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69:作業部屋



 レオとは大神殿の入り口で別れました。


「本当はお昼も街で食べて、一日遊ぶ予定でしたのに、勝手に予定変更してしまって本当にごめんなさい」

「いや、それはまた次の機会で平気ですからっ。だってオジョーサマがずっと欲しかったものですし。俺もすげーいいと思いますよ、『浄化石』。ソイツにさくっと作ってもらってきてください」

「ありがとうございます、レオ」


 日を改めてベリーに『浄化石』を作ってもらえばいいのに、どうしても気が急いてしまいまして……。

 嫌な顔ひとつせず予定変更を受け入れてくださったレオに、本当に感謝ですわ。

 騎士寮に帰っていく彼を見送りながら、今度また街に誘おうと心に決めます。


「それでベリー、これからどうするのです?」


 わたくしは隣に立つベリーに尋ねます。

 ベリーは布でぐるぐるに梱包されたアスラー・クリスタルを、涼しい顔で持ち上げました。……わたくしよりずっと細腕ですのに、どこにこんなに力があるのか不思議ですわ。彼女がこんなに力持ちだったことを、今日初めて知りました。


「私の部屋は遠いから、ペトラの部屋の扉から入ろうと思うんだけど……、部屋に行っていいかな?」


 ペトラの部屋の()()()()()という言葉が若干引っ掛かりましたが、ベリーの言い間違いだろうと思ってわたくしは頷きました。


「ベリーはいつでもわたくしの部屋に来てくださっていいのですよ? 合鍵も渡したままじゃないですか」

「……うん。そうだね」


 久しぶりにベリーが部屋に来てくれる、『浄化石』もわたくしの部屋で作るのかしら、と思いながら、二人でわたくしの部屋を目指しました。


「あ、そうですわ、ベリー。水晶の代金、わたくしが払いますわ。おいくらでしたか?」


 危なげなく水晶を運ぶベリーを見上げながら尋ねると、彼女は首を横に振ります。


「これは私からペトラへの贈り物だから、気にしないで」

「でも、初代皇帝陛下以来の聖具を作っていただくのですから、お礼もお支払いもしたいです。贈り物をいただく理由もありませんし……」

「理由ならあるよ。あのね、私、聞いたんだ。贈り物っていうのは、相手を大切に思っているというのを伝えるための手段だって。だから私もペトラに伝えたい。きみが大切だよって」


 ベリーは青紫色の瞳でじっとわたくしを見つめます。


「どんな時でもペトラが大切だよ、きみを忘れる瞬間なんてないよって気持ちを、ペトラにただ受け取ってほしいな」


 どうして、こうっ、言葉がド直球なんですの、ベリーは!?


 わたくしは嬉しさで火照る頬を両手で押さえながら、小さく頷きました。


「……そこまでおっしゃられては、ただ受け取るだけしか出来ないではないですか」

「うん。良かった」

「もうっ、そんなに可愛い顔でニコニコするなんてずるいですわっ」

「……可愛い、かぁ」


 ベリーが少し首を傾げて尋ねます。


「……ペトラは、可愛い女の子の私が好き?」

「可愛いベリーももちろん大好きですが、たぶんどんなベリーでも一等好きだと思います」


 わたくしがそう答えると。


「そっか」


 と、ベリーはふにゃりと微笑みました。





 わたくしの部屋の前に到着すると、ベリーは胸元に下げていた合鍵を扉の鍵穴に差し込みました。捻ると鍵穴の奥で金属がカチリと噛み合う音が小さく響きます。

 ベリーがドアノブをしっかりと握って扉を押し開けば、わたくしの部屋ーーーではなく、なぜか以前大神殿の最奥部で迷子になったときに見かけた、真っ黒い水晶の部屋が現れました。


「どういうことですの、ベリー!?」

「しー。ペトラ、声、聞こえちゃうよ」

「あ、ごめんなさい……」


 訳が分かりませんが、この神秘は秘匿すべきだということは分かります。

 わたくしは慌てて声を小さくしました。


「ほかの人に見られない内に入ろう」

「……はい」


 なかに入り、扉を閉めれば、やはりそこは五年前に一度だけ入ったことのある小部屋です。

 床も壁も天井もすべてが黒い水晶で作られ、緑色に光る紋様がびっしりと浮かんでいます。がらんとした四角いその部屋は冷たい空気に満たされ、ここで一人で長時間過ごしたら精神を病んでしまいそうな雰囲気がありました。


「ここはね、作業部屋」

「作業部屋……」


 暗黒の間とか、神秘が宿る部屋とか、もっと良い感じの名前がほかにありそうなのですが。そんな味気ない名前で本当に良いのですか、ベリー……。


「いったいどうやって、わたくしの部屋からこの作業部屋? に入ったのですか。ここは大神殿最奥部からしか入れないのではないのですか?」

「私の領域になった場所からなら、どこからでも入れるよ。ただ以前は私の領域が最奥部にしかなかっただけ」


 領域というものから説明してほしい気持ちでいっぱいです。


「ペトラが許可をくれたでしょう? 合鍵を私にくれて、部屋の出入りを許してくれた。あの瞬間、ペトラの部屋も私の領域のひとつになったんだ。だから私はペトラの部屋の扉から、世界の階層を合わせてこの作業部屋に繋げたんだよ」

「すみません、世界の階層ってなんですか、ベリー?」

「世界は多層になっていて、ひとつひとつの階があるんだよ。私はその波長を探って合わせているだけ」

「~~~っ、ごめんなさい、ベリー、よく分かりませんわ……!」

「ふふ、ちょっと難しいかもね。単純に言うと『神はいつでもすぐ傍に居られる』ということかなぁ」

「もしかしてベリーは神託の能力で、神様が見えるのですか……?」

「幼少期は神と人間の違いも分からないくらいだったよ。人よりも神の方が身近だった。だからペトラが来てくれるまで、自分が人であることも忘れてた」


 ああ、そうだったのか、という悲しい納得がわたくしのなかに生まれました。


 神様と人間の違いが分からないほど、彼女は自身の力に飲まれていたのでしょう。アスラー大神から最大限の神託の能力を与えられたと、先ほど街でおっしゃっていたように。

 そんなときベリーの傍に居てくれた人達は皆、彼女を過剰に甘やかし崇めるだけで、対等な人間としては扱ってくださらなかった。真綿で首を絞めるような虐待の中にいたのです。

 そのような状況では、自身の心を守るために、神の世界に身を委ねてしまっても仕方なかったのでしょう。そしてますます、自身の強大過ぎる力に飲み込まれていくという悪循環。


 人の身でありながら、世界の神秘と共に生きてきた女の子。

 今更ながら、出会った頃の彼女は半分神様みたいなものだったのだな、ということを理解してしまいました。睡眠も食事も、ちっとも必要としていませんでしたもの。


 ベリーは普通の人が理解出来ない“世界”を理解し、体感して生きていくしかありません。今までも、そしてこれからも。

 でもこうして、かつての自分を客観視できるまでにベリーは成長しました。

 今、彼女が感情豊かに微笑んでいる奇跡を、わたくしは大事にしなければ。


「さぁ、ペトラ。『浄化石』を作ろう?」

「……はい」


 わたくしは熱く込み上げてくる気持ちを抑えながら、作業部屋の中心へ移動していくベリーの背中を追いました。


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