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64:立派になったガキ大将



『ペトラお嬢様』とわたくしの名前を呼んだ神殿騎士は、二つ三つ年上という感じの青年でした。

 青みがかった黒髪は清潔そうな短髪で、目付きは鋭いですがイケメンの部類です。ここは乙女ゲームの世界ですが、彼には野球少年漫画のクール系イケメン枠が似合う気がしました。


 公爵家で暮らしていた頃に、お茶会で会ったどこかの令息でしょうか。

 皇城にいる近衛騎士団の方が貴族出身者が多いですけれど、神殿騎士団にも貴族出身者は一定数居ます。

 入団試験は十六歳から受けられるので、そろそろ神殿騎士団の方にも知っている家の次男や三男が入団していてもおかしくはないのでしょう。わたくしも歳を取りましたわねぇ(感慨)


 ですが、目の前の騎士から貴族令息らしい気品や落ち着きはまったく感じません。

 驚愕の表情を浮かべたまま、意味もなくバタバタと両手を動かし、口も金魚のようにパクパクしています。


 騎士から続きの言葉が出てこないので、わたくしの方から尋ねることにしました。


「申し訳ありませんわ、騎士様。わたくし、どこかであなたとお会いしたことがありましたでしょうか? 覚えていなくて、ごめんなさい」

「俺! レオですっ!!!」


 だから、どなたですか、レオって。


 彼の一人称が『俺』なので、貴族ではないことは分かりましたけど。貴族は『私』か『僕』が多いですもの。


「六年前、オジョーサマに治癒して貰ったレオです!! 馬車事故で内臓ぶちまけて、足も千切れちまったのを治癒して貰いました!!」


 凄惨だったあの馬車事故のことなら、わたくしも覚えています。

 即死していてもおかしくなかった怪我人を、無我夢中で治癒しました。


 あのとき、わたくしが治癒した少年は……。


「ガキ大将……!?」


 貧民街の子供たちのリーダーだったガキ大将は、ガリガリに痩せていて、着ている服もボロボロ、髪も乱雑に切られていてボサボサでした。


 確かに目の前の青年に、ガキ大将の面影があるような気もしますが……。

 こんなに立派で爽やかな神殿騎士になっているとは、言われなければまったく分かりませんでした。


「は、え、……がきだいしょう?」

「あなた、ガキ大将でしたのね!?」

「え、オジョーサマ、俺のことそう呼んでたんスか?」

「あなたのお名前を知らなくて、つい……。気を悪くさせてしまったのなら、本当にごめんなさい」

「あ、いえ! オジョーサマになら、俺、別になんて呼ばれててもいいですから!」

「これからはちゃんとお名前でお呼びいたしますわね。

 ……本当にお久し振りですね、レオ。お元気そうでなによりです。神殿騎士団に入られたのですね」

「あ、はいっ」


 立派になった今の姿を、かつて浮浪児だった頃を知る人間に見られるのが気恥ずかしいのか、レオは照れたようにはにかみました。


「……オジョーサマがラズーに旅立たれたあと、ハンス師匠から剣術や体術を学んだんです。すげー世話になって……。それで、その、神殿騎士の入団試験に受かることが出来ました!」

「まぁ! ハンスが!?」


 そういえばハンスから届く手紙に、『ペトラお嬢様の役に立つ仕込みをしてるんで、楽しみにしててください』と書かれていることが何度かありました。

 あまりに漠然とした内容だったので、見当もつかなかったのですけど……。

 今にして思えば、レオのことだったのでしょう。


「たくさん努力されて騎士になられたのですね、ご立派ですわ」

「いや、そんな、やっと出発点に立てたって感じですよ」


 ただ安定した生活を手に入れたくて、という訳ではなく、何か目標がある素振りでレオが言います。なので話の続きを待ってみましたが、彼はそれ以上は口にしませんでした。


「……ペトラ、この騎士はだれ? 知り合いみたいだね」


 レオとの再会に驚いたり喜んだりで、隣に居たベリーのことをすっかり忘れていました。

 慌てて彼女の方に顔を向けます。


「ベリーの知らない人と、急に話し込んでしまってごめんなさい。貴女を仲間外れにしようとしたのではないのです」

「うん、わかってるよ」

「この騎士はわたくしが皇都にいた頃、治癒したことがある方なんです。レオとおっしゃるの。

 レオ、こちらはベリー見習い聖女です。たぶん騎士団の先輩方からお聞きしていると思いますが、彼女はこの大神殿で最上位の『神託の能力者』です。いついかなる場合も、彼女の身を優先して守ってあげてください」

「初めまして、レオ。私はベリー。よろしくね」


 ベリーとレオの仲を取り持ちます。


 ベリーは挨拶と同時にぺこりと頭を下げましたが、レオは苦虫を噛んだような表情になっていました。


 美少女相手に反応がおかしいですわよ、レオ。普通の騎士ならベリーに見惚れてぽ~っとなるところですよ?


「どうかしたのですか、レオ?」

「……いえ。ベリー、見習い、聖女、様、これからどうぞ、よろ、しく、お願いします……」


 最後は声が掠れて聞こえないほど小さくなりましたが、レオも初対面の挨拶を無事に終えました。


「お仕事中に私用で話しかけてしまってごめんなさい、レオ」

「いえっ、むしろオジョーサマの名前を呼んじまったのは俺の方ですから! 悪いのは俺です!」

「今度お時間があるときにでも、ハンスやマリリンさんたちのお話を聞かせてください。

 では、警備のお仕事、がんばってくださいね」

「はいっ!! オジョーサマも、ごゆっくり休んでください!!」

「ええ、ありがとう」


 こうしてレオとの再会が終わり、本来向かう予定だった遊戯室へと、ベリーと一緒にまた移動し始めました。


「……あら?」


 ふと、わたくしは気付きます。


「もしかして、レオとならお友達になれそうでしょうか……」

「どうしたの、ペトラ?」

「いえ、ただの独り言ですわ」


 わたくしの狭い交遊関係が少し広がってくれそうな予感を、胸に仕舞いました。


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