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75:往路



 治癒棟のお留守番をスヴェン様に託し、ついに皇都へ出張に行く日がやって来ました。


 出張メンバーはわたくしとベリー、アンジー様(保護者①)とマシュリナさん(保護者②)、そして獣調教の能力者セザール大神官(保護者③)です。

 そしてわたくし達の旅のお世話をしてくださる職員さんが数名と、護衛の神殿騎士の方々がたくさん付いて来てくださいます。数少ない上層部の内、二人が出張メンバーに入っていますから、守りは厳重です。

 その神殿騎士のメンバーの中に、レオも居ました。

 彼は今年入ったばかりの新人ですが、今回の目的地である貧民街出身です。貧民街の治安を知り抜き、抜け道などもすべて把握しているレオが居れば、いざという時とても頼りになりますものね。


 レオ本人もやる気十分でしたが、


「俺、もう二度と貧民街に帰らねーつもりで格好つけて去ってきたんで、正直気まずいっすね!」


 と半笑いを浮かべていました。


 獣調教のセザール大神官は、ベリーの保護者枠でもありますが、もうひとつ、今回の旅で大きな役目を担ってくださいます。

 それは御者役です。


「『浄化石』の効果を立証したあとは、ベリーにすぐにでも『豊穣石』を作ってもらいたいし、西の領地マルブランへ設置に行ってもらわないといけないからね。移動時間を短縮するために僕が引率しますよ」


 そう言ってセザール大神官が用意してくださったのが、彼が品種改良したという重種の馬でした。

 普段馬車を引く馬よりも三倍は体が大きく、信じられないほど足が長いです。横に一般成人男性の体格であるセザール大神官が並ぶと、彼が小人に見えてしまうほどです。


「性格は非常におとなしく、運べる重量もふつうの馬とは桁違いなんだ。その上、足も速くなるように品種改良した。この子達で移動すれば、一月掛かる皇都への旅も半月で済むよ」


 セザール大神官は銀縁眼鏡をくいっと上げて、ベリーに微笑みかけました。ベリーも嬉しそうに笑みを返します。

 お二人はなんだか、歳の離れた仲の良い兄妹のようでした。


「ありがとう、セザール。ペトラも喜ぶよ。ね?」

「はいっ、もちろんですわ。わたくしの我が儘が発端でしたのに、こんなにも素晴らしい馬を用意していただけて、本当に心から感謝申し上げますわ、セザール大神官」

「いいんだよ、ハクスリーさん。今回のことはきみの我が儘にベリーの我が儘が重なって、そしてさらに僕たち上層部の我が儘が乗っかった。ーーーつまり僕ら全員の希望であり、夢ということだよ、ハクスリーさん」


 そう言ってもらえて、とてもホッとしました。


 わたくしが『浄化石』がほしいと言ってしまったから、ベリーが倒れるほど能力を使って作ってくれて。貧民街に設置したいと言ったら、ベリーに権力まで使わせて、こんなに話が大きくなってしまって。たくさんの人を巻き込んでしまって。……みなさんに迷惑を掛けてしまったのだと、申し訳ない気持ちがありました。

 けれど、わたくしの我が儘が全員の我が儘へと変化しただけだと言ってもらえて、気持ちが楽になりました。


「ベリー。わたくしの夢を叶えてくださって、本当にありがとうございます」


 これも全部ベリーがくれたもの。

 彼女の両手を握って改めてお礼を言えば、ベリーもそっとわたくしの手を握り返し、目を細めます。


「ペトラの喜びは、昔から私の喜びだったよ。あなたが笑ってくれるだけで、私は頑張れる」

「ふふふ、大袈裟ですね、ベリー。でもわたくしも、貴女が笑っていてくださると幸せですわ」


 わたくしたちは準備が整った馬車に乗り込み、皇都へと出発しました。





 セザール大神官が育てた重種の馬たちは、まるで自動車並みの速度で街道を進みました。


 毎日の宿泊先は各地にある神殿で、質素ながらも温かなもてなしを受けることが出来ました。

 さすがに大神殿のような温泉はありませんでしたけど、水浴びは出来たので満足ですわ。


 馬車の中ではすることもないので、ベリーとおしゃべりをしたり、アンジー様やマシュリナさん、セザール大神官にいろんなお話を聞かせてもらいました。

 休憩で馬車から降りると、騎士の中で頑張っているレオの姿を見つけて、話しかけたりしました。


 そうやって馬車の旅を続けて二週間、ついに皇都の門が見えてきました。


「あそこがペトラの生まれた街なんだね」

「ええ。皇都トルヴェヌですわ」


 森を背にした大きな皇城を一番奥に、貴族街と平民街が広がっています。そして平民街の脇道から暗がりに迷い込むと、貧民街がしっかりと根を下ろしているこの都こそが、皇都トルヴェヌです。


 わたくしが生まれ、公爵令嬢として育ち、そしてそこから逃げ出した。

 実に四年ぶりの皇都の空気……。


「どうしたの、ペトラ?」


 わたくしが遠い目をしてしまったからでしょう。ベリーが首を傾げてこちらを覗き込みます。


「いえ、ちょっと感傷に浸ってしまったみたいですわ」

「そういえばペトラ、お母さんのお墓に行くんだって? 私も一緒に行っていい?」


 突然の内容に驚いてベリーを見上げました。彼女は澄んだブルーベリー色の瞳でわたくしをただ見つめていました。


「構いませんけれど、……楽しいものはありませんよ? 墓地はお墓がたくさん並んでいるだけですわ」

「うん、わかってる」


 大神殿の側にラズーの民の墓地がありますものね。さすがにベリーも理解していました。


「ペトラのお母さんに挨拶がしたいだけ」

「そうですか? では一緒に行きましょう」

「うん」


 大神殿の紋章が入った馬車は、皇都の門をあっさりと通過し、トルヴェヌで一番大きな神殿へと進んで行きました。


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