73:出張準備
「出張、ですか……?」
「ええ、そうです、ハクスリー見習い聖女よ。貴女もベリー見習い聖女と共に皇都の神殿へと行っていただきます」
わたくしは最奥部の大会議場に『浄化石』を持って訪れるようにとマシュリナさんから指示を受け、こうして上層部全員が集結する場へとやって来ました。
ちなみに『浄化石』はとても重いので、台車をお借りして一人で運ぼうとしていたところ、先日誕生日が来て十五歳になったベリーが代わってくださいました。「私の方が力があるから」と。
特に鍛えている様子もないのにベリーは結構力持ちなので、とても不思議です。女の子は相当鍛えなきゃ、筋肉ムキムキにならないと前世の知識で知っています。
この細腕のどこに筋肉が……? と思い、衣類越しにベリーの腕に触れると、ちゃんと固い筋肉があります。
わたくしよりも二の腕が細いですわ……。むしろ脂肪はどこに……?
疑問符を頭に浮かべながらベリーの腕をペタペタ触っていると、「あんまり触ると危ないよ、ペトラ」と困った表情をされてしまいました。
荷物を運んでいる最中ですものね。邪魔をしてごめんなさい、ベリー。
そして『浄化石』を大会議場に運び込むと、上層部たちの「うちのベリーは凄い!!」と称賛の時間が始まりました。もはやお祭り騒ぎでした。
で、出張だそうです。
「この『浄化石』はベリーがハクスリーさんの為に作ったものだからね。ハクスリーさんの望む通り、貧民街の川に設置しましょう」と、獣調教のセザール大神官がおっしゃいます。
「『浄化石』の運行がうまくいくか確認し、成功したら、次はベリー見習い聖女に『豊穣石』を作ってもらう予定なのですぞ」と、千里眼のイライジャ大神官。
「あの、『豊穣石』とはどのような物でしょうか?」
『浄化石』や『天空石』と同じような古代聖具でしょうか? 言葉の最後に〝石〟とついているので、勝手に連想してしまいます。
わたくしの質問に、除霊のダミアン大神官が答えてくださいました。
「西の領地マルブランにある古代聖具だ。『豊穣石』が稼働していたお陰で、あの地帯の穀物は出来も収穫量もアスラダ皇国で一番だったんだがよぉ……。数年前についに動かなくなっちまってな。マルブランの農作物の質も税収もガタ落ちなんだ」
「まぁ、そうだったのですね」
「しかも来年は冷夏だと、ベリーに神託が降ってなぁ。今のうちにどうにかしねーと民が飢えて死んじまう。皇国と対策を打ち出していたところだったんだが、ベリーが『浄化石』を作ったって言うじゃねぇか。なら『豊穣石』も新たに作れるんじゃねぇか? って話になったんだよ。わかったか、お嬢ちゃん?」
「ご説明ありがとうございます、ダミアン大神官」
『豊穣石』の詳しい説明や、来年の夏が寒いという神託が降ったことも驚きなのですが、ベリーが立派にお仕事をしている様子が聞けて、すごく嬉しいです。
頑張っていたのですね、ベリー。
いっしょに過ごす時間が減って寂しくてめそめそしていましたけれど、こうして彼女の頑張りを知れば、寂しがっていた自分が恥ずかしいくらいです。
もっとちゃんとベリーを応援してあげていれば良かった。
いいえ、これから、きちんと応援しますわ。
「それで、『豊穣石』を作る前にまずは『浄化石』の稼働を確かめるわけですね。皇都への出張で、わたくしはどのような役目をすれば良いのでしょうか!?」
出張に治癒能力者が必要というわけではないと思うのですが、なにかしらわたくしの出番があって今回出張に呼ばれたのでしょう。
ならばベリーのためにもお役に立って見せます!!
そう意気込んで尋ねれば、マザー大聖女が静かに微笑みました。
「ハクスリー見習い聖女は、ただベリー見習い聖女の傍についていてあげてください」
「え」
「……ベリー見習い聖女が『貧民街の川に設置するまでがペトラへの贈り物』だと言って聞かないので……。この子からの贈り物を受け取ってあげてください」
いいのでしょうか、それで……。本気でただのお荷物じゃないですか、わたくし。
結局これはわたくしのせいで、ベリーに権力を振りかざさせてしまったという話なのですわね……。
わたくしの躊躇いを感じ取ったように、マザー大聖女がおっしゃいます。
「彼女のことを頼みましたよ、ハクスリー見習い聖女」
「……はい。承りました」
ベリーの方を見れば、〝これで無事、皇都に行けるよ〟と言うようにニコニコ笑っています。
この職権濫用が全部わたくしの為なので、申し訳なさでいっぱいです。
こうでもしないとわたくしが貧民街の川が浄化されるところを見ることが出来ないのも確かなのですが……。
ベリーが近付いてきて、わたくしの耳元にコソッと言います。
「ね? 全部任せてって言ったでしょ?」
「……ありがとうございます、ベリー」
彼女の権力にちょっと気後れする気持ちもありますが、嬉しいのは本当です。
わたくしの為にここまでのことをしてくださって、本当にありがとう、ベリー。
いつの間にこの子は、こんなに何でも出来る女の子になってしまったのでしょう。
ベリーがとてもとてもーーー、眩しいです。
わたくしが出張になったので、保護者としてアンジー様もいっしょに皇都へ行ってくださることになりました。
「わーい! 久しぶりの皇都だー! 出張という名目だけど、実質旅行みたいなもんだよねっ。やったぁ~!! と言うわけでお留守番よろしくね、スヴェン君!」
「いいなぁ……、俺もそろそろラズーから動きたいですよ」
「お土産買ってくるから、リクエストあったら聞くよー」
アンジー様はなんの葛藤もなく、両手を挙げて喜びました。そしてお留守番のスヴェン様に引き継いでもらう仕事をてきぱきと選んでいます。
わたくしもこんな感じに物事を受け入れれば悩まずに済むのだろうなぁ、とアンジー様を見て思いました。
見習いたいものですわ。
「せっかくの皇都だから、ペトラちゃんのご両親に挨拶しておかなくちゃねぇ」
「まぁ、わたくし、実家に顔を出してもよろしいのですか?」
「九歳の頃から大神殿でお預かりしているお子様がご実家の近くに行くんだから、元気でやってますよってことをお知らせしてご両親に安心してもらわないといけないでしょ~? ペトラちゃんはまだ十四歳なんだからっ」
「ちなみに、定期的にご実家にペトラちゃんの様子を知らせるお手紙も出してまーす!」とアンジー様。
言われてみれば確かに、大神殿に引き抜いておいて神殿側から音沙汰無しというのも不味いですものねぇ。
わたくしからも父には定期報告みたいな内容の手紙は送っていましたけれど、普通のご家庭なら子供からの連絡だけでなく、大神殿側からの連絡もほしいものですわよね。心配でしょうから。
ただ、わたくしの父が『娘を心配する』という機微が無さそうなので、考えたことがありませんでした。
父から送られてくる手紙の内容はたいてい「上層部の方々に取り入れ」という感じなので。
「では実家にも、皇都に出張に行くと手紙を送っておきますわね」
父も義母もどうでもいいですけれど、シャルロッテとアーヴィンお兄様、リコリスやハンスにはお会いしたいですし。
「ハクスリー公爵家にどんな手土産を持っていったらいいのかなぁ~? ペトラちゃん、ご両親はなにがお好き~?」
「そういえば、以前アンジー様が選んでくださったラズーのお酒を両親へ送ったら気に入ったみたいで、今では定期的に取り寄せているそうですわ」
「よし! あの辛口がイケるタイプならば、別のおすすめのお酒をチョイスしましょう!!」
わたくしも手土産を持っていかなければなりませんね。
旅行用の荷物で新調しなきゃいけないものもあるでしょうし……、と旅の支度について考えます。なにを持っていくか、どう軽量化するか考えるのって、わくわくしますわね。
しばらくすると、わたくしとアンジー様の出張を聞き付けた治癒棟の方々が次々とやって来て、皇都で買ってきてほしいものリストをたくさん渡されました。
ドローレス様には恐ろしい顔で、
「皇都にしかないこのお店の、この薔薇の香水を在庫全部買ってきてぇぇぇぇ!! これはね、アタクシが十六歳の頃からずっと使っている香水なのぉ。この香水はアタクシの香り、この香水がないとアタクシはアタクシじゃないのよぉぉぉ!! 絶対絶っっっ対買ってきてね、ペトラ!!!」
と凄まれました。
香水にそこまでの思い入れをしたことがないので気持ちはよくわかりませんでしたが、必死さは伝わってきました。
所長であるゼラ神官からは、皇都の外れにある墓地の地図を渡されました。
「ここのB区画の三つ目の墓が、我輩の初恋の女性のお墓です」
「おぉっとぉ、ゼラさん~?」
「……花を供えてくればいいのですよね、ゼラ神官?」
すでにその先を予感してドン引いているわたくしとアンジー様に、ゼラ神官は真顔で言いました。
「いえ、夜中に墓地へ忍び込み、棺桶を掘り返してきてください。彼女もすでに白骨化しているはずですから、大丈夫です。どうか大腿骨の一本でも手に入れてきてください、アンジー殿、ハクスリー殿」
「白骨化してるから大丈夫って、どーいう超理論なんですか!? 部下に犯罪の指示を出すの、ほんと、やめてくださいよゼラさん!!!」
「心底嫌ですわっ!!」
ゼラ神官のリクエストはきっぱりとお断りしましたが、わたくしも亡き母の墓参りに行こうと思いました。
そうして日々は慌ただしく過ぎていき、出張の日を迎えました。




