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60:俺物語②(レオ視点)



 大神殿へオジョーサマが旅立ってから、俺はオジョーサマの護衛だったハンス師匠に剣術や体術を習い始めた。


 貧民街での戦い方は体で覚えてきた俺だけど、剣を握ったのは初めてだったし、筋肉や体幹の鍛え方、人体の急所なんてものも初めて知った。頭や首や金的とかがヤベェのは経験則で知ってたけどよ、脇の下とかは知らなかったぜ。


 ハンス師匠に教わるために、毎日貧民街からハクスリー公爵家へ通った。

 師匠が教えてくれる時間は、休憩時間や勤務が終わってからで、それまでは周辺を走ったりして体力作りに費やした。

 そのうち、暇なら使いに出てこいと公爵家の使用人たちに言われるようになり、小遣い稼ぎが出来るようになった。

 ハクスリー公爵家の護衛団ともだんだん仲良くなって、剣術の稽古相手をしてもらえるようになった。





 そうやって毎日自分を鍛え続け、騎士団入団試験が受けられる十六歳になった。

 最近はハンス師匠や護衛団の人たちからも一本取れるようになってきた俺は、そろそろ神殿騎士団の入団試験を受ける気だということをハンス師匠に伝えた。


「俺も今年で十六です。入団試験を受けられる歳になったんで、ラズーに行こうと思います」

「レオ、おまえ、旅費はあんのか? 皇都からラズーへ行くのに、ペトラお嬢様は大神殿の馬車でも一ヶ月かかったぞ?」

「使いっ走りで貯めた金があるんで、乗り合い馬車で行けるとこまで行って、あとは徒歩でもなんでも辿り着きます!」

「レオが貰ってた駄賃じゃ、ラズーまで半分も行けねぇじゃねーか」

「足には自信があるんで、徒歩でも行けます!」

「なんでそんな楽観的なんだ、レオは。飯や水の補給がなくなったら徒歩どころじゃねぇだろ。夜や人気のない場所は、盗賊にも注意しねぇとダメだしよぉ」

「貧民街育ちなんで、食える雑草とかわかるし、命の危険も慣れてます!」

「明るく言うことじゃねー」


 ハンス師匠は深く溜め息を吐いた。

 呆れたような表情で、ハンス師匠が俺に言う。


「……わかった。俺から三本取れたら、免許皆伝だ。神殿騎士の入団試験を受けにラズーに行っていいぞ」

「うっす! 勝負、よろしくお願いしますっ!!」


 そこから二ヶ月かかっちまったが、俺はハンス師匠から三本取ることが出来て、無事免許皆伝した。


 ラズーに出立する前日、ハンス師匠が餞別をくれた。


「皇都からラズーまでの旅費だ。おまえが貯めてた金はギリギリまで取っとけ」

「ハ、ハンス師匠、そんなっ、いいんスかっ!?」

「ペトラお嬢様のところに辿り着く前に死なれたら、お前を育てた意味がねぇだろうが」

「ありがとうございますっ、ハンス師匠!! まじで助かります!!」


 メイドのリコリスさんからは手作りの携帯食(すっげぇ固いクッキーみたいなやつ)を貰ったし、護衛団の人たちからは使い古しの旅行用ローブとかも貰えた。雨でも濡れない生地なんだそう。

 ほんと良い人たちばっかで、ハンス師匠のもとに通っていた日々全部が宝物だ。

 こうやって貰った恩は、絶対ぜったい忘れねぇ。


 俺は何度もハンス師匠たちにお礼を言って、ハクスリー公爵家をあとにした。

 このままラズーに旅立っちまっても良かったけど、最後にもう一ヶ所、俺は向かった。





 貧民街の舎弟たちに別れの挨拶をしようと、広場に向かえば。

 舎弟のほかに、女帝マリリンとその孫たち、『銀世代』の連中まで俺を待ち構えていやがった。


「兄貴~! ついにペトラの姉御のところに行くんスよね! 俺らマジで応援してます~!!」

「神殿騎士団入団試験、レオの兄貴なら絶っっっ対受かります! オレらの分もペトラの姉御の力になってあげてください!!」

「「がんばってください、兄貴~!!」」


「おうっ、任せとけ! オジョーサマをお守りする為に、絶対神殿騎士になってやるからよ!」


「さすが『黒獅子のレオ』です!」

「しびれます! きっとペトラの姉御もレオ兄の良さを分かってくれます!!」


 ヒューヒューと下手な口笛を吹いてくる舎弟たちの頭をどやしていると、今度は女帝マリリンたちが近付いてきた。


「おい、クソガキ。お前なんかがお嬢さんに手を出したら、あたしが毎晩お前の枕元に出てやるからね、覚悟しな」

「オジョーサマに手なんか出すわけねえだろ。女帝マリリン、あんた、実は死んでたのか? 俺の枕元に出てくる暇があんなら、さっさと成仏して地獄に行っとけ」

「あたしは百まで生きるからね。幽体離脱か呪詛を覚えるんだよ、これから」

「知ってっか、女帝マリリン。大神殿には除霊の能力者がそういう結界を張って守ってんだよ。魂が消失すんぞ」

「ふんっ。つまらんねぇ。クソガキの初恋も邪魔してやれないのかい」


 相変わらず喧嘩腰の女帝マリリンに、孫たちが「ダメだよ、おばあちゃん。そんな口調じゃ。レオさんにお別れを言うんでしょう?」「ペトラお姉ちゃんによろしくねって、伝言を頼むんでしょう?」と横から声をかけている。

 相変わらず孫たちには女帝マリリン成分がなくて驚く。実はどっかの家から拐ってきたんじゃねぇのか。


 女帝マリリンは「ふんっ」と、そっぽを向いて言った。


「……レオ、お嬢さんの役に立ってきな」


 だから無事にラズーへ辿り着いて、騎士になってこいと言うことか。相変わらず遠回しな言い方をするババァだぜ。


「当たり前だろ」

「……ふん」


 そのあとは『銀世代』のジジババたちから、


「ペトラちゃんに迷惑をかけるでないよ、うすのろ」

「どうせペトラちゃんから振られるだろうが、死ぬんならペトラちゃんの役に立ってからだぞ」

「お前がワシの若い頃くらい男前だったらなぁ、ワンチャンあったかもしれんが、レオは目が鋭すぎて一般受けしないんじゃよなぁ」


 などと好き勝手言われまくった。うるせぇ。


 それでまぁ、ひやかされたり貶されたり色々言われまくったが、最後に貧民街の端にできた共同畑で収穫された芋を焼いて、みんなで食った。


 もう二度とこんなふうに貧民街で過ごすことはないかもしれない。

 そう思うと、なんとなく芋が胸の奥につっかえるような気がした。





 そして翌日、俺は乗り合い馬車で皇都を出発した。


 聖地ラズーは有名な観光都市なので、馬車を乗り継いでいけばわりとなんとかなる。

 途中に寄る村や街も、ラズーへ向かう観光客や信者のための宿屋が用意されてあったりと、整備されていた。


 ハンス師匠から旅費は貰ったが、俺は出来るだけボッタクリ価格の馬車には乗らないようにした。宿も高ければ、家畜小屋に一晩泊めさせてもらったりして、金を節約した。

 だって、ラズーに着いてからも金は要る。

 神殿騎士の入団試験が始まるまではラズーで宿を借りなきゃなんねぇし、試験中に食べ物を買う金がなくなっても困るからな。

 もし今年の試験に落ちちまったら、ラズーで住み込みの仕事を探してまた来年の試験を受ける……と、考えてはいるけど。やっぱ一発合格がいい。


 早くオジョーサマに会いたい。


 オジョーサマはどんなふうに成長されたんだろう。


 オジョーサマは今年、十四歳になられた。

 六年前に貧民街で出会った俺のことなんか、もう覚えちゃいないかもしれない。

 でも、足を一本再生した患者のことくらい、覚えててくれねぇかな。

 それとも患者の足の一本や二本、治癒しちまうのは聖女見習いの日常で、たいしたことじゃねーのかもしれねぇけど。


 まぁ、オジョーサマが俺のことを忘れててもいいや。

 俺は絶対にオジョーサマのことを忘れねぇし、あの人に恩を返したいって、勝手に思ってるだけだからな。





「今年十六歳になったから、騎士の入団試験を受けるんだって? それまで泊まるところは決まってんのかい?」

「いいや、決まってないっす。おじさん、どこか安い宿とか知りませんか?」


 俺を荷馬車に乗せてくれた親切なオッサンは、ラズーのメインストリートからちょっと離れた安宿をいくつか教えてくれた。


 ラズーの門をくぐり、メインストリートの近くで荷馬車から下ろしてもらう。


「神殿騎士団は狭き門だけどよ、頑張れよ、ボーズ」

「ありがとうございます、おじさん!」


 俺が頭を下げれば、オッサンは「若者を応援すんのが大人の役目ってもんよ」と笑った。

 去って行く荷馬車が小さくなるまで見送ると、俺は「よし!」と自分の荷袋を担ぎ直す。


「とりあえず、安宿探しのついでにラズーの街でも見学すっか!」


 新たな住み処となるラズーに、俺は足を踏み出した。


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