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87:新しい天空石

後半にマシュリナ視点有り。



「ペトラ」


 治癒棟の診察室で本日一人目の患者の治癒が完了し、二人目の患者の予約時間が来るまでのあいだお茶でもしようかと考えているタイミングのことです。ベリーが空いたままの窓から顔を出し、わたくしの名前を呼びました。

 彼女は窓の桟に両腕をつき、わたくしを見て優しく目を細めています。


「どうしたのですか、ベリー? 玄関から入ってくればよろしいのに」

「気持ちが急いてね、庭園から走ってきたら、ペトラが診察室にいるのが見えたから。そのまま来ちゃった」

「なにかあったのですか?」


 わたくしは椅子から立ち上がり、窓の側に移動しました。

 この立ち位置だと珍しく彼女の頭のてっぺんが見えます。幼い頃は彼女の方がずっと背が低かったのにと思うと、なんだか懐かしい気持ちになりました。

 もうすぐ雨の多い季節がやって来ます。それを過ぎれば夏が来て、ベリーはまた誕生日を迎え、十六歳になります。

 十六歳のベリーはもっと背が伸びて、パリコレモデルレベルになるのでしょうかねぇ。確か178cmくらいのモデルさんが多いのでしたっけ? ベリーならなれそうですわね。


「共鳴するアスラー・クリスタルがまた見つかったんだけど、ペトラは今度、私になにを作って欲しい?」

「わたくしが決めていいのですか? 上層部でご相談した方がいいのではないですか?」

「まずはペトラの意見が優先だから。私には」


 まぁ、上層部の会議に案を出して、却下される可能性もあるでしょうから、好きに言ってもいいのかもしれません。

 とは言っても、わたくしは古代聖具についてあまり知らないのですが。どのような古代聖具があり、アスラダ皇国のどの地域に設置するのが民のためになるのか、よく分かっていません。

 そんなわたくしが知っている古代聖具と言えば、残りは一つしかありませんでした。


「ラズー領主館にある『天空石』を新たに作れないでしょうか? 2世様の為にも……」


 ラズーの民を思いやり、幼い頃から皇族としての勉強や、領地経営を頑張って学んでいるパーシバル2世様。彼が『天空石』の復刻を願っていたのを、つい昨日のことのように思い出します。


「わかった」


 ベリーは青紫色の瞳をキラキラ輝かせながら頷きました。


「次は『天空石』を作るよ」





 ベリーの『天空石』作りはあっという間でした。上層部の許可を取ったあとすぐに、暗黒の作業室に籠って製作してしまいました。


 試運転は、一日中雨が降り続く熱帯雨林の世界で行われました。

 わたくしもそれにご一緒させていただいたのですが、『天空石』が稼働した途端雨が上がっていき、大きな虹が二重三重に重なる美しい光景を見ることが出来ました。現実世界で見る虹よりも色がハッキリとしていて、走っていけば本当に虹の根本へたどり着けそうでした。


「こうやって晴れ間を呼ぶことも出来るし、雨を降らせるときは場所も量も調節できるよ。あとは領主館の人間が悪用さえしなければ、将来、天候による被害はなくなるんだ」

「本当に素晴らしいですわね……!」


 天候を操るなど、本当に神の領域です。ベリーに対する畏怖の気持ちさえ湧きました。

 ……彼女が正しい人間に成長してくださって、本当に良かったです。神託の能力を悪用されたら、この世界の人間は誰も彼女に敵わないのですから。


「虹、きれいだね」

「はい」


 雨上がりの風が吹き抜けて、わたくしとベリーの髪が巻き上がりました。

 わたくしは結んでいるからまだマシですけれど、ベリーの木苺色の髪はボサボサです。


「ベリーの髪も伸びましたねぇ」


 彼女の髪を手櫛で直してあげながら言えば、ベリーはわたくしの髪を纏めているリボンに触れました。西の領地マルブランでベリーがお土産に買ってきてくださったものの一つです。


「いつかね、髪を切ろうと思うんだ。今すぐには無理だけれど」

「そうなのですか?」


 ロングヘアーの彼女しか見たことがないので、きっと初めて見たら驚くかもしれませんが、ベリーは美人なのでショートヘアーも似合うと思います。


「短い髪のベリーも、きっと爽やかで素敵でしょうね」

「ふふふ、ペトラはびっくりすると思うけど、楽しみにしていて」

「はい。新しいベリーを楽しみにしています」

「新しいというより、本来の私だと思う」

「そうなのですか?」

「うん」


 彼女の言った言葉の意味を本当に理解するのは、わたくしが十七歳になってからのことでした。





「『天空石』を領主館に設置するとなると、さすがに領主様にはもう、ベリー見習い聖女の本当の能力を隠すことは出来ませんね……」


 マザー大聖女が諦めのため息を吐く。

 大神殿最奥部にあるマザー大聖女の執務室で、ベリー様を除く上層部と乳母である私が集まり、一つの結論に達しようとしていた。


『浄化石』設置の時は貧民街だったので、ベリー様の存在について住人に箝口令を出した。

『豊穣石』を設置する際には、マルブランの領主に箝口令を出させた。あの地は前の『豊穣石』が稼働を停止してから収穫高が減り、税収も苦しい状況だったために、大神殿からの命令にはすべて従ってくれたし、感謝もしてくれている。


 ラズー領主様も『天空石』をチラつかせれば、ベリー様の能力は秘匿してくださると思いたいのだが……。


「だけど領主はこの皇国の皇族だぜ? 早々にベリーのことを皇帝陛下に言っちまうんじゃねぇか?」


 私の不安を読んだように、除霊のダミアン大神官が手をあげて仰った。

 大神殿からもたらされる利益より、皇室への忠誠を優先されてしまったらどうしようもない。


「期限つきであることを強調すれば、なんとかならないですかねぇ。ベリーが十八歳になって、見習いが取れるまでは、と。あと二年くらいですから、黙秘してくださるかもしれません」


 セザール大神官が銀縁眼鏡を押さえつつ、ご自分の意見を口にしました。

 次に、元貴族であるイライジャ大神官が手をあげます。


「パーシバル1世皇弟殿下はここ十七年ほど、キャルヴィン皇帝陛下とは親しくされておりませんぞ。ここ数年は皇城にも上がらず、挨拶はすべて書面のみのようです。ベリー見習い聖女が神託の能力者だと知ったところで、わざわざキャルヴィン皇帝陛下に報告はなさらないでしょう」

「おい、イライジャ。なんで兄弟なのに、領主と陛下はそんなに冷めた関係なんだよ?」

「キャルヴィン皇帝陛下が変わられたからでしょうな」


 イライジャ大神官は水色の前髪を整えながら、静かに仰いました。


「ウェルザ元大聖女に捨てられ、セシリア皇后陛下とご成婚なされてから、キャルヴィン皇帝陛下は変わられました。……今では、〝ただ政を執り行うだけの人形だ〟と周囲の者たちから言われてしまうほどに。

 パーシバル1世皇弟殿下はそんなふうに変わってしまった兄を受け入れられなかったのでしょう。あの御方はウェルザ元聖女とキャルヴィン皇帝陛下のご関係をご存知ありませんからね。なぜ兄がああも変わり果ててしまったのか、推測も出来ないでしょう」


 領主様がウェルザ様にお会いしたことは一度もない。

 それゆえ、ウェルザ様と皇帝陛下が結婚を誓い合う仲であったことも、ご存知ない。

 だからこそベリー様がご子息の2世様3世様と友人付き合いするのを、私は止めなかった。

 ウェルザ様のお顔も知らず、二人の仲も知らず、長年会っていない兄の髪や瞳の色などハッキリとは覚えていないであろう領主様を、私たちが警戒する必要もなかったから。


「ならば今回は私がベリー見習い聖女に同行して、領主館へ向かいましょう。私が領主様を説得し、神託の能力について箝口令を出していただきます」


 マザー大聖女はそう言って、私に視線を向けた。


「マシュリナ、貴女も私の補佐として来てください」

「承りました、マザー大聖女」


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