65:女装の上に付き纏いとか、どれだけ罪を重ねる気だ変態野郎(レオ視点)
交代の騎士が来たので警備の仕事が終わり、俺は大神殿から騎士寮に向かう。
近道である庭園の小路を歩いていると、空に細い三日月が昇っていた。もう深夜だ。
「……はぁぁぁ」
立ち止まって月を見上げちまうと、一気に仕事の気分が抜けて『恋に酔う馬鹿な男』の気分に切り替わってしまった。
またオジョーサマに会えた。
うっかり声かけちまった。
オジョーサマ、やっぱ俺のこと覚えてなかったけど、ちゃんと思い出してくれたから嬉しい。
俺、どんな顔してただろ。なんかめちゃくちゃ変なこと言ってしまった気もするし、何も言えなかった気もする。
あー、すげーダセェ俺。時間が戻るんならもう一回、オジョーサマとの再会をやり直したい。もっといい感じにオジョーサマと話したかった。
でも、さっき見たオジョーサマの笑顔が可愛かったから、あの表情を見れただけで充分という気持ちにもなる。
「胸が苦しいぜ、オジョーサマ……」
無意識に溢れる溜め息が、なんか熱く感じる。俺の溜め息に色が着いているとしたら、絶対桃色だ。
庭園を吹き抜けていく夜風すら、俺の熱を冷ますことが出来ないぜ。
……なんか俺、すげぇポエミーだな。オジョーサマについて考えてると、脳ミソから普段使わねぇ単語が出てきて怖いな。
ま、それだけオジョーサマに惚れてるってことだな、へへ。
初恋に浮かれる青少年の見本って感じでもはや鼻唄を歌いながら庭園を進んでいくと、俺の視界に奇妙なものが映った。
なんか白い鹿? が、庭園の植物の切れ間から一瞬見えた。
え? ラズーに鹿って生息してんの? しかも大神殿にいんの?
俺は慌てて鹿が見えた辺りまで引き返し、植物の間を覗きこむ。
白い鹿は見間違いだったのかいなかったが、代わりに人が切り株に腰掛けていた。
長く赤い髪に白いワンピース姿の男、ベリーだった。
「うわっ、アンタ、こんな夜中になにやってんだよ!?」
こんな変態に声をかけたかったわけじゃないが、心の声がポロッと俺の口から漏れる。
そういえばオジョーサマにもこんな感じでうっかり声をかけちまったんだよな、と頭の片隅で思い出した。
切り株に腰掛けたままぼんやりと大神殿の建物を見上げていたベリーが、俺の声に振り返った。
細い月明かりしかない夜だと世界の輪郭がおぼろげになり、この変態の輪郭もぼやけて、より一層女のように見えた。きめぇ。
「……あー、さっきペトラと一緒に居るときに会った、……レオだっけ?」
俺を指差して小首を傾げるベリーに、「いや、人のこと指差すなよ」と答える。
植物の間をガサガサと通り、俺はベリーの前に立った。
「こんばんは、レオ」
「……こんばんは。あんた、こんなところで何してんの?」
本来神官聖女は、俺たち神殿騎士が命を賭して守るべき相手だ。俺の方が格下で、こんな無礼な言葉や態度をしていい相手じゃない。
でも俺はすでに今日の仕事は終了。
そしてこの男はオジョーサマの周囲で女装をするという変態行為をしているヤベェ奴だ。
よって、ため口で威嚇してもいい! 屁理屈万歳だ!
「私? 私はペトラの部屋を見上げていたんだ」
「え、オジョーサマの部屋!?」
「あそこ。一番左端」
「へぇ~、あそこがオジョーサマのお部屋か……」
思わず『オジョーサマ、今ごろ寝てんのかな』ってぽわわんとした気持ちで部屋の窓を見上げちまったが、すぐに正気に戻る。
「いや、お前、これって付きまといじゃん!?」
「付きまといって?」
「人の部屋を外から監視してるとか、マジで危ねー奴のすることじゃん!!」
「……そうなんだ。知らなかった。駄目なことだったんだね」
「こういうこと、もう二度とすんなよ。ただでさえアンタは女の格好してるだけで変態だっつーのに、変態度が上がるぞ」
「へんたい」
ベリーは未知の言葉を呟くように言う。
「それって、私が変ってことだよね」
「男が女の格好してんなんて、変に決まってるだろ。自覚なかったのかよ? 無自覚の変態とか、より一層ヤバくねぇ?」
「男の人が、女の人の格好をするのは、へん……」
「なぁ……あんた、本当は男なのに女っていうことで周りに通してんだろ?」
オジョーサマがコイツのことを紹介してきた時も、オジョーサマはベリーが女であることを本気で信じきっている様子だった。
騎士団の人たちもベリーのことを可愛い年頃の少女だと思い込んでいる。
きっとこの大神殿に来た頃から、ベリーは女と偽って暮らしてきたに違いない。
「アンタがどうして女の振りなんかしてんのかは、どうでもいいけどよ」
もし『私の趣味なんだ』とか『本当は女の子になりたいんだ』とか言われても、どんな反応すればいいかわかんねぇし。キモすぎてブン殴っちまうかもしれねー。
さすがに神託の能力者を殴ったら、騎士団から追い出されちまう。
「頼むから、オジョーサマを泣かすことだけはしないでくれよな」
女の振りでオジョーサマを油断させて酷いことをしようとしたら、もぎ取ってマジもんの女の子にしてやるぞ。
俺はそう思って、ベリーを睨み付ける。
だがベリーは俺の鋭い目付きなどちっとも怖くないようで、ふわりと微笑んだ。
「レオは優しいんだね」
「オジョーサマ限定だ」
「ペトラのことが好きなんだね」
「当たり前だろ!!」
ベリーの声が優しく柔らかいので、逆に馬鹿にされているような気持ちになり、強く言い返す。
けれどベリーはただ穏やかに頷いただけだった。
「うん。当たり前だ」
「……アンタと居ると調子が狂うな。とにかくオジョーサマに変なことすんな! 付きまといもすんな! わかったな!?」
俺は言いたいことだけ言うと、その場を立ち去ることにする。
もと居た小路に戻ろうとする俺の背中に「またね、レオ」と変態が声を掛けてきたが、無視して騎士寮まで走った。
白い鹿のことはすっかり忘れてしまっていた。
▽
「へん、かぁ……」
白いワンピースを指で摘まみ、私は先程嵐のように現れて去っていったレオの言葉を思い出しながら、溜め息を吐く。
「ペトラの部屋を外から見守るのも、駄目かぁ……」
ペトラの部屋の中に入りたくなくなってから、よくこうして彼女の部屋の窓を見上げていた。
少しでもペトラを感じていられたらと思っていたのだけど。いけないことなら止めなくてはいけない。
ペトラの部屋の合鍵はいつでも胸元にぶら下げている。ペトラも「いつでもいらっしゃい」と言ってくれる。
だけど行きたくない。彼女の部屋に入りたくない。やっぱり入りたい。
彼女の傍に居るのが怖い。けれど近付きたい。
相反する気持ちが胸の内で鬩ぎ合っていて、苦しい。
「……ペトラ」
本当にこれで最後にするから、と思いながら、私は彼女の部屋の窓を見上げた。
「私は、一体なんなのだろうね」
ずっとペトラの隣で〝女の子〟として生きていくのだと思っていた。
そのことに疑問も不満もなかったのに。
レオに真っ正面から突きつけられて、うっかり考えてしまった。
本当は男なのに、どうして女の子の振りをしているのだろう、って。
きっと、考えることすらいけない事だったのに。
いつも評価ブクマいいね誤字報告ありがとうございます!おかげさまで連載二ヶ月続けることができました。
先の展開で齟齬が生じたため、34話で豊穣石が停止した領地はトウモロコシ畑が有名と書いていたのを、穀倉地帯に変更しました。収穫時期の問題なので、覚えなくて大丈夫な設定です。




