67:パティスリー併設カフェ
お店の前に来ると、わたくしはいつものようにベリーの為に扉を開けようとしました。だってベリーの方が身分が高い女性ですもの。ドアマンが居ない場所では決まってわたくしが彼女のために扉を開けます。
けれど、今日はレオが先回りして扉を開けてくださいました。
「どうぞ、オジョーサマ」
「あら……。ありがとうございます、レオ」
大神殿に来てから男性にエスコートされないことに慣れていたので、こういうことをすっかり忘れていました。
ガキ大将だった頃のレオとは違い、彼はもう騎士です。女性のエスコートの仕方くらい、騎士団で習うのでしょう。
レオは少し気恥ずかしそうにはにかみながら、わたくしたちが通りやすいように扉を押さえてくれました。
三人で店内に入ると、お持ち帰り用のケーキや焼き菓子が並んだショーケースの前に、お客さんが並んでいました。わたくしたちの前を歩いていた観光客たちも、楽しそうにケーキを眺めています。
わたくしたちはカフェスペースで飲食したいので、店内を見回します。すると二階へ続く階段の前に『カフェはこちら』と書かれた看板がありました。
「二階みたいだね、ペトラ」
「そうですわね。ではさっそく上がってみましょうか」
ベリーと微笑み合っていると、横からレオが手を差し伸べてくれます。
「階段なんで足元に気を付けてください、オジョーサマ」
「……レオ、エスコートは大変ありがたいのですが……。わたくしではなくベリーを優先してください」
治癒能力者より、神託の能力者を優先してエスコートしなくては。そう思ってレオに告げましたが、彼は首を横に振りました。
「ヤです。そんなキモいことは出来ねーっス」
ベリーをエスコートすることの一体なにが気持ち悪いのでしょうか。レオがなにを言いたいのかまったく分かりません。
困惑してレオを眺めていると、今度はベリーが横から尋ねました。
「エスコートって、男の人が女の人に優しくすることだっけ?」
「ええ、そんな感じですわ」
「私、見たいな」
ベリーは真顔で言います。
「男の人がどうやってペトラをエスコートするのか、知りたい。すごく興味があるよ」
「……実際にベリーが体験した方が、得られる知識があるかもしれませんよ?」
「ううん。私はいい。ペトラが優しくされるべきだよ」
「そうですか……?」
よく分かりませんが、ベリーがエスコートの見学をしたいというのなら見せてあげるべきでしょうか……。
悩むわたくしの目の前に、レオが再度手を差し出しました。
「とにかく、俺はオジョーサマを差し置いて誰のこともエスコートしないんで。お手をどうぞ、オジョーサマ」
レオは命の恩人を最優先という態度を変えるつもりはないようです。
わたくしは諦めて彼の手を取りました。
「よろしくお願いしますね、レオ」
「はいっ!」
そういうわけでレオのエスコートで階段を上りました。
ベリーはすぐ後ろからレオの動作を観察して、「ふぅん、なるほど。勉強になる」と一人で頷いていました。
階段を上りきると、床張りの広い部屋が現れます。二階はすべてカフェスペースになっていて、テーブル席がたくさんあり、お客さんで賑わっていました。
カフェスペースの入り口に待機していた店員が、空いている席にわたくしたちを案内してくださいます。その間もレオはわたくしをエスコートし、座りやすいように椅子を引いてくださいました。
ラズーのお茶と、人気のケーキや焼き菓子を注文し終わると、ベリーが満足そうに言います。
「エスコートって素敵だね。私もペトラにやってあげたいな」
「ふふふ。気持ちは嬉しいですけど、ベリーは女性ですから。エスコートをされる側ですよ」
わたくしは思わず笑ってしまいます。
ベリーの優しい気持ちは嬉しいですが、彼女にエスコートする側の知識を学ぶ必要はありません。むしろわたくしの方がその知識が必要なのでは、と思うくらい、彼女は尊い身なのですから。
「これは男の特権だぜ」
レオが目を細めながらベリーに言います。
「女の身なりですることじゃねぇよ。諦めろ」
「……ちょっと、レオ。なんだかベリーに対する物言いがキツく聞こえますわ。もう少し優しい言葉遣いをしてあげてくださいませ」
レオのもともとの性格か、貧民街で暮らしていたせいか、彼の選ぶ言葉は少々鋭いような気がします。
ベリーは大神殿の最奥部で大事にだいじに育てられた、言わば深窓のお姫様です。あまりキツい言葉には慣れていないはずなので、驚いてしまうかもしれません。
「いいんだよ、ペトラ」
「ですが……」
「私はレオのハッキリした言葉遣いも好きだよ」
「……そうですか。レオ、余計なことを言ってしまってごめんなさい」
完全なるお節介だったようです。ベリーがレオの不敬を許すのなら、わたくしが口を挟むべきではありません。
もしかしたら二人はもう、くだけた言葉や気安い態度でも平気なくらい、親しみを感じ合っているのかもしれませんわね。
わたくしが頭を下げれば、レオは自分の顔の前でぶんぶんと両手を振りました。
「いやっ、オジョーサマが謝ることなんか一個もないです! 俺の口が悪いだけなんでっ。でも、コイツに対しては改めませんけど!
あ、オジョーサマ、ケーキが来ましたよ! さぁ、どうぞ、食べてくださいっ!!」
場の雰囲気がわたくしのせいで悪くなってしまいましたが、それを打ち消そうとレオが明るく言ってくれました。
ベリーもテーブルに届いたケーキや焼き菓子を見て、「おいしそうだね、ペトラ。私のと半分こする?」と優しく声をかけてくれます。
二人が優しくて本当に感謝です。
それから三人でケーキを食べ、お茶を飲み、ようやくレオから皇都の皆さんの様子を聞くことが出来ました。
貧民街に新しく共同畑ができ、畑の作物を盗もうとする『ポール・チーニ』という不良グループが現れ、マリリンさんを始めとしたお年寄りたちとレオの舎弟たちが行った防衛戦の話がとてもスリリングでした。それにしてもキノコみたいなグループ名ですわね。
他にも、ハンスが入れあげていた飲み屋の若い娘さんが結婚して皇都を去ってしまい、公爵家の護衛団みんなで失恋パーティーをしたこと。リコリスの家に姪が生まれてデレデレになり、ベビー用品を作るために編み物を始めたことなど。
レオが話してくれた話題にはすでに手紙で知っていたものもありましたが、彼の口から聞くと物語を別の角度から見ているようで面白く、新たな発見もあってわくわくします。
ついお茶のお代わりを注文して、じっくり話し込んでしまいました。
「楽しくてつい話し込んでしまいましたわ。ちょっと長居しすぎてしまいましたね」
「私も聞いていて楽しかったよ。大神殿に来る前のペトラのことをたくさん知ることが出来て、とても新鮮だった」
ベリーにも話の内容や人物が分かるように都度都度説明を入れたのですが、一緒に楽しんで貰えて良かったです。
ほら、知らない人の話なんてあまり興味が湧かなかったりしますから。
「じゃあお店から移動しましょうか。お二人とも、今日はなにか買う予定のものや、見たいものはありますか?」
「んー。私はない」
「俺もないですね」
本当はベリーの恋の予感を応援するために、カフェでお茶をしたあとは女性服のお店でベリーのファッションショーをして、レオにドキドキしてもらおうと計画していたのですが。その必要性も薄まりましたし。
二人になにか欲しいものや見たいものがあるのなら、そちらを優先しようと思ったのですが……。
「レオはラズーのお店で知りたい場所とかありませんか? 日用品が売ってる場所や、騎士の方御用達の武器屋さんとか」
「あー……、実はもう先輩たちから教わってて」
「そうですよねぇ。騎士の皆さん、面倒見の良い優しい方ばかりですものね」
騎士の先輩方が教えてくださる情報より価値のあるものは、わたくしではレオに教えて差し上げられません。
しょんぼりしていると、レオが「あ!」と声をあげました。
「店屋とかは大丈夫っスけど、ラズーの名所とか! 観光スポットとか知りたいっす!」
レオがわたくしに気を使ってそう言いました。
大神殿以外の名所と言えば、海沿いにある魚市場も観光客に人気ですし、このメインストリートにあるラズー硝子の工房などもホットスポットです。どこも素敵な場所ですが……。
「あ、『浄化石』はどうでしょうか?」
派手な観光スポットではありませんが、以前アンジー様に連れて行っていただいた時はちょっとした小船遊びみたいで楽しかったですし、皇都で暮らしていたレオにはあれほど美しく澄み渡った大きな川は初めてでしょう。
ベリーとも出掛けたことのない場所なので、彼女もきっと楽しめるはずです。
そう説明すると、二人は頷いてくれました。
「オジョーサマおすすめの場所なら、どこでも楽しめます!!」
「私も『浄化石』は初めてだから楽しみ」
二人の同意を得た所で、わたくしたちは『浄化石』を見るために、船着き場へ向かうことにしました。




