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93:母の死の原因(ベリスフォード視点)



『始まりのハーデンベルギア』の空間に行くと、まるで私の行動をすべて理解しているかのように、白い狼がいた。


 白い狼は長く艶やかな尻尾を振りながら、湖の側に寝そべっている。

 私も湖の縁まで近付くと、腰を下ろした。


「……私のお母さんって、どんな人だった?」

『すっげーアホだぜ。顔の良いアホ。まぁ、ベリスフォードも似たようなアホだけどよぉ』

「ふぅん」


 私は拾った小石を湖に飛ばしながら、話を聞く。


『何にもない所でスッ転ぶし、護衛の騎士を振り切ってラズーの街まで馬で逃げるし、農民に混じって畑仕事しようとしたり、浜で釣りやったり、飲み屋で大男と酒の飲み比べした挙げ句勝って掛け金巻き上げたりしてたな。マシュリナなんかウェルザにかなり振り回されて、毎日血管ぶちギレてたぜ』

「はた迷惑なお母さんだったんだね」

『まぁーな。でも俺様はそんなウェルザと一緒に遊ぶのが好きだったんだぜ』


 白い狼は過去に思いを馳せるような、遠い眼差しをする。


『そんなじゃじゃ馬ウェルザも大人になってな、神託の大聖女として人々から崇められるようになった。あいつも分別が出来て大神殿から脱走とかしなくなったけどよ、性質はあんま変わんなかったんだろうな。そのうち大神殿でじっとしてるのが苦痛になって、気鬱になったんだよ。

 それに慌てた大神殿の奴らが、ウェルザの気晴らしを兼ねてあちこちの神殿に視察へ行くことにしたんだ。あの頃は獣調教の大神官がいなかったから、移動にかなり時間がかかって大変だったぜ』

「それで皇都のトルヴェヌ神殿で、お母さんはお父さんに出会ったわけ?」

『ああ。ウェルザの滞在してる時期と皇室の式典が重なってな。それからちょくちょく会うようになって、皇帝の恋人になってたな』


 私はマシュリナから聞いた話の真相を尋ねてみることにした。


「お母さんは今の皇后から危害を加えられて、お父さんとの結婚を諦めたって聞いたけど、本当?」

『半分正解で、半分は間違いだな』


 皇后という単語に、白い狼は腹立たしそうに牙を剥いた。


『ウェルザはあんなネチネチ女の攻撃にやられるような奴じゃねーよ』

「でもマシュリナが、お母さんは皇后に危害を加えられたせいで気落ちして、どんどん衰弱していったって……」

『マシュリナは真実を知らねぇだけだ』


 フンッと、白い狼が鼻を鳴らす。


『あの女は確かにヒデー奴だった。暗殺者を仕向けてくるは、毒物を混入してくるは、ウェルザがトルヴェヌ神殿の外へ出掛けようとすれば襲撃してくるは。凄かったぜ。実際にウェルザと対面したのは数回だけだったけどよ、人目のないところで暴言吐いてくるし、何度ぶっ殺してやろうかと思ったことか』

「お母さんが止めてたんだっけ。なんでお母さんはその女の人に神罰を与えなかったの? 神託の能力者の心身に危害を加えたらいけないんでしょう?」

『俺様は神敵扱いすべきだと言ったんだけどよぉ、ウェルザは「十年以上一途に片想いしてたのに、しかも周囲から自分こそが后に相応しいと言われ続けてきたのに他の女に奪われるなんて、普通に発狂ものだと思うの。セシリアさん、とっても可哀想」って言ってたな。あいつは呑気な奴だったよ、本当に』

「お母さん、同情してたんだか見下してたんだか、よく分からないね」

『いや、ウェルザは本気で同情してたな。だからこそあの女は、滅茶苦茶怒ってたわけだが』

「けれどマシュリナが言ってた話とは違うね。お母さんは皇后のせいで精神的に参っちゃって、衰弱していったわけじゃないのか」

『ウェルザが衰弱死した原因はお前だよ、ベリスフォード』


 なんの心構えもしていなかった私に、白い狼はただ事実を語るという雰囲気で淡々と言った。そこには非難の色も憎しみの色もなかった。


『俺様もウェルザがベリスフォードを妊娠するまで知らなかったんだが、神託の能力者はこの世に一人しか存在することが出来なかったんだ。

 今までは前任者が亡くなったあとに、後任の神託の能力者が生まれるってのを繰り返していたからな。神託の能力者が神託の能力者を生むという前例がなかったんだよ。

 そんで、お前を堕胎してウェルザが生き残るか、お前を生んでウェルザが死ぬかの二択しかなかった。ウェルザは後者を選ぶことにした』


 お母さんの死の原因が私だと言われて、言葉を失った。

 胸が苦しくて、あえぐような呼吸しか出来なくなる。


『「わたしはもう、この恋を諦めるからいいの。全部ぜんぶ諦めます。だからあなたは決して手出しをしないでね」ってウェルザは笑ったよ。そんで、皇帝に別れの手紙を送って姿をくらました。そうすれば皇帝がウェルザに怒って、自分を嫌いになって忘れてくれると思ったらしい。……そんなわけないのにな。

 皇帝は大神殿に何度も問い合わせたらしいが、大神殿は大した答えを返さなかった。

 ウェルザはお前を生むと同時に息を引き取り、大神殿がウェルザの死を発表した。その後すぐ、皇帝は今の后と結婚したというわけだ。皇帝もいい加減嫁を貰わねーといけない歳だったからな』

「……どうして、神託の能力者は二人存在することが出来なかったの?」

『そりゃ、神託の能力者二人が喧嘩したらどうするんだよ? 愛し子のどちらか一方に肩入れ出来るわけがないだろ』


 そう言われると、納得するしかなかった。


 神託の能力者が二人居て、極端な話だが殺し合いでも起これば、アスラーはどちらの味方をすることも出来ず、皇国を二つに分けるような事態に陥ってしまうのだろう。

 それを防ぐために、どちらかが死ななければならなかった。


 そして私のお母さんは、自分の死を選んだのだ。


 頭の中がグシャグシャだ。

 何を考えたらいいのかも分からない。

 お母さんが命を捧げるほどの価値が、私にあったのだろうか。私を生まずに生き延びて、お父さんと結ばれた方が良かったんじゃないだろうか。

 罪悪感と呼ぶには途方もない苦しみが、私を襲う。





 気付けば隣に白い狼の姿は消えていて、私一人だけがハーデンベルギアの空間で項垂れていた。


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