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5:ハンス



 リコリスの弟さんの治癒のあと、わたくしは気を失い、ハクスリー公爵家に帰ってからも丸一日屍のように眠り続けました。


 そのあいだリコリスはずっと、わたくしの世話をしてくれたようです。

 せっかく弟さんの病気が治ったのだから、家族水入らずで過ごしたかったでしょうに。なんて優しいメイドでしょう。


 しっかりと睡眠を取り、心配するリコリスに言いつけられて一週間ほど貧民街での修行をお休みしたわたくしは、治癒能力がまた一段レベルアップしていることを感じました。

 限界まで頑張って、休んで回復すると強くなる。まるで筋トレみたいですわね。





 というわけで、わたくしは護衛達の詰め所へハンスを探しに行きました。


 ハンスは詰め所ではなく、訓練所の隅で剣の練習をしています。


「こんにちは、ハンス」


 わたくしが声をかけると、ハンスは素振りを止めました。

 彼は顎を伝う汗をシャツで拭いながら、笑顔で振り返ります。


「おや、ペトラお嬢様。もう出歩いて平気なのかい?」

「はい。ずいぶんお休みしましたから」

「じゃあこれから貧民街にお出掛けですかい? それにしてはメイドのリコリスちゃんが居ないようですけど」

「いいえ。今日はハンスに用事があって来たのです。ちなみにリコリスは、今日はお休みですわ」


 わたくしがそう言うと、ハンスはきょとんとした表情になりました。外出中の護衛以外の用事、というものが思い付かないようです。

 なので、わたくしはハッキリと言いました。


「あなたの左目の治癒をさせていただきたいのです」


 ハンスはあんぐりと大きく口を開け、そのまま時が止まったかのように固まりました。


 彼の反応は無理もありません。

 わたくしが彼に治癒能力をかけたいと伝えたのはこれが初めてですし、なにせ古傷の治癒もなかなか難しいことだからです。


 出来たばかりの傷口なら、患者本人の体がもともと持っている自然治癒力のおかげで、簡単に治すことが出来ます。

 けれど、古傷はすでに治ってしまったあとのものです。これを怪我をする前に戻すのは、治癒能力者でも簡単なことではありません。

 だからわたくしは余計な期待をハンスに抱かせてしまっては悪いと思って、これまで彼に提案しませんでした。


 でもリコリスの弟のアルくんを治癒してから、わたくしの力はさらに飛躍的に上がっています。今ならばハンスに治療の提案をしても大丈夫だろうと、そう思えるくらいに。


 もし何時間治癒してもダメなら、日を置いてまた何度でも治癒するつもりです。挑戦し続けます。

 治せるかもしれないのに努力しないなんて、お母様を失った日のわたくしがわたくしを許しませんから。


「……この目は、傭兵だった頃に仲間を庇って負った怪我が原因で視力をなくしちまったんですが、俺はそれをずっと名誉ある勲章だと思って生きてきたんですよ。そうやって納得しとかねぇと、前に進めなかったんでね……」


 ようやく聞こえてきたハンスの声は、固く、弱々しいものでした。


「ペトラお嬢様……。本当に、治してくれますか……? 俺はもう一度世の中を、両方の目で、見ることが出来るんですか……」

「治しますわ。絶対に治してみせますわ」


 わたくしが迷いなくそう言えば、ハンスはわたくしの前でゆっくりと膝をつきました。

 それはわたくしが治療しやすいようにしてくれただけに過ぎないのですが、まるで忠誠を誓う騎士のような体勢でもありました。


 わたくしはハンスの白く濁った左目に手を翳します。


「《Heal》」


 アルくんの治癒の時よりも、もっとずっと強い光がわたくしの両手から現れます。

 夜空を切り裂く雷のようにまばゆい輝きがいくつもいくつも現れては、ハンスの左目のなかに吸収されていきます。


 あまりの光の激しさに驚いたのか、ほかの護衛や、庭師やメイド達が近くに集まってくるのが視界の端に見えました。けれどわたくしは、集中力を途切らせずに治癒を続けました。


 そして十分近く経った頃に、ハンスの治癒が終わりました。


 白く濁っていたハンスの左目は、彼の右目と同じ赤褐色の虹彩を取り戻していました。


「……見える。本当に、両目で世界が見えるぞ……」


 ハンスは何度も両目をしばたたかせて辺りを見渡しました。その目からは涙がボタボタと落ちていきます。


「ハンスの目が治ったのか!?」

「ペトラお嬢様は治癒能力者でしたのね!」

「すごいぞ! ペトラお嬢様がハンスの目を治してくださったんだ!」


 集まっていた護衛やメイド達が、自分のことのようにハンスの目の回復を喜んでいます。

 拍手をし、口笛を鳴らし、ちょっとしたお祭り騒ぎをする皆に、ハンスは嬉しそうに手を振りました。


 わたくしもにこにこして尋ねます。


「ハンス、不調はありませんか?」

「あるわけないですよ、ペトラお嬢様……!」


 ハンスはわたくしを見上げて、泣きながら笑いました。


「ああ、ペトラお嬢様、片目しか見えてなかったときは分かりませんでしたけど、あんた、本当に別嬪ですね。まるで天使様みたいですよ」


 俺があと三十歳若ければ惚れちまってるところです、とハンスが言うので、わたくしは首を傾げました。

 わたくしと同じ八歳のハンスなんて、想像もつきません。


 正直にそう言うと、ハンスは楽しげに答えました。


「それはそれはもう、紅顔の美少年でしたよ」


誤字報告ありがとうございます!


×バーデンベルギア

○ハーデンベルギア


この物語のラストに関わる、すごく大事な所を誤字ってました。

皆様、ハーデンベルギアです!

ストック分(十万字くらい)も全部誤字ってるので修正します……。

本当にありがとうございましたm(_ _)m


ブクマも評価もいいねもありがとうございます!

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