89:パーシバルの誓い
後半はマシュリナ視点です。
騎士の手によって、領主館の中庭に新しい『天空石』が配置されました。
場所は壊れて古びた方の『天空石』の隣です。古い方も歴史的価値があるので、そのまま保存するそうです。
パーシバルご兄弟とモニカ様はもちろんのこと、領主様や領主館で働く役人たちに見守られて、ベリーが新しい『天空石』の前へ進み出ます。ドブ川に『浄化石』を設置したときとは違って足場が良いので、ベリーはなにも苦労することなく『天空石』の前に立ちました。
曇天の下でも、『天空石』のクリスタルと本体の黒い石部分はわずかな光を反射して輝いていました。
そのつるりとした表面に、ベリーは両手を翳します。
「《All》」
赤い光がベリーの両手から溢れました。
普段おっとりとした彼女のどこに、これほど情熱的な色が隠されているのでしょうか。本当に不思議です。
2世様や3世様が呆気に取られたような表情でベリーを見つめ、モニカ様は驚きつつも「さすがはベリーちゃんね」と頷いています。わたくしの方がベリーと仲が良いんですからね……!
マザー大聖女は孫娘の成長を見守る祖母のようなあたたかい表情です。領主館の皆様も驚き、感心し、ベリーの神託の光の美しさに目を奪われているご様子でした。
ただ、領主様だけは固い表情でベリーを見つめています。このあとマザー大聖女が領主様にベリーの本当の能力を説明し、箝口令をお願いするという話でしたが、領主様はこの時点でベリーの能力を察したのかもしれません。
燃え盛る炎のような光が『天空石』に深く注がれて、稼働が始まりました。
ベリーは光が増したアスラー・クリスタルの様子を確認してから、両手を下ろしました。
「これで『天空石』の設置作業は終了です」
わたくしたちの方へ静かに顔を向けたベリーが口を開きました。彼女の言葉を、その場に居る全員が耳を傾けます。
「すべての天候には意味があります。晴れ間は植物を育て、雨は恵みをもたらし、風は大地に新たな種を運んでいく。
この『天空石』は、その流れをいたずらに破壊するために使ってはいけません。聖地ラズーの地に住まう生き物の営みを守らなければならない時の切り札として、使ってください」
ベリーがそう言って、ぺこりと頭を下げました。
すると領主様が前に進み出て彼女の前に立ち、「お顔をおあげください、ベリー見習い聖女様」と丁寧に言いました。
ベリーが顔をあげた途端、今度は領主様が地面に片膝をついて跪きます。たぷたぷのおなかの肉がたぷたぷの太ももの上に乗っている様子は少々苦しそうでしたが、その表情はキリッとしていらっしゃいました。
「ラズー領主として、心からの感謝を貴女に捧げましょう。貴女は慈悲深く敬虔で、偉大な御方だ。
このパーシバル、貴女へのご恩を決して忘れず、貴女のお言葉を心に刻み込み、この『天空石』を未来永劫悪用せず、悪用させない体制を築き上げることをここに誓いましょう」
ベリーは領主様の言葉を聞いて、重々しく頷きました。
「よろしくお願いします。……あと、領主様」
「なんなりと、ベリー見習い聖女様」
「この『天空石』を作る案を出してくれたのはペトラだから、私よりペトラに感謝してください。私はペトラのお願いを叶えてあげたかっただけだから」
彼女はそう言って、わたくしの方を指差しました。
いえ、あの、それは、小さい頃の2世様のお言葉を覚えていたからであって、わたくしの案というよりむしろ2世様の案でして……。
領主様は焦るわたくしの方に顔を向け、
「ペトラ見習い聖女様、貴女へのご恩も決して忘れません。心より感謝申し上げます」
と深く頭を下げられました。
この御方、皇弟殿下でいらっしゃるのに、ベリーだけならばまだしもわたくしにまで頭を下げられるとか、心臓に悪いですわ……!
領主様がようやく立ち上がったので一安心していたら、今度はパーシバルご兄弟がわたくしとベリーの前に跪きました。
あなた方も皇位継承順位二位三位の皇族じゃないですか……あわわ……。
「ペトラ嬢、ベリー嬢! 『天空石』を作ってくださって、本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!!」
感謝を述べたあとで2世様は一度深く息を吸うと、真剣な眼差しでベリーを見上げました。
「僕、パーシバル・カルロス・ジョイ・イーノック・グレゴリー・エイブラム・ダン・デクスター・ウィル・フレディはっっ!!!」
皇族の方々は姓がなく、お名前が自体がとても長いのですが、2世様のお名前も本当に長いですわね……。
「友であるベリー見習い聖女様とペトラ・ハクスリー見習い聖女様の献身に応え、次期ラズー領主としてこの地を統治し、民を守り、『天空石』を正しく継承していくことをここに誓います!!!」
キラキラ輝く2世様の水色の瞳に、涙がゆっくりと盛り上がっていき、今にも溢れそうでした。けれど彼はぐっと口許を引き締めて涙を溢さず、わたくしたちを見つめています。
ベリーがゆっくりと答えました。
「確かに、誓いを受けとりました」
わたくしも同様に頷けば、誓いを終えられた2世様がボロボロと泣き出しました。
「二゛人ども゛っ、ほんどう゛に゛、あ゛りがどう゛……!! もじっ、二゛人に゛なにがあっだら゛、どんなお願い事でも゛僕が叶え゛るがら゛ねぇ゛……!!」
「お兄様っ、泣かないでください……!」
「ご立派な誓いでしたわ、パーシバル様! モニカはしかと見届けました……!!」
「格好よかったよ、2世」
「2世様、よろしければハンカチを…「パーシバル様、モニカのハンカチをお使いください!」」
そんなこんなで『天空石』は無事にラズー領主館に設置され、使用に関する決まりごとや、大神殿からの抜き打ち視察について大人たちで話し合いが行われるそうです。
その間わたくしたち子供組は、楽しくお茶会をして過ごすことになりました。
▽
領主様ご本人に案内され、マザー大聖女と共に客室に入る。
マザー大聖女がソファーに腰かけたのを確認し、私は付き人としてその背後に回った。
領主館のメイドがテーブルにお茶を並べると、きちんと教育された所作で退室していく。
これで室内には領主様とその執事、マザー大聖女と私の四人だけになった。
マザー大聖女がお茶で喉の乾きを潤すのを確認したあとで、領主様が再度『天空石』の礼を口にする。
「この度は本当にありがとうございました。初代皇帝陛下が作り出して以来の『天空石』が再びこのラズーの地で稼働する歴史的な瞬間に立ち会うことが出来、誠に光栄でありました」
「領主様、そのことについてお願いがございます」
マザー大聖女がそう一言おっしゃれば、すでに心得た顔で領主様が頷いた。
「ベリー見習い聖女様が神託の能力者であらせられることに、関係があることでしょうか?」
「ええ。時期が来るまでは、ベリー見習い聖女の能力を秘匿したいと大神殿側は考えております。今日立ち会った者全員に箝口令をお出しください」
「それはもちろん、構いませんが……」
領主様はでっぷりとした自身の腹に、組んだ両手を押し当て、少々前のめりの体勢になった。
「あの御方の能力を隠す必要がどこにあるのでしょうか? ウェルザ大聖女の死後、我々アスラダ皇国の民は次の神託の能力者が現れることを心待にしてきました。今すぐ発表されても問題がないはずです。これは皇国にとっての慶事ですよ」
「……ベリー見習い聖女はまだ成人していません。神託の大聖女となる未来が確定しているとはいえ、今はまだ子供としての時間を享受しても良いはずです」
マザー大聖女は、あらかじめ決めておいた言い訳を口にした。
神託の大聖女として国中から崇められ奉られる存在になる前に、少しでも自由な時間を与えてあげたいという、大神殿からの配慮。そう言っておけば、普通の相手には美談に聞こえるだろう。
けれど領主様はーーー本当に喰えない相手だった。
「ベリー見習い聖女様が成人して完全に大神殿のものになるまで彼女の存在を秘匿しなければ、いつ我が兄キャルヴィン皇帝陛下が取り上げるか分からないからですか? ……ベリー皇女殿下として。皇女が居れば嫁出し要員として使えますからな」
「なにを……」
領主様の言葉にマザー大聖女は絶句し、私も動揺を隠せずに口許を両手で覆ってしまう。
なぜ領主様がベリー様の父親について知っているのだろう。
やはりラズー内でもベリー様に顔を隠させるべきだったという後悔が襲ってきた。
……しかし領主様はベリー様の性別までは知らないらしい。そのことに安堵する。
ベリー様が本来ならベリスフォード皇子殿下と呼ばれる存在であり、皇位継承第一位であることまではさすがに知られていないらしい。
領主様はちょっと困ったように微笑んだ。
「大神殿と争う気はまったくないですよ。ただ無用となった手札を貴女方に晒して、恭順を示そうと思ったのです。
私はベリー見習い聖女様の両親を把握しています。父が皇帝陛下であり、母がウェルザ大聖女様であることを。
私は昔ウェルザ大聖女様を一方的にお見かけしたことがありましてね。ベリー見習い聖女様を最初にお見かけしたときから、ウェルザ大聖女に瓜二つなことに気付いていたのです。
そして……兄の髪や瞳の色も忘れられないくらいには、以前の兄を尊敬していました。今では疎遠になっておりますがね」
私よりも先に冷静さを取り戻したマザー大聖女が、「ふぅ……」と溜め息を吐く。
「……そこまで知られているのなら、仕方がありませんね。そうでしょう、マシュリナ」
「……ですが、マザー大聖女」
「領主様のおっしゃる通り、ベリー見習い聖女には皇族の血が流れています。ですが我々大神殿は、彼女を皇国に取り上げられるわけにはいかないのです。神託の能力者なき大神殿など、信者がついてきません」
マザー大聖女はベリー様の性別をこのまま伏せるつもりのご様子だ。
領主様のご子息もまた皇位継承順位の高い方々だ。ベリー様が実は皇女ではなく皇子だと知ったら、さすがの領主様も味方でいてくれるかは分からない。
「貴方が知った情報は皇国側には知らせず、すべて胸に秘めておいてください」
「承りました」
その後、マザー大聖女と領主様は『天空石』の使用に関する規則を話し合われた。
無事取り決めが終わると、最後に領主様がマザー大聖女に尋ねる。
「……ひとつだけお聞きしたい。ウェルザ大聖女の死因について。大神殿側はウェルザ大聖女が辺境の村へ視察に行った際に馬車事故に遭い、治癒能力者が駆けつける前に息を引き取ったと発表しているが……、それは嘘ですな? 彼女の本当の死因はなんだったのでしょう?」
マザー大聖女は冷たく言い捨てた。
「この世には知る必要のない秘密の、いかに多いことか。すべての秘密を解き明かそうとしていたら、命などいくらあっても足りはしませんよ。……首を突っ込むのはもうお止めなさい、領主様」
コンテスト用に『前世魔術師団長だった私、「貴女を愛することはない」と言った夫が、かつての部下』という短編をアップしました。
戦争で死んで生まれ変わった残念女子なヒロインが主人公で、前世のヒロインを一途に愛する生真面目ヒーローが墓穴を掘った話です。
短い話なのでぜひ読んでやってください。
ペトラは現在、めちゃくちゃテンポが悪い展開のところですね。
書いている最中もテンポに悩んで試行錯誤したのですが、これが今の私の限界でした。
この5章はあと6話で終了します。
6章があらすじ通りのストレス展開なので、どうにか早めに終わらせたいです。




