88:久しぶりの友達
『天空石』設置の当日は、暗く重い曇天が垂れ込めるような空模様でした。
わたくしが初めて領主館へ招かれた日と似た天気です。
そういえば時期も今頃だったかもしれません。その日は結局大雨が降って、大神殿に帰ることが出来なかったことを覚えています。その後も土砂災害で道が塞がれ、馬車が通れなくて二週間も領主館に泊まったのでしたっけ……。
でもこれからはベリーが作ってくださった『天空石』があるので、そういうことも未然に防げるようになるのです。未来への希望に溢れた計画にとても胸がわくわくしました。
本日はマルブランの時とは違い、わたくしが同行することが許されました。言い出しっぺであることも理由だと思うのですが、近場だからという理由も大きいと思います。
ベリーとマシュリナさん、そしてマザー大聖女もご一緒です。四人で大神殿の馬車に乗り、騎士たちに守られてラズー領主館へと向かいました。
領主館の城門前に差し掛かると、すでに多くの役人たちがずらりと並んでいました。その中央には領主様、奥方のイヴ様、パーシバル2世様と3世様、モニカ様がいらっしゃいます。
そして大神殿の馬車が皆さんの視界に入った途端、全員が馬車に向かって最敬礼を行いました。……役人だけではなく、皇族である領主様たちも深く頭を垂れるその光景に、わたくしは息を飲みました。
ラズー領主館と大神殿は対等です。今までこの聖地を共に守り続けるという志を持って手を取り合い、良好な関係を維持してきました。
だからこそ逆に、このように大神殿側へおもねるような態度を領主館側が見せるのは今回が初めてでした。
ただただ唖然とするわたくしの向かいでは、マザー大聖女とマシュリナさんが「これならば領主様も、箝口令の願いも簡単に聞き届けてくださりそうですね」「ええ、マザー大聖女」と、領主館が大神殿の指示に従うのは当然という表情で言葉を交わしています。
わたくしの隣に座るベリーは「2世、髪型変えたんだね。オールバックになってる」と、のんびり言いました。
いつだって大神殿の常識人は、わたくしだけなのです。
馬車が領主館前に止まり、騎士が扉を開けてくれました。
マザー大聖女が先頭となって外へ降りようとすると、おなかの肉をたぷたぷ揺らしながら領主様が現れました。
「お手をどうぞ、マザー大聖女よ。大神殿から手紙が届いて以来、あなた方の訪れをずっと待ちわびておりましたぞ!」
「有難う存じます、領主様」
威厳たっぷりの様子で頷き、マザー大聖女は領主様を従えて馬車から降りました。
その後にマシュリナさん、ベリーと続いて、わたくしの番です。
「ペトラ」
先に降りたベリーが馬車の扉の側に立っていて、わたくしに手を差し出していました。
「掴まって」
「ふふ、ではお言葉に甘えて」
女の子同士ですけれど、なんだかエスコートみたいですね。
まぁ単に、先に降りたから気遣ってくださっただけでしょう。わたくしもベリーにして差し上げたことがありますし。
わたくしはベリーの手を支えに、踏み台を使って地面に降りました。
そのままの流れでベリーと手を繋いでマザー大聖女のあとを追おうとすると、すぐにパーシバル2世様と3世様、そしてモニカ様に囲まれました。
ベリーが先程言っていた通り、2世様のくりくりの金髪がオールバックにセットされています。
幼少期の2世様は天使そのもののような顔つきをしていたのですが、十四歳の現在、この年頃の少年が醸し出す危うい色気が装備されてしまい、美少年のビスクドールみたいにキラキラです。
オールバックにすると顔の良さが全面に押し出され、もはや眩しいほどでした。光属性が強すぎます。
そんな2世様が蒼い瞳を輝かせ、頬を薔薇色に上気させて、わたくしたちに満面の笑顔を向けました。
「久しぶりだね、ペトラ嬢、ベリー嬢! ベリー嬢は秋からずっとマルブランに行ってたんだって? 祈祷祭でも会えなくて残念だったよ」
「お久しぶりですわ、2世様」
「久しぶり、2世。そういえばマルブランで君たちのお土産を買ったんだけど、今日は持ってくるの忘れちゃった。次会うときまで保管しておくのが面倒だから、帰ったら領主館に送るね」
「天然なところはちっとも変わらないねぇ、ベリー嬢は。マルブランのお土産をありがとう。受け取ったらお手紙を書くね」
挨拶が終わると、2世様の話題はすぐに『天空石』に移りました。
「今日は新しい『天空石』を大神殿の方が作ってくださったんだってね!! 僕、そのお話をお父様からお聞きしてからずっと胸がドキドキしちゃって、昨日の夜もあんまりよく眠れなかったくらい待ち遠しかったんだ! 本当に嬉しいよっ。天候による災害がなくなるなんて、ラズーの領民の生活がこれからどれほど良くなるか、もう想像もつかないくらいだよね。しかもその幸福が百年、もしくは千年も続くかもしれない。こんなに幸福な日が来るなんて、僕、思いもしなかった!!」
大興奮の2世様が、一気にそう言いました。
本当に嬉しい、という気持ちが2世様の全身から溢れています。
この御方はまだ十四歳ですが、こんなふうに自領の民の生活を思いやれる優しい方です。どうかこの美点を無くさずに大人になって欲しいと、わたくしは思いました。
続いて横から、弟の3世様が顔を出します。
今年十二歳になられる3世様も、2世様そっくりの美少年にお育ちになりました。
そんな3世様は昔と変わらずブラコンで、「僕もお兄様と同じ気持ちなんです!!」と言いました。
「お兄様がお小さい頃から願っていらっしゃった『天空石』が設置されるなんて、本当に夢のようです!! これもきっとアスラー大神様が、お兄様の領政が素晴らしいものになるようにと、用意してくださった奇跡に違いありません!」
そう言って胸を張る3世の、なんとも誇らしげな表情に、わたくしもほっこり致しました。
それから、水の精霊度がますます高まり、透明感が止まることを知らないモニカ様が挨拶に進み出ました。
「ベリーちゃん、ハクスリー様、本日はようこそ領主館へおこしくださいました」
「久しぶり、モニカちゃん」
「……お久しぶりです、ドゥラノワ様」
お互いに微笑み合いながらも、わたくしとモニカ様の間に冷たい空気が漂ってくるのを肌で感じます。
なぜベリーのことはちゃん付けでとっっっても親しげに接するのに、わたくしは未だに『2世様の過去の見合い相手』扱いなのでしょうか? この世界では元カノレベルの天敵なのですか?
あと、ベリーもベリーですわ。『モニカちゃん』だなんて親しげにお呼びになって!
……いえ、分かっています。親友の敵は自分にとっても敵、のルールが適応するのは前世の女子中学生まででしてよ。現世では適応しない幼稚なルールです。わたくし、ただ拗ねているだけですわ。
わたくしとモニカ様が微笑みの下で無言の戦いを繰り広げていると、2世様と3世様が「「あっ!!」」と揃えた声をあげました。
「あれが『天空石』かなっ!?」
「ついにお出ましですね、お兄様!」
梱包材で包まれた『天空石』を、神殿騎士が別の馬車から取り出しているところでした。
モニカ様はすぐに2世様の傍に戻ると、「楽しみですわねぇ、パーシバル様♡」と彼の腕にしなだれかかりました。わたくしの相手をしている場合ではない、とのことです。
「大神殿のどなたが『天空石』を作ってくださったんだろうねぇ。僕、その御方にお礼を申し上げたいよ」
「僕もです、お兄様。ペトラ嬢、その御方は今日はいらっしゃらないのでしょうか?」
大神殿側のメンバーをきょろきょろ確認する3世様へ、わたくしが答える前に本人が答えました。
「作ったのは私だよ」
ベリーの言葉に、三人ともきょとんと目を丸くします。
「そしてこれから設置作業をするのも、私」
自身の顎の辺りを指差して、ベリーはにっこりと微笑みました。




