62:俺物語④(レオ視点)
時間軸が58話に繋がります。
神殿騎士に入団してからの毎日は、やっぱ貧民街での生活とはまったく違った。
まず寮に住むことができる!
個室を貰えるのは階級が上の連中だけで、新人の俺は六人部屋だったけど、まず、日常的にベッドで寝ることが出来るってスゲェ。
貧民街でもボロ毛布を拾って使ってたけど、寮の備品の毛布はめっちゃふわふわ。あったけぇ。
世の中の人って、普通はこんな気持ちいいところで寝てんだよな。人間っていいな。
部屋にはベッドのほかに、荷物を入れておく小さなチェストが一人ずつ用意されんだけど、俺はマジで入れるもんがねぇ。
支給品の制服と、ラズーまで着てきた服、あとは旅費の残りと護身用に使ってたナイフくらいだ。
ここで生活しているうちに物とか増えんのかな……。
自分の物が増えるとか、貧民街じゃまず考えられない事象だからビビる。盗まれてなくなることの方が当たり前だったし。
飯も食堂に行けば食い放題だし、大浴場もある。
洗濯とかは自分でしなきゃなんねぇけど、まず石鹸が備品ってだけでスゲー。なにその高級品。洗濯なんて水で適当にすすぐもんじゃねぇの? って、もはや文化の違いを感じたわ。
新人の生活は、朝から晩まで訓練して、先輩騎士たちの補助や掃除なんかして、目まぐるしいほど忙しい。
でもこれで毎月給料まで出るんだから、本当スゲー幸せだ。
俺、今、人間の生活してんだなって、日々感動しちまう。貧民街での生活は、野良犬とあんま変わんなかったわ。
そうやって新生活に馴染むために努力してる最中でも、俺はオジョーサマの情報収集を続けた。
治癒棟の警備についている先輩騎士にオジョーサマのことを聞いたり。大神殿内の警備の先輩騎士や、掃除のおばちゃんとか、職員のひとにも聞いたりした。
最初はみんな、俺がオジョーサマのことを尋ねると訝しげだったけど、俺がオジョーサマを守るために皇都からやって来たことを知ると好意的な態度になった。
「レオ、高望みすぎだぞ」「いいねぇ、そういう純情な初恋は」「振られるまで応援してやるよ」って、笑ってくれた。
別に叶わなくていいんだよ、俺の気持ちなんて。
だから『いつか良い思い出になる初恋』みたいな前提で、俺の、俺だけの想いを、知ったかぶった顔で語るんじゃねぇ。
そう言ってやりたかったけど、オジョーサマの情報をくれる人に噛みつくわけにはいかねーから、俺も笑って「だからオジョーサマのこと、教えてください!!」って明るく返した。
オジョーサマは庭園で過ごすのが好きで、天気のいい日は東屋で飯を食ったり、読書したりしてること。
乗馬を習うために馬場に通ってること。
週の真ん中に、図書館へ本を借りに行く姿が目撃されること。
給料支給後の週末はラズーの街に降りることなんかも、教えてもらった。
あと、オジョーサマに年の近い女友達が出来たらしい。
「ベリー見習い聖女様とおっしゃるんだが、大神殿だけの秘密だが『神託の能力者』であらせられるんだ。大層お美しい方で、よくペトラ見習い聖女様といっしょにいらっしゃるのをお見かけするよ」
「お二人は姉妹みたいに仲がよろしくてな、見ているこっちが癒されるぞ」
「騎士の間でもファンが多いんだが、神官様たちの間でもお二人はかなり人気でな、ファンクラブがあるらしい」
「ペトラ見習い聖女様のファンはまだ大人しいが、ベリー見習い聖女様のファンには一部過激な連中がいる。なにせ未来の『神託の大聖女』様だからな、もはや信仰だ」
「へー! そうなんっすねー!」
オジョーサマに彼氏が出来たとかだったら、俺もなんだかんだ百年くらい落ち込んじまっただろうけど、女友達ならめちゃくちゃ大歓迎だ。
ハクスリー公爵家からこんなに離れた遠い地に来て、九歳のオジョーサマはどれだけ心細かっただろう。
そんなオジョーサマの心の支えになってくれた女子が居るなんて、マジで感謝の念しかない。
俺がそんなふうに周囲の人からオジョーサマのことを聞きまくるんで、俺がオジョーサマ大好きってことが騎士団の人たちにどんどん浸透していった。
そのうち新人も大神殿内の警備に出されるようになって、そのなかでオジョーサマを見かけた奴らが俺に声を掛けてくれるようになった。
「今日、ペトラ見習い聖女様を庭園でお見かけしたぞ。レオの言う通りめちゃくちゃ公爵令嬢だったし、おきれいだった」
「俺も見かけた。庶民とは気品がまるで違うわ、あれは。身の内側から光り輝いているって言うか……」
「レオ、お前、女の趣味が良すぎるぞ。あれはオレも好きになっちゃうタイプだ」
「だろ? だろ? オジョーサマ、最高だろ?」
オジョーサマの情報は結構入ってくんだけど、俺自身はまだオジョーサマに会えていなかった。
大神殿や治癒棟で守られている見習い聖女様に、ただの新人騎士が面会を求めるとか、ありえねーし。
警備中もまだオジョーサマの姿を見かけることが出来ずにいる。
早く会いたいなぁ。
やっぱ偶然を装って、週末にラズーの街で張ってた方がいいか? でも不審者扱いされねぇ? オジョーサマに不審者扱いされたら死ぬ、心が死ぬ。
治癒棟の退勤時間に合わせてオジョーサマのもとに突撃……いや、無理だ。俺は普通に勤務時間だ。新人は朝から晩までみっちり仕事が入っている。
そうやってもんもんと過ごし、気が付いたら入団して三ヶ月が経っちまっていた、その日。
俺は庭園の警備に配属された。
▽
先輩騎士といっしょに、庭園の巡回ルートを歩いていくと、東屋の屋根が見えた。
オジョーサマがよく東屋に現れるという情報を忘れていなかった俺は、その古代風な石造りの東屋をガン見した。時間がちょうど昼時だったのもあって、会える確率も高かった。
そして東屋の中からーーー……。
「じゃあ、夕方のお祈りの時間にまた合流しましょうね、ベリー」
「もしかしたら、遅れるかも。会議が最近長引いてるから」
「……そうですか。では夕食は? ご一緒できますか?」
「会議が長引いたら自分の部屋で食べるから、ペトラは先に食べていて。寝る前までにはペトラに会いに行くね」
「あまり無理はなさらないでくださいね。お疲れでしたらそのまま自室で休んでください」
「ううん、疲れてはいないから」
幾分か大人っぽくなった、オジョーサマの声が聞こえてくる。
俺は急いで東屋の中が見えるところまで、小路を走った。
後ろから「おいこら、レオ! 勤務中だぞ!」って怒られたけど、見るだけっすから。
マジで一瞬、オジョーサマのお姿を見るだけっすから!
東屋のなかが見えた。
マジでオジョーサマが居る。
ベンチに腰掛けて昼食を取っているオジョーサマは、俺の記憶の中の九歳のオジョーサマの面影がありつつも、十四歳らしい美少女に成長されていた。
昔より伸びた薄紫色の髪を高い位置で一本に結び、身軽そうな見習い聖女のワンピースを身に付けていらっしゃる。それだけで以前のイメージとは全然違う。
身長も高くなったし、首や顎のラインも幼さが消えてスッとしている。けれどその銀色の瞳は相変わらず高貴な雰囲気が滲んでいた。
ああ、マジでオジョーサマだ。
ずっとずっと会いたかった初恋の人が、相変わらずきれいなまんまだった喜びに、俺の胸は震えた。
オジョーサマは側に座る相手に話しかけている。たぶんあれが噂の、オジョーサマのダチなんだろう。
確か名前は“ベリー”だっけ。
そんなことを思い出しつつ、俺は隣の人物にも視線を移したのだがーーー……。
そこに居たのは、『女の格好をした変態』だった。
確かにそいつの顔は、恐ろしいほど整ってやがる。
赤っぽい髪も腰まで長さがあるし、見習い聖女のワンピースを着ている。
だけど、寒くもねぇのに首にぐるぐる巻かれたストールの怪しさ!
袖から覗く腕の骨っぽさ!
肩回りとか腰回りの骨格が、全然、女のそれじゃねぇ!!!
貧民街のガキに、物乞いをするときに受けがいいんで女の振りをする奴がいたから、分かる!
どんなに女顔をしていても誤魔化せねー部位があんだよ!!
なんなんだ、この男は!!
どう見ても、オジョーサマに近付く変態じゃねーか!!
俺が声も出せずに唖然としていると、追い付いた先輩騎士に首根っこを掴まれた。
「おい、レオ。お前がペトラ見習い聖女様が大好きなのは分かってるが、今は勤務中だ。巡回ルートに戻るぞ。俺たちがこうやって警備をすることで、神官聖女様を不審人物からお守りすることができるんだ。いいな?」
「は? いや……っ、不審、なら、すでに……っ!」
オジョーサマの隣に、すでに超絶ヤベェ奴が居るんスけどっ!?
俺はうまく動かない口をぱくぱくしたまま、先輩騎士のぶっとい腕で子猫のように運ばれてしまった。
オジョーサマァァァアア!!!
なんなんスか、そいつぅぅぅぅ!!!!!
声にならない叫びだけが、俺の頭んなかで警鐘のように響き渡っていた。




