森の木が倒れ、枝葉は騒ぎ、動物たちはただ身を潜める。

「……」

 その森の奥に、一つの大きな屋敷がった。

 高く聳え立つそれは、避雷針のようでいて、その逆をいっている。その建物は、周囲のどの木々よりも大きく、高いはずなのに。そこに一つとして落ちていく雷は居ない。

「……」

 その屋敷の二階。

 大きなガラス扉がある。城門と同じような大きさの。そんなに大きくする必要があったのかと疑問を呈したくなる。

 広いベランダへと繋がっているその扉はピッタリと閉じられている。―いつも閉じられているが。そこが開かれることは二度とない。そこに住む住民が、自ら開くことを拒んでいては。中から開くことしかできない扉は、開きようがないだろう。

「……」

 巨大なガラス扉に隔たれた向こう側―屋敷の内側。

 そこには一組の机と椅子が置かれている。

 机の上には、ご丁寧にも淹れたての湯気の立っている紅茶と、焼き立てのマドレーヌが置かれている。外は大雨大嵐。暴風に雷と、酷い有様なのに。人々は怯え、動物たちは身を潜めているのに。

 まるで大地の怒りなど、知らぬというように。

 これはいつもしている事なのだから、今更変更するほうが面倒だとでもいうように。

 そこに住む住人は、1人、ティータイムを嗜もうとしていた。

「……」

 正確に言うと、これは彼にとってルーティンでも何でもない。むしろ普段なら絶対にしない行動だった。

 自分の為に紅茶を淹れ、マドレーヌを焼き、椅子に座るなど。

 普段の彼は、絶対にしない。

 彼はいつも、奥の部屋の暗いベットルームに一日中いる。料理もしない、紅茶も嗜まない。生活のすべてを放棄して、1人ベットの上に膝を抱えて座っている。

「……」

 しかし、彼は、こういう雨の日だけ、部屋から出てくる。

 机を引っ張り出して、椅子を持ってきて。

 紅茶とマドレーヌをもって。

 本を片手に。

 1人のティータイムを始める。

「……」

 カチャ―と、ティーカップを手に取り、暖かなそれを口に運ぶ。

 足を組み、椅子に座っている彼は、外の惨事など気づいてすらいないように、熱心に本に視線を送っている。マドレーヌで汚れていない方の手で、ページをめくっていく。ハードカバーの大きな本ではなく、手のひらに収まるサイズの小さな文庫本。彼の大きな手では少々読みにくそうである。

「……」

 紅茶を飲み。マドレーヌを一口。ペラーとページをめくる。

 その繰り返し。

 決まりきった動作をただ続けている。命令をされただけのロボットのように。ただ指令をこなすだけの人形のように。

 一口飲み。一口食べ。一枚めくる。

 外で雷が光るたび、その影が浮かび上がる。

 ザ―という雨音の間に、カチャリとカップを置く音がする。

 ドン―という雷が鳴ると、その大きな指でマドレーヌを手に取り口に運ぶ。

 ゴウ―という風の音で、ペラと文庫本のページをめくる。

「……」

 そうやって、ただ繰り返してどれ程時間がたったか。

 雷はさらに酷くなる。雨は止まらぬ涙のように流れる。風はすべてを攫わんと一層強く吹き荒れる。

「……」

 何度目の雷か。

 ほかのどのそれよりも、いっそう強く、白く光った。

 そのひかりは、もちろん屋敷の中を一層強く、明るく照らす。

 影になり、見えなかった、奥まで見えるほどに。

 壁際に置かれた大きな食器棚。来客用のソファと低いテーブル。

 そこに敷かれた美しい絨毯は。見るも無残なほどに切り裂かれていた。

「――!!!」

 その光景が、影で見えなかったその光景が。彼の目に飛び込む。

 びくりと体を跳ねさせた彼は、先までの規則的な緩慢とした動きが嘘のように。

 バッ―――!と反射的に動いた。

「―――

 その手は、ティーカップでもマドレーヌでもなく。

 机の端に置かれていた、鋏へと延びる。

 それはつい先ほど、袋綴じになっていた文庫本を開くために使ったものだ。

 銀の美しいその鋏。

 キラリと、雷の光に当たり。

 より一層、美しく、閃く。

「―――

 彼は、その鋏をもってして、本の、開かれていたページを


 バツリ――――!!!


 切る。


 まだ見ぬページを。


 バツリ――!バツリ―!バツリ―!!


 闇雲に。切っていく。

 ザクザクに切り刻んでいく。


「―――!?」

 ハタと、ふいにその手を止めた。

 電源が切れたように。ピタりと。

 彼は茫然と、その両手を見つめる。

 バラバラになった本。散り散りになったページ。

 銀の美しい鋏だけは、その姿を維持している。


「―あぁ、また―」


 そう、ぼそりと呟く彼は、破れた文庫本を手に、奥へと居なくなる。

 鋏を手に持ったまま。


 家族を亡くした青年は。

 破壊衝動にかられた青年は。

 1人この屋敷で。

 今日も何かを壊している。


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