63:ペトラは友達が少ない
恋人うんぬんの前に、わたくしの交遊関係が狭すぎる、という問題に気が付きました。
わたくし、お友達と胸を張って言える人が、ベリーしか居ません。
治癒棟の皆さんには仲良くしていただいていると思うのですが、歳が離れているので基本的に末っ子扱いです。娘扱いの人もいらっしゃいますし、アンジー様とか。
パーシバル2世様には婚約者のモニカ様がいらっしゃるので、考えなしに仲良くすることが出来ません。
ならばモニカ様とお友達になれればいいのですが、わたくし、相変わらず彼女から嫌われております。
初対面の頃のモニカ様はまだ八歳でしたが、今は十二歳。この年頃になると、女の子なんて本当に“女”です。女性として知略を巡らせ、本音と建前を操るエキスパートになります。
なので今のモニカ様は対面すると、それはそれはもう本当に物腰柔らかく微笑み掛けてくださるのですが……。
「まぁ、ハクスリー様もパーシバル様の誕生日パーティーに出席してくださったのですね。大神殿でのお仕事がお忙しいでしょうに、わざわざ。あちらに誕生日ケーキが用意されているので、ぜひたくさん食べて行ってくださいね、美味しいですよ♡」
意訳:早く帰れ。ついでに豚のように太っとけ。
モニカ様が成長されて考え方が大人になったら、仲良く出来るかもしれないと、夢見ていた頃もありました。
ですが、それはもう過去の話。
考え方が大人になったらなったで更にパワーアップされてしまったので、モニカ様とお友達になれる可能性を探るのは諦めました。わたくしには無理です。
そのくせモニカ様は、ベリーとは普通にお話しされるんですけどね。
わたくしにだけ妙に冷たいのですわ。
やはり2世様の一番最初の見合い相手であったことが尾を引いているのかと、それとなくオブラートに包んでモニカ様にお尋ねしたところ。
「ハクスリー様がわたしのことを気に掛けてくださるなんて、思いもよりませんでしたわ。本当にお優しい方ですのね。皆さんもよくそう仰っていますよ。
ハクスリー様はいつもお姫様のように皆様のお話の中心にいらっしゃるから、てっきり、わたしのことなんて眼中にないのかと思っていました」
超訳:い け 好 か ね ぇ 。
モニカ様にとってわたくしはどうしても相容れないタイプの人間なんだな……、ということだけ分かり、即座に撤退いたしました。だって怖いんですもの。
こんなモニカ様が常にひっついている2世様と仲良くしようなどと考えるのは、もはや彼女との全面戦争を意味します。無理です。
ちなみに3世様と仲良くしようとすると、婚約話がまたウォーミングアップを開始します。
3世様は次男ですが婿に出るのではなく、2世様の領政をお支えするためにラズーに留まるので、嫁入り出来る婚約者を絶賛募集中なのだそう。
ならば、大神殿内で新しいお友達を作ってみるのはどうでしょう。
治癒棟にはわたくしが入って以来新人さんがやって来ていませんが、大神殿全体で見れば年に数人ほど見習い神官聖女が入ってきています。
わたくしと歳の近い方も増えてきましたし、今年は同じ歳の見習いも入ってきました。
今まではその方たちと関わる機会がなかった上に、公爵令嬢の地位+九歳から大神殿で暮らしているという古参っぷりに、むしろ避けられている感じがしていました。
でも、モニカ様との間にあるような心の壁は、まだ築かれてはいないはずです。
見習いの方たちとまだ仲良くなるチャンスが眠っていると思うのです。
わたくしも、もう十四歳。
自分の世界を広げる時が来たのです。
「ベリー以外の方とも仲良く出来るよう、がんばってみましょう」
まずは一言、挨拶から。声を掛けていこうと思います!
▽
「……そう思っていたはずなのですけどねぇ」
「ん? ペトラ、今なにか言った?」
「いえ、ただの独り言ですわ」
「ふーん」
治癒棟の勤務が終わり、夕方のお祈りの時間が済むと、今日は早めに会議が終わったベリーと久しぶりにいっしょの夕食です。
見習い用の食堂で二人掛け用のテーブルを挟み、ベリーと向かい合って日替わりメニューを食べます。
昔はベリーが居るだけで周囲の人々がざわめきましたが、今では皆さんもベリーの存在に慣れたのか、それほど注目を浴びません。
ベリーが美少女なので皆無というわけではないのですが、ずいぶんと落ち着きました。
そしてベリー本人も、自分で食事を注文し、食事を受け取り、席を確保したり食器を運んだりということが、当たり前に出来るようになりました。
人類の進化の歴史を目撃するような感動が胸に湧きますわ。
目の前でベリーがスプーンを使い、肉団子の入ったトマトスープをぱくぱくと食べています。
時折ちぎったパンにスープを吸わせ、それも美味しそうに食べていきます。
わたくし、そんなベリーを見るだけで幸せな気持ちです。
「あ、パンが無くなっちゃった。私、お代わりをもらってくるね」
「はい。いってらっしゃいませ」
椅子から立ち上がり、食堂の注文口に向かうベリーの背中を見送りながら、わたくしは小さく溜め息を吐きます。
「はぁ……。ベリーといっしょに過ごせる休憩時間はめいいっぱい彼女のために使ってしまいますし、ベリーがいない休憩時間は寂しくて他の方に声を掛ける気持ちすら湧きません……」
毎日毎日、ベリーが居ても居なくても彼女のことを考えて過ごしてしまい、時間が消費されていきます。こんな調子では、新しいお友達を作る時間がありません。
わたくしがこんなに意志薄弱だから、子離れが出来ないって皆さんに言われてしまうのでしょうね……。
「見て、ペトラ。食堂の人がパン大盛りにしてくれたよ」
お皿に積まれたパンを掲げて、ベリーが嬉しそうに戻って来ました。
昔はちっとも食事を取ってくれなかったベリーが! 今では大盛りのパンに喜んでいます……!
「良かったですわねぇ、ベリー。ちゃんと食堂の方にお礼を申し上げましたか?」
「もちろん」
ベリーが良い子に育ってくれて、大変嬉しいですわ。
先に夕食を食べ終わったわたくしは、そのまま、ベリーがたくさん食べるのを見守りました。
……正直、女の子にしてはベリーの食事量は多い気もしましたが、成長期ですしね。
それにベリーはたくさん食べてもちっとも太らず、代わりに背がぐんぐん伸びているので、あまり気にしなくてもいいと思いますわ。
前世でも大食いアイドルとか居ましたし。ベリーもきっとそんな感じの消化構造をしているのでしょう。
▽
夕食を終えて、ベリーと大神殿内を移動します。
最近のベリーはあまりわたくしの部屋に来てくださらなくなったので、空いている遊戯室でボードゲームをしたり、休憩室で読書をしたり、テラスに出てただ星空を眺めているだけの日もあります。
そんなふうに二人でのんびりと過ごし、どちらかがお風呂に入る時間になったらお別れです。
これくらいがお友達付き合いとして適切な距離かもしれませんが、昔の甘えん坊なベリーの印象が強いので、どうしても物足りなく感じてしまいます。
またベリーと一緒に夜を眠りたいなぁと、思ってしまうのです。
「今日はなにをしましょうか、ベリー」
「ペトラのしたいことでいいよ」
「それが一番悩む返答ですわねぇ」
遊戯室でチェス盤でも借りようか考えながら、廊下を進んでいきますと。
「ああっ!? ペトラオジョーサマァァ!?」
突然、警備のために廊下に立っていた神殿騎士が、わたくしを見て大声をあげました。
青みがかった黒髪と鋭い目付きをしたその神殿騎士は、まだ配属されたばかりという感じの青年で、とても驚いた表情でわたくしを見ています。
わたくしの名前を知っている上に、見習い聖女ではなく公爵令嬢としての敬称で呼ぶあたり、皇都時代の知り合いだと思うのですが……。
どなたでしょう……? 記憶にありませんわ。




