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【書籍2巻&コミカライズ企画進行中】悪役令嬢ペトラの大神殿暮らし ~大親友の美少女が実は男の子で、皇室のご落胤だなんて聞いてません!~(WEB版)  作者: 三日月さんかく
第6章 ペトラ17歳と瓦解した乙女ゲーム

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96:初恋の終わり(シャルロッテ視点)



 始まりは、お姉様が六年ぶりにハクスリー公爵家へ遊びにいらした日の翌日のことだ。

 お姉様に治癒を掛けていただいたおかげで元気いっぱいだった私は、次の日からの后教育にもめげずに登城した。


「おはよう、シャルロッテ」


 后教育を受けるお部屋へ移動していた私の背後から、グレイソン様の甘い声が聞こえてきた。

 私は挨拶を返そうと、体ごと彼に振り返った。


「おはようございます、グレイ、ソン様……?」


 挨拶の途中で、私の言葉は尻すぼみになり、最後には疑問符が浮かんだ。


 だって、視線を向けた先のグレイソン様のお顔が、おかしかったから。


「シャルロッテ? どうしたんだい?」


 グレイソン様のお顔がぐにゃぐにゃして見える。

 まるで水にインクを垂らしたみたいに、グレイソン様のお顔があるはずの場所が、肌色と黒の渦巻きになっていた。


 いったい、どうして。


 慌ててグレイソン様の周囲に居る護衛の顔や、私の案内をしてくれていたメイドの顔を確認すれば、他の人の顔はいつも通りちゃんと見ることが出来た。目も鼻も口も、皆さんの顔にちゃんとついている。

 それなのになぜか、グレイソン様のお顔だけはちゃんと見ることが出来ない。


 怖い。

 視界が気持ち悪い。


 グレイソン様が私を心配して優しい声をかけてくださるのに、ぐにゃぐにゃ動く肌色と黒の渦の動きが気持ち悪くてたまらなかった。


「シャルロッテの顔色が真っ青だ。医師を呼べ。私が彼女を近くの部屋へ運ぼう。誰か、部屋の準備をしろ」

「嫌っ!!」


 グレイソン様は私を抱き抱えようとしてくださったのに、そのぐにゃぐにゃのお顔が近づくことが怖くて、私は彼の体を押し返した。


「……シャルロッテ?」


 怖い、気持ち悪い、見たくない。

 私の目がおかしくなっちゃった。どうしよう。怖い。

 今はグレイソン様のお側に居たくない。


「……少し、貧血になってしまったみたいです。もしかしたら、月のものかもしれません。恥ずかしいので、どうか、グレイソン様は……」

「あ、ああ、そうか。僕の配慮が足りなかった。ごめんね、シャルロッテ。おい、そこのメイド、彼女を休ませてやってくれ。男は近寄らせるな」


 グレイソン様は諸々の指示を出して最後まで私を気遣い、「母上に后教育の時間をずらしてもらえるように言っておくから、気分が良くなるまで休憩しているといい。もし貧血が酷いようなら、今日の后教育は休みにしよう」と言い残し、ご自分の勉学のために立ち去っていった。

 そこでようやく私は自分の体の震えを止めることが出来た。


 メイドに用意してもらった部屋で温かい薬茶をいただきながら、私は考える。


 いったいどうして突然、私の目はおかしくなってしまったんだろう。

 お姉様に治癒を掛けていただいたばかりだから、体に不調があるとも思えない。

 ……もしかしたらさっきのは、光の加減とかなにかの見間違いで、グレイソン様が変に見えちゃっただけのことかもしれない。


 私はそう気を取り直し、ようやく后教育へ向かうことにした。

 案内してくれるメイドにうんと気遣われながら廊下を進み、セシリア皇后陛下のお部屋へ入室する。


「遅れてしまい申し訳ありません、セシリア皇后陛下」

「大丈夫、シャルロッテちゃん? 具合が悪いとグレイソンから連絡が届いたのだけれど……」


 執務机に向かっていたセシリア皇后陛下がお顔をあげるとーーー、皇后陛下のお顔もぐにゃぐにゃに溶けて見えた。


 どうやら私の目は、グレイソン様とセシリア皇后陛下にのみ、おかしくなってしまったみたい。

 込み上げてきた吐き気に耐えられず、私はそのまま戻してしまった。





 それから三年の月日の間に、私の症状はどんどん悪化していった。


 グレイソン様とセシリア皇后陛下のぐにゃぐにゃのお顔が、次第に黒い油絵の具で塗りつぶしたように見えなくなった。

 ぐにゃぐにゃの時は辛うじて顔の動きが分かったのだけれど、黒く塗りつぶされてしまえばもう表情の動きも確認できない。

 そのうち顔だけではなく、体も黒く塗りつぶされて、影絵のようになってしまった。


 耳もおかしくなってしまったのか、お二人が喋るときだけ雑音が混じって聞こえる。それもどんどん酷くなり、やがて砂嵐の音のようになった。


 そして最後に、私はグレイソン様とセシリア皇后陛下のことがまったく見えなくなった。お二人の声も、もう何一つ聞こえなくなった。


 お二人の存在が私の中で透明になった瞬間の安堵を、私は忘れられない。


 好きという気持ちだけで乗り越えようとした全てが、透明になって消えてしまうとホッとした。

 もう乗り越えなくていいんだ、と涙が溢れた。

 そんなことを考えてしまう私は、なんて酷い人間なんだろう。


 グレイソン様のことが本当に好きだったのか、誰かに優しく愛されることが好きだったのか、私にはもうわからない。


 わかっているのはただ、私にはもうグレイソン様の后になることが出来ないという事実だけだった。


悪役令嬢ペトラと転生スケベ令嬢の2作が、第10回ネット小説大賞の一次選考を通過しました! わーい! 評価ブクマ本当にありがとうございます!


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