83:大神殿への帰還と、新しい旅の見送り
セザール様の馬に引かれた馬車でまた二週間の旅をし、わたくしたちは無事にラズーへと帰ることが出来ました。
大神殿に戻ると上層部の方々が出迎えてくださり、労いの言葉を掛けてくださいます。
そして治癒棟へ皇都のお土産を持って顔を出せば、皆さん大喜びしてくださいました。
「愛してるわぁん、ペトラ! ここの香水がないとアイデンティティーを失うのよ、アタクシ!! ラズーにも支店が出来ればいいのにぃ~! 幽閉されてるから結局出掛けらんないけどぉ」
「おっ! 俺が頼んでた本も見つけてくれたんだな!! ラズーじゃなかなか取り寄せらんないから、ほんと助かる。ありがとなー」
ドローレス聖女やスヴェン様たちがお土産を広げてはしゃぐ横で、所長のゼラ神官が厳かな顔つきで言いました。
「それで、アンジー殿、ハクスリー殿。彼女の遺骨は……」
「あるわけないじゃないですか~、ゼラさん。倫理観無さすぎますよー。だから幽閉されてるんですけど」
「平民街で骨型キャンディーなら買ってきましたわ」
骨型キャンディーの包みをそっと渡せば、ゼラ神官はしょんぼりしながらも「ありがとうございます。彼女の骨だと思って食べます」と受け取ってくださいました。ドン引きです。
わたくしがそんなふうに、旅から日常へ戻る時間をバタバタ過ごしている間、ベリーの方は神託の能力者の仕事で忙しく過ごしているみたいです。
みたい、というのは、実は大神殿に帰ってからベリーに会えていないのです……。
ベリーの補佐で大忙しのマシュリナさんからなんとか聞けた話では、現在ベリーは『豊穣石』を製作する準備中だそうです。
『浄化石』の時は古代聖具を作るのにちょうどいいアスラー・クリスタルをたまたま卸し問屋で見つけることが出来ましたが、今回『豊穣石』に相応しいクリスタルがまだ見つかっていないそうです。卸し問屋にも足を運んだそうなのですが、こればかりは運なのだそう。
そのためベリーは今、除霊のダミアン大神官とともに鉱山のある村まで泊まりがけで出掛けているそうです。
「共鳴するアスラー・クリスタルが見つかり次第、ベリー様には『豊穣石』の製作に入っていただき、完成されたらすぐにでも、西の領地マルブランへ旅立っていただかなければなりません」
「本当にお忙しいのですね……」
「なにせ来年の冷夏の対策をとるためには、今年の秋に植える麦が来年の初夏から夏にかけてどれだけ収穫出来るかに関わってきますので」
「一刻を争う事態ですものね」
マルブランに今年『豊穣石』を設置出来れば、かの地だけは来年の冷夏もものともせずに作物を育てられるでしょう。
各地で来年のための備蓄を増やしていると聞きますし、そこに穀倉地帯マルブランの来年の収穫分も加われば、民が飢える心配がぐっと減ります。
もうすぐ麦を植える季節が来るため、ベリーには時間がありませんでした。
「マシュリナさん、ベリーにどうかお伝えください。いつでも応援しています、と」
「かしこまりました」
マシュリナさんは少しだけ寂しげな表情を浮かべます。
「……ペトラ様に応援されれば、ベリー様はどこまでも頑張ってしまうのでしょうね」
なんだか意味深に言うマシュリナさんは、そのまま深く礼をすると、わたくしの前から立ち去っていきました。
……どういう意味だったのでしょう?
▽
その後、共鳴するクリスタルを見つけることが出来たベリーが大神殿に戻り、無事に『豊穣石』を完成させました。
そして明日の早朝にはマルブランに旅立つそうです。
過密スケジュールの中、ベリーは出立前の深夜になんとか会いに来てくださいました。
「明日からマルブランに行ってくるけど、お土産はなにがいい?」
わたくしの部屋には入らないとベリーが言うので、仕方なく廊下の窓辺に立ってお話をします。そして開口一番に言うのがお土産の話題でした。
「お土産の話は今、ちっとも重要ではないですわっ」
「そう?」
「マルブランへの出張はどれくらい掛かるのですか? 向こうではどれくらい滞在するのです? いつ大神殿に帰ってこれるのですか?」
わたくしが一緒に行けないのはわかっています。
前回の『浄化石』の時が特別だっただけで、一介の見習い聖女が神託の能力者のお仕事に随行する必要はありません。ベリーが治癒能力さえ使えなければ、わたくしの同行も許されたかもしれませんけど。旅先で怪我や病気をしてもベリーは自分で治してしまえるのですから。
でもわたくし、ベリーとこんなに離れるのは初めてです。
彼女が『豊穣石』製作で会えなかった間でさえハラハラしていたのに、さらに長い期間離れるなんて。
わたくし、心配のし過ぎで窶れてしまうかもしれませんわ。
「マルブランへはセザールの馬でも三週間以上かかるみたい。『豊穣石』の設置自体は難しくないけど、水の浄化と違ってすぐにその効力が分かるわけじゃないから、一ヶ月くらい作物の状況を観察するらしいよ」
「帰りも考えると、三ヶ月以上もベリーと会えないのですね……」
アスラダ皇国に雪が降るギリギリの頃かもしれません。
もしも街道の状況が悪ければ、最悪春までベリーと会えないかもしれませんでした。
「うん。寂しいね」
ふいに、子供の時間は着実に終わりに近づいているのだなぁと、わたくしは思いました。
わたくしも治癒棟所属の聖女になったら、重症患者を治癒するために各地へ出張に出るようになるでしょう。ベリーもこんなふうに神託の能力者として各地を回らなければならないことが増えるでしょう。
それで、忙しさの中でたまに重なった休みに会って、近況を話したり、お茶をしたりするようになるのかもしれません。
どちらかに恋人が出来たり家庭を持つ時が来たら、そちらの方が優先されて、わたくし達はどんどん縁遠くなってしまうのでしょう。
……友達というものは、寂しい。
ライフステージが変われば、人間関係もどんどん新しく更新されていきます。どんなに親しかった人でも、会話が合わなくなって疎遠になってしまうこともあります。
もしかしたら再び縁が結び直されることがあるかもしれませんけれど、それはきっとお互いの生活が落ち着いた頃でしょう。
ただ、わたくしとベリーは共に大神殿をホームにしているので、前世で社会人になったときに味わった友達との別離ほどの寂しさを経験することはないかもしれません。
この大神殿が、ずっと、わたくしとベリーの帰る家であればいいのに。
「……ベリー。『豊穣石』の設置、頑張ってください。そして無事に帰ってきてください。わたくしは大神殿でずっとあなたのことを応援していますから」
今のわたくしに言えるのはこれだけです。
「貴女が一等大好きよ、ベリー」
わたくしたちの友情が、どうか出来るだけ長く続きますように。
ベリーはふにゃりと笑いました。
「うん。頑張ってくるね。私もペトラが一等大好きだよ」
それからわたくしたちはマルブランのお土産の話をして、別れました。
翌日、早起きをしてベリーの見送りに出れば、彼女は馬車の中から優しい笑顔で手を振ってくださいました。
朝焼けが染まるラズーの街の中へ消えていく馬車の影を、わたくしは時間が許す限り、見つめ続けました。




