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86:再会の春

後半にベリスフォード視点があります。



 マルブランからラズーに続く街道の雪が溶け始めた、という手紙がセザール大神官からもたらされてから、一ヶ月後。

 他の地域からぽつぽつと患者が訪れるようになった治癒棟は、まだまだのんびりとした雰囲気でした。

 わたくしも今日は担当する患者がおらず、自分の執務机で過去に治癒棟の方々が書かれた報告書を広げて、いろんな症例を読み込んでいました。


 そんな時に、朗報が届きました。


「おおーい、ペトラちゃん! ベリーちゃん達が今帰ってきたって! 大神殿の門のところに到着したって、職員さんから報告が……」


 扉が開くのと同時にもたらされたアンジー様の報告に、わたくしは勢いよく椅子から立ち上がりました。


「すみません、アンジー様!! わたくし、早退します!!」

「ええっ!? いや、暇だからいいけど、ペトラちゃんそういうキャラだったっけ……?」


 昔の報告書を速攻で棚に片付け、目を丸くしているアンジー様に頭を下げてから部屋を飛び出しました。


 治癒棟の廊下を歩く職員さんやドローレス聖女にも「お疲れ様でした!」とすれ違い様に声をかけながら、走ります。


 革靴って、滑りやすくて走りにくいですわ。治癒棟の外に出ると砂利道もあるので、尚更走りづらいです。

 ワンピースの裾も長くて邪魔なので、膝が見えないよう気を付けながら持ち上げました。


 はやく、はやく、はやく、ベリーのもとへ。

 きっと無事に決まっています。

 マシュリナさんも一緒についていかれましたから、マルブランの神殿でもなんの不自由もなかったでしょう。

 マルブランはどんな領地でしたか? 食事は美味しかったですか? ベリーは雪を見るのは初めてだったでしょう、どう感じましたか?

 聞きたいことが山のように溢れて、わたくしの頭のなかを埋め尽くします。


 乗馬はいたしますが、普段はまったく走らないのですぐに息が上がりました。

 苦しくて、喉の奥が痛くて、だんだん脇腹にも痛みが……イタタタタ……。わたくし、貧弱すぎませんか?

 苦しいのに、足は止まりません。大神殿の門へとまっすぐに向かっていきます。


 門が見える前に、セザール大神官の巨大な馬の姿が見えてきました。徐々に馬車も見えてきて、その周囲の人たちも見えてきます。

 その中に、スラリと背の高い赤髪の少女の姿が見えました。

 ……なんだかまた背が伸びたようですわねぇ。


 荷物をおろす職員の様子を眺めていたベリーに、わたくしはまだ距離が離れているうちから声をかけました。


「ベリー!!!」

「! ……ペトラ?」


 きょとんとした表情で振り返るベリーに、わたくしは飛び込むように抱きつきました。


「おかえりなさい、ベリーっ!」


 かなりの助走をつけて飛び込んでしまったので、もしかするとベリーが吹っ飛んでしまうかもしれないとちょっと危惧したのですが、彼女は難なくわたくしの威力を受け止めました。


 抱きついたままベリーを見上げれば、やはり身長が五センチくらい伸びているような気がしました。

 顔付きも以前より凛々しい気がしますわ。同性のわたくしでも、うっかりベリーの美貌に当てられてしまいそうです。

 七ヶ月も離れていれば、こんなに成長してしまうものなのですねぇ。

 ベリーはこれからどんどん、女優さんのような美女になっていくのかもしれません。


「ただいま、ペトラ」


 ベリーが優しく目を細めて、わたくしの髪を撫でました。ポニーテールにしていますけれど、先程全力疾走したので乱れたのかもしれません。


「ベリー、怪我や病気はしませんでしたか?」

「しなかったよ。ペトラは冬の間、元気に過ごしていた?」

「ええ。風邪ひとつひきませんでしたわ」

「なら良かった」


 ベリーの傍は変わらず居心地が良いですわ。

 会えなかった時間の分のぎこちなさなど、まるでありませんでした。


「マルブランでは一日中雪が降っていてね、私は神殿の中に閉じ込められて、ずっとペトラのことを考えていたよ」


 低く静かなベリーの声が降ってきます。

 わたくしの頭を撫でていたベリーの大きな手のひらが、こめかみから耳元に移り、余韻を残すように離れました。


「……実際に離れてしまうと、想像していたよりきついもんだね。

 会いたかったよ、ペトラ。ずっときみに会いたくてたまらなかった」

「わたくしもです。わたくしもベリーにとてもとても会いたかったですわっ」


 離れていても変わることのなかった友情を喜び、わたくしたちは大神殿内へ戻りました。





 ベリーからお土産で、マルブラン地方の刺繍が入ったリボンをたくさん頂きました。

「ペトラは昔からそういうリボンが好きだったでしょ」と、シャルロッテのリボンを愛用していた頃を覚えていてくれたみたいです。

 とても嬉しくて、日替わりで使おうと決めました。





 大神殿に戻った翌日、私は神殿騎士団に向かい、レオを呼び出した。


 応接室で一人待たせてもらっていると、扉の向こうの廊下から何の足音もしなかったのに、突然扉が開いてびっくりする。

 騎士服に身を包んだレオがまるで暗殺者みたいに気配を殺し、するりと応接室に入ってくる。そして廊下の方をかなり警戒しながら、彼は扉を閉めた。


 こちらの方に顔を向けたレオは、つり上がった目尻をさらに尖らせ、こめかみあたりの血管をピクピクさせている。

 訓練中に呼び出したのを相当怒っているらしい。ごめんね。


「レオ、久し振り。トルヴェヌの神殿で話した以来だね」

「一体何の用で神殿騎士団に来たんだよ、お前……」


 扉に鍵までかけた上に、声を潜めて問いかけるレオに、私は首を傾げた。


「レオ、なんでそんなに小さい声なの? 訓練中に呼び出した私への怒りを抑えるため?」

「……それもあるけどよ。お前は騎士団内でも人気なんだよ……。ベリー派の騎士達にめっちゃ睨まれて、たぶん今頃、様子を窺おうと廊下をウロウロしてる……」

「そっか。色々ごめんね」

「なんでベリーみたいな偽物女に熱を上げられんのか分からねぇ」

「その偽物女の件なんだけど。私、女の子の格好をやめようと思うんだ。ううん、やめなくちゃいけないんだ」

「ハァッ!!!?」

「だからペトラのエスコートの仕方を教えてくれるって言ってたやつ、さっそく始めようよ」


 マルブランで七ヶ月ペトラと離れて、私は色々じっくり考えた。


 ペトラの傍が居心地の悪い原因、レオがペトラをエスコートする様子が羨ましかった理由、私とは一体何者なのか。


 結局それらすべての答えは一つに帰結する。

 私は男で、ペトラの前で女として振る舞うのはもう嫌だということ。男として彼女に認識されたい、ということだった。


「お前、女装趣味だったんじゃねーのかよ……」


 レオが呆然と呟いたので、「そんなわけないよ」と答えておいた。

 マシュリナが着ろと言うから女性の服を着ていただけで、正直、服なんか着られればどうでもいい。


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