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58:悩める14歳



「じゃあ、夕方のお祈りの時間にまた合流しましょうね、ベリー」


 昼休憩がそろそろ終わり、治癒棟へと移動しなければならない時刻です。

 わたくしは広げていた昼食を片付けながら、何てことのない振りで、ベリーにそう声をかけました。


 東屋の向かいのベンチでまだサンドイッチを齧っていたベリーが、顔を上げてこちらに視線を向けます。

 小さい頃は一つのサンドイッチを食べるのにもかなりの時間がかかっていたベリーですが、今では具沢山のサンドイッチを三口で食べきるようになっていました。サンドイッチの数も、わたくしの二倍は食べます。いわゆる食べ盛りでした。


 食事が終わったベリーは、昼食が包まれていた蝋引き紙をくしゃくしゃに丸めます。

 そして東屋の隅に設置されている屑籠へ、シュッと放り投げてシュートを決めました。


「もしかしたら、遅れるかも。会議が最近長引いてるから」

「……そうですか。では夕食は? ご一緒できますか?」

「会議が長引いたら自分の部屋で食べるから、ペトラは先に食べていて。寝る前までにはペトラに会いに行くね」

「あまり無理はなさらないでくださいね。お疲れでしたらそのまま自室で休んでください」

「ううん、疲れてはいないから」


 ベリーはそう言うと、スクッとベンチから立ち上がりました。


「また夜に会おうね、ペトラ」

「……はい」


 そのまま東屋から大神殿の方向へ立ち去っていく彼女のすらりとした背中を見送りながら、わたくしは独り呟きます。


「寂しい……、とっっっても寂しいですわ……」





 成長期というのは物凄いものです。

 あんなに可愛かったベリーが、すっかり大人になってしまいました。いえ、今も超絶可愛い女の子ですけど。


 出会った頃はあんなに「ペトラ、ペトラ」とわたくしを呼んで、授業中だろうと勤務中だろうと、わたくしの側から離れようとしなかったベリーが、今では立派に神託の見習い聖女の務めを果たして生活しています。


 もうすぐ十五歳になるベリーは、いつのまにかわたくしより背丈が伸びて、わたくしを見下ろすようになりました。

 手のひらもわたくしより大きくなりましたし、靴のサイズも見るからに違います。

 以前のベリーは子供体温でしたが、女性の大敵である冷え性になってしまったのか、いつも首にストールを巻くようになりました。

 彼女にときどき生姜を勧めてみるのですが、改善はしないようです。こういう体質に関しては、治癒をかけても一時の気休めにしかなりませんし。困ったものですわ。


 いつの間にかベリーの声も低くなりました。

 スヴェン様が「ベリー、お前、男みたいな声になったなぁ」とベリーをからかったので、わたくし、すごく怒りました。


 アスラダ皇国はまだ、前世の世界のようにジェンダー問題について議論が出来るほど、国が成熟しておりません。

 ですが、わたくしは転生者です。

 男は男らしく、女は女らしく、という価値観に苦しむ人々がいたことを覚えています。

 心は女性だけれど、体は男性だとか。心も体も女性だけれど、『女性らしさ』を押し付けられたくないと思っている方とか。男性でも女性でもないXジェンダーの方とか。本当に難しい問題なのです。


 だから、ベリーの声が女性にしては低いからと言って、軽々しくからかってはいけません。

 ベリーはれっきとした女の子です。素敵なレディです。わたくし、ベリーとお風呂にだって入ったことがあるんですから、疑いようがありません。

 そんな酷いことをおっしゃるなんて、ベリーが可哀想ですわ!!


 わたくしが非常に怒ったため、スヴェン様は、


「なんか、ほんと、ごめん……」


 と、ベリーに謝罪されました。


 その時同じ部屋にいたアンジー様が、「ペトラちゃんの生真面目さが、すべて仇とならなければいいんだけど……」と、よく分からないことを呟いておられましたが。

 やはり、この世界にはまだ早すぎる思想だったかもしれませんわ。


 そんなふうに周囲を驚かすほど大きくなったベリーですが、一番成長したのは心の方でした。


 最近のベリーは、あまりわたくしと一緒に居てくださいません。

 朝食は自室で取っていることが多いみたいですし、午前中は自分用に割り振られたカリキュラムをきちんと受けています。

 午後もちゃんと神託の能力者としてのお仕事に行くので、わたくしと過ごす時間は昼食の時と夕方からお風呂に入る前までの時間だけなんです。


 いえ、これが普通の友達の距離だということは分かっています。

 でも、以前のベリーとの落差が激しすぎて、わたくしの心が追い付かないのです……。


 夜だって、昔はわたくしがお風呂から上がるのを大浴場前で待っていたベリーが、


「え? ペトラ、今からお風呂に入るの? ……わかった。じゃあ、お喋りはここまでだね。また明日」


 と、あっさり大神殿の最奥部に去っていきます。

 一緒に眠ることだって、今では皆無です。


 ……寂しい。


 寂しいですわ……!!





 わたくしももう十四歳なので、勤務時間も増えました。今まではたった二時間の労働でしたが、夕方までの四時間労働です。相変わらずのホワイトっぷりですわ。


 今日も治癒棟の執務室で、アンジー様とスヴェン様の書類製作を手伝っていると、スヴェン様がわたくしの顔を覗き込みました。


「おい、ペトラ。子離れできない母親みたいな顔してんぞ」

「それは、どんな顔なのでしょうか……?」

「鏡を見れば分かる」

「かがみ」


 そういえば初めての祈祷祭で、手鏡を買いましたっけ。


 あのときベリーはわたくしのために口紅を買ってくださいました。そして自分でペトラに塗るのだと言って、夜中寝ているわたくしの唇にまで口紅をつけてくださいましったけ……。


 今ではそんなこと、してくださいませんけど。


「さらに酷い顔になったぞ、ペトラ!」

「スヴェンくーん、ペトラちゃんに追い討ちをかけないであげてぇぇぇ~」


 アンジー様がご自分の執務机からスヴェン様を注意しますが、スヴェン様は「だってアンジーさん、いつも静かなペトラがさらに静まりきってんですよ?」と返します。


「ペトラ、もう子育ては終わったんだから、そろそろ自分の幸せを考えたらどうだ?」


 スヴェン様の真剣な表情に圧され、自分の幸せというものを考えてみます。


 ……現状、わたくしはとても幸せです。

 悪役令嬢フラグから自分勝手に逃げ出して、大神殿で大切にされて暮らしていますもの。


「このまま大神殿で穏やかに暮らしていければ、わたくしはそれで十分幸せだと思いますけど……」


 わたくしの答えに、スヴェン様だけでなくアンジー様も首を横に振りました。


「それは十代の返答じゃない」

「ペトラちゃんってご令嬢育ちのせいか、大神殿に来たばっかりの頃から精神が完成されてたよねぇ」


 それは貴族生まれのせいではなく、前世の記憶があるからでしょうね。

 言うことは出来ませんが。


「趣味に励むのとかは、どーぉ? ペトラちゃんって何か趣味はある?」

「乗馬や読書はいたしますけど、趣味という感じではないかもしれません」


 乗馬は必要に迫られてという部分もありますし、図書館で借りる本は授業に関係するものばかりです。

 ラズーに来てから食事の楽しみが増えましたけれど、これを趣味にしてしまうと体型が終わってしまいそうなのがネックですわね。

 公爵家に居た頃は嗜みとして、刺繍や楽器、美術鑑賞などもしましたが、なければないで問題なく生きていけます。


「こういうとき、彼氏でも作ればってアドバイスしてやりたいんだけど、俺が言っても説得力がないしなぁ」

「うんうん、スヴェンくんは毎回ちょっとアレな女の子としか出会わないもんねぇ。もしかして、そういう系女子を引き付けるオーラとか放ってるのかなー?」

「むしろ、それなら浄化の能力者に浄化してもらえそうなんですけど」

「恋人ですか……、あまり考えたことがなかったですわ」


 わたくしももう十四歳。そういう浮わついた話題が出てきてもおかしくはない年頃になってしまいました。


 恋愛に興味がなかったわけではありませんが、周囲に年の近い男の子がパーシバルご兄弟くらいしか居ませんでしたし、ベリーについつい構ってしまうので他の人に割く余力がありませんでした。時間的にも、精神的にも。


 今のわたくしなら確かに、恋愛をする余力があるのかもしれません。ベリーと過ごす時間が減ってしまいましたから……。


「おいペトラ、また子離れ出来ずに悩む母親の顔になってるぞっ」

「これは結構重症だねぇ~、ペトラちゃん……」


 ベリーの居なくなった穴を、他の誰かと関わることで埋めることが出来るのかしら?

 寂しいという気持ちだけで行動するなんて、相手の人に失礼じゃないかしら。


 ああ、本当にベリーを想うのなら、彼女の成長を笑って喜んであげるのが正解ですのに。

 わたくしって、器の小さい人間ですのね……。


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