56:VSモニカ
婚約披露パーティー自体は、とても素敵なものでした。
大神殿の食堂よりも凝ったお料理がたくさん並び、皇都から取り寄せたお菓子などもあります。
領主夫妻にご挨拶したあとは好きなようにお皿に料理やデザートを盛って、ベリーと一緒に暖炉の側のソファー席に移動しました。
「マカロンなんて、ラズーに来てから初めて食べましたわ。皇都ではよく売っていましたけれど、こちらでは見かけませんもの。ああ、レモン味、美味しいですわ……」
「私も欲しい」
「はい、ベリー。たくさん食べて大きくなりましょうね」
「うん」
バイキング形式のパーティー料理は一口大のものが多いので、少食なベリーでも食べやすいのが嬉しいですわ。
窓の外の中庭は季節柄緑が少ないですが、ハーデンベルギアだけは季節を無視して黄色に紫にピンクにと華やかに咲いています。
そんな冬のお庭を眺めたり、今日のために呼ばれた楽団が演奏するのを聞いたりしながら、アットホームなパーティーで過ごすのはとても楽しいものでした。
時折アンジー様がやって来ては、「ペトラちゃん、ベリーちゃん、楽しんでるー!? うひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」とアルコール混じりの笑い声を溢して去って行き、スヴェン様が「やべぇ、前からしつこい女の子が一人居るんだけど、その子、メイドとして領主館で働いてんの、初めて知った……。ペトラ、ベリー、ちょっと俺を匿って」とソファーの後ろに隠れに来たりしました。
相変わらず女性運がなさすぎて、若干女性嫌いになりかけていませんか、スヴェン様?
そんなこともありながら、ベリーとのんびり過ごしておりますと。
「先程はどうも、ハクスリー様、ベリー様?」
両腕を組んだモニカ・ドゥラノワ様が、わたくしたちの前に再登場なされました。
▽
モニカ様はソファーに腰かけると、先程と同じようにわたくしとベリーを順々に眺めました。それこそ頭の先から爪先まで、じっくりと。
するとモニカ様は「うん?」と首を傾げてベリーを注視します。
「……不思議と、あなたは女の敵ではない、という感じがするわ。わたしの野生の勘が言ってるから間違いない。では、ベリー様は除外します」
モニカ様はそう独りごちると、ベリーから視線を外して、わたくしをギラギラと見つめてきます。
パーシバルご兄弟が居たときもなかなか好戦的なご様子でしたが、今は決闘でも始まるんじゃないかと言うほどの迫力です。
なぜこのような態度を初対面のご令嬢から向けられているのか、さっぱりわかりませんわ。
わたくし、モニカ様になにかしてしまったのでしょうか?
「ハクスリー様、お義父様とお義母様からお聞きしましたが、パーシバル様の最初のお見合い相手なんですってね……?」
ーーーそこですか!?
モニカ様がお怒りなのは、そこなのですか!?
あの日のお見合いはものの五分で終わったので、自分の中のお見合い実績に数えていませんでした。
たぶんパーシバルご兄弟の方も、わたくしのことを『過去のお見合い相手』ではなくただの友人だと思っているでしょう。
それくらい軽い出来事でした。
ですがモニカ様にとってわたくしは、自分より先に2世様とお見合いをした『過去の女』に映るようです。
前世でも小学生くらいの頃に、クラスで人気の男の子と少し仲良くしただけでライバル視してくる女の子とか、居ましたものね……。小さい子の嫉妬って、本当にド直球です。
「お見合いと申しましても、すぐに2世様と3世様の友人になりましたので、ほんの一瞬のことですわ」
ちょっと喋っただけ、自分はあなたの恋敵じゃない、と。
かつて、その男の子が好きだった女の子へ一生懸命説明していた小学生の自分と、現世のわたくしもまた同じような体験をしています。
そして、このタイプの女の子がこちらの説明に納得してくれた試しがないのも、前世と同じでした。
「信じられません。あんなに素敵なパーシバル様とお見合いして、大好きにならないなんて、ハクスリー様は変です!」
「そう、でしょうか……」
「ハクスリー公爵家からシャルロッテ様がグレイソン皇太子殿下と婚約されたから、パーシバル様の派閥につかないようにお見合いを断ったに決まってますっ。ハクスリー様は、本当はパーシバル様が好きなんです!」
「そうなの、ペトラ?」
モニカ様の断言に、ベリーがびっくりしたようにわたくしを見つめました。
「ペトラ、2世が好きなの?」
「そうに決まっています! パーシバル様はきれいで格好良くて、初めてお会いしたときも『なんて可愛い女の子なんだ、モニカ嬢は! どうです、結婚を前提に僕の彼女になるのは?』って、わたしのことをレディーとして扱ってくださったんですもの!
モニカのお兄様たちなんて、モニカのことを『野猿』とか『野生児』とか言うのに!!」
「私と2世なら、ペトラはどっちが好き? 私よりも2世が好きなの?」
「パーシバル様が好きなんでしょう、ハクスリー様? でもね、パーシバル様と婚約したのはモニカですからねっ。絶対にあげません!」
右からベリーがわたくしの顔をじ~っと覗き込み、向かいの席からモニカ様にキャンキャン吠えられるという、すごい状況です。
「わたくしは2世様より、ベリーが一等大好きですよ」
「ほんとう? 一等大好き? うれしい」
「うそっ、絶対に嘘だわっ」
「私もペトラが一等大好きだよ」
「ありがとうございます、ベリー」
「モニカは絶対に騙されませんからね、ハクスリー様!」
「ねぇペトラ、なんでこの子、初めましての挨拶をした時と性格が違うんだろう? 不思議だね」
「えっと、ベリー、それは……」
「性格が違うんじゃなくて、可愛い性格を装っていただけです! 好きな人の前なら、姿だけではなく性格も美しく装って無理をしちゃうのが女の子ってものよ、ベリー様。あなたも覚えて実践なさい!」
「へ~、そうなんだ」
最後に「モニカは絶対に負けません!」と、三下の悪役みたいに去って行くモニカ様の背中を見送りました。
彼女と友人になるには本人の成長待ちだな、とわたくしは思いました。
……成長したところで、性格が合うかどうかは、わかりませんけど。
「まぁ、わたくしには女友達にベリーが居るから、寂しくないですけどね」
「私もペトラが居るから寂しくないよ」
ああ本当に、ベリーはわたくしの癒しですわ……。
それから、ソファーの裏に隠れていたスヴェン様が真っ青な顔で這い出てきて、
「女子ってあんなに小さくても女子なの……?」
と、ガタガタ震えていました。
モニカ様との会話を聞いて、女性恐怖症が深まってしまったみたいですね。ご愁傷さまです。




