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82:皇都の夜(ベリスフォード視点)



 皇都の夜空は、ラズーで見るものとはなんだか違う。

 星の位置も見慣れず、光り方も弱くて、なんだかよそよそしい。


 私はトルヴェヌ神殿が用意してくれた部屋から抜け出し、庭の木に登って夜空を見上げていた。

 星は藍色のヴェールの上に溢した麦粒のように、小さくちいさく輝いている。ラズーではもっと星の数が多くて、輝きも鮮烈だ。皇都の空は私には物足りなく感じた。明日からはラズーに向かえることが嬉しい。


 皇都に来てから一週間。

 ペトラの実家に行ってペトラの家族に会ったり、彼女の小さな頃の部屋を見たり、お墓参りに行ったり。

 ペトラの望み通り、貧民街に『浄化石』を設置したりした。

 その後はセザールがトルヴェヌ神殿の人達といろいろ話し合ったり、決めなくちゃいけないことがあって時間が空いたから、私とペトラとアンジーで皇都のあちこちを回った。


 皇都で暮らしていたペトラの日常を辿るように、いろんな場所を案内してもらった。

 ペトラが昔お母さんと出掛けたという植物園や美術館に行き、流行りの歌劇場でミュージカルを観て、ペトラの実家がよく使うというレストランでご飯を食べたりした。

 アンジーが「食事代は公爵閣下にツケてやろうぜ!」と言うと、ペトラも頷いて、「請求はハクスリー公爵家でお願いします。この程度でアンジー様に対する父の無礼は償えませんけど」と、支配人に公爵家の紋章を見せていた。


 ペトラはずっと父親に怒っていたみたい。

 あんな矮小な魂、怒っても意味はないのに。ペトラとは違って低い次元にいる男だから、こちらの言葉など端から届きはしない。感情を使うだけ無駄だと思う。

 けれどペトラは優しく甘いので、心のどこかで思っているのだろう。心を尽くせば、矮小な魂とも意思の疎通が出来ると。

 私はペトラのそういう優しさに救われ、育てられた身だから、声に出して否定する気はないけど。


 あと、治癒棟の人達へのお土産を買い集めるために、貴族街から平民街まで右往左往したりした。ラズーでは味わえない体験ばかりだった。


 私の知らなかった頃のペトラが、この街のあちらこちらに息づいている。

 それを知るのが嬉しいのと同時に、寂しい。私の知らない頃のペトラにも会いたかったと虚しいことを願ってしまう。

 だから、今私の傍に居てくれるペトラのことだけは、何一つ取りこぼしたくないと思う。

 でもペトラが私に笑いかけてくると胸の奥が暴れだして、やっぱりもう少し離れたいと逃げてしまう。

 私の心は矛盾した感情に振り回されてばかりだ。疲れる。


「……ペトラは今頃、眠っているのかなぁ」


 不意に溢れた言葉が、夜風の吹く樹上にひびく。


 ペトラが泊まっている部屋は知っているけれど、見に行くことはしない。

 レオから『付きまといは変態だ』と言われたから、自重しているんだ。彼女から変態だと思われることは避けたいような気がするから。


「まさかお前、そっからオジョーサマの部屋を覗き見してるとかじゃねぇよな、ベリー!?」


 登っていた木の根本から、突然、大きな声が聞こえてきた。


 私は枝に寄りかかっていた上体を起こし、視線を夜空から地面に向ける。

 するとそこには、小さなランプを持ったレオの姿があった。


「あれ、レオ、警備中?」

「半休貰ったから、ハクスリー公爵家に顔出して今帰ってきたとこだよ! あそこには俺の師匠や、世話になった人達がたくさん居っからな!!」

「ふーん」

「で、ベリー! オジョーサマの夜のお姿を盗み見しようなんて、エロガキみてーなことはしてねぇんだろうなっ!?」

「ペトラの泊まってる部屋はここからじゃ見えないよ」


 私はそう答えると、腰かけていた枝から飛び降りる。二階ほどの高さだから、別に怪我もしないし。しても自分で治癒を掛けられる。


 私が地面に下りると、レオは「おお……っ。意外と運動神経はいいんだな……」と呟いていた。


「レオ、暇ならいっしょに遊ばない? 私、ペトラに鍛えられたからカードやチェスは強いよ」

「単純に、お前と二人きりで遊ぶのヤだ。つーか寝ろ。明日からラズーに向かってまた移動の旅なんだから」

「そっか」


 それもそうなのだけど、私はふつうの人より睡眠を必要としないから。別に平気。

 でもレオは眠らなくちゃいけないか。残念。


 割り振られた部屋に戻ろうと思い、レオに手を振る。


「私、部屋に戻るね。おやすみ、レオ」

「……おいっ。ちょっと待て」


 呼び止められて振り返れば、ランプに照らし出されたレオの固い表情があった。


「あのさ。……『浄化石』を貧民街に設置してくれてありがとな。お前は変な奴だけど……女装してるし……性格もなんかふわふわして掴み所がねーし、俺とは相容れない感じなんだけどよ……。

 俺の地元が世話になった!! それだけはマジで感謝してる!!」

「お礼なんていいよ。私はペトラに贈り物がしたかっただけ。彼女の願いならなんでも叶えてあげたかっただけだから」

「そのことも感謝してる!」


 レオはきっぱりと言った。


「オジョーサマの願いを叶えてくれたことも感謝してる! 俺には『浄化石』を作るとか、絶対無理だからさ」

「それ、レオにお礼を言われる意味がわからないよ」


 ペトラの願いを叶えたことに、なんでレオがお礼を言うんだろう。

 そう指摘すれば、レオは「別にいいだろ」とちょっと照れたように口許を右手で隠した。


「レオってなんだか、ペトラの忠犬みたいだね」

「ああ!?」


 大声をあげるところとか、犬が吠えている様子を連想させる。

 そうレオに伝えればちょっと微妙な顔をしたけれど、話題を変えるようにレオはまた大きな声を出した。


「とにかく! 俺はお前に感謝してる。なにか俺にして欲しいこととかあったら言ってくれ。全力で叶えてやっから!」


 お礼がしたいということらしい。

 レオの感謝とかお礼とか、別にどうでもいいけれど……。


 でも一つだけ、彼から教えて欲しいことがあった。


「私、エスコートのやり方を知りたい。教えて、レオ」


 レオがペトラに手を差し伸べて優しくする姿を、今まで何度も見てきた。間近で観察させて貰ったこともある。

 その度に私はレオに対して『羨ましい』と思った。

 私もそんなふうにペトラに優しくしてあげたい、と焦がれるように思った。


 私がじっとレオを見つめると、彼は肩をすくめた。


「しゃーねーな。敵に塩を送るみてーだけど、俺からお礼がしたいって言ったんだもんな。いいぜ。教えてやるよ、女性のエスコートの仕方」

「本当? ありがとう、レオ」


 これ以上お前が変態になるのを止めてやるよ、とレオは八重歯を見せてニカッと笑った。


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