54:パーシバル兄弟の婚活話
グレイソン皇太子殿下とシャルロッテの一行が出立すると、ラズーの地にまたいつもの日常が戻ってきました。
講師の方々から授業を受け、治癒棟で短時間働く日々の繰り返しです。
「今日は頻繁にめまいがするとお聞きしましたが、具体的にはどのような感じでしょうか?」
診察室にはわたくしの他に助手をしてくださる職員さんと、患者である伯爵夫人、そのお付きの方々。そしてひっそりと部屋の隅っこで見学しているベリーです。
三十代ほどの伯爵夫人は、こめかみに手を当てながら自分の症状を詳しく話し始めました。
「なんだかぐるぐると視界が回って、それが何十分も続きますの。酷いときは一時間以上もめまいがして、これではお茶会にも出席出来ないんですの」
「めまいの他に、頭痛や吐き気などはありますか?」
「ええ! 頭痛がしますわ! キーンとした耳鳴りも続いて、耳の奥が詰まったような感じがするんです」
たぶん、前世で言うメニエール病かもしれません。
耳の奥にある平衡感覚を司る部分に支障が起きていて、たしかストレスや疲労が原因だと言われていたような気がします。前世の医学番組からの聞きかじりですが。
まぁ、この世界では医学があまり発展していないので、確認する手だてもないのですけど。
わたくしは伯爵夫人の両耳に手をかざし、治癒力をかけました。
「《heal》」
パァ……ッと小さな光が伯爵夫人の耳元へ吸収されていきます。これで無事治癒完了しました。
「ありがとうございました、ハクスリー見習い聖女様」
「これからはあまり疲れを溜めないよう、心身ともにご自身を労ってあげてくださいね」
「はい」
笑顔で帰られる伯爵夫人を見送ると、そろそろわたくしの退勤時間です。……やっぱり二時間は早すぎる気がしますわ。
ですが、十三歳になるまでは夕方までの勤務には出来ないとゼラ神官から言われております。
十三歳になるまであと三年はこんな感じなのでしょう。
「ペトラ様、退勤時間になりますよ。ここの片付けは私達職員がしておきますので」
「ありがとうございます」
職員さんにあとを託し、わたくしは書類を持って椅子から立ち上がりました。この書類をアンジー様に提出すれば本日のお仕事は完全に終了です。
「ペトラ、お仕事終わった?」
壁際の椅子で静かにしていたベリーが、ぴょんっと立ち上がり、こちらにやって来ます。そんなお転婆ヒロイン的動作も似合うなんて、さすが美少女ベリーですわ。
「これをアンジー様に提出したら、終わりです」
「じゃあ次はなにする? 乗馬? 図書館? ひなたぼっこ?」
「ひなたぼっこをしたいのは、ベリーの方じゃないですか?」
「うん。したい。私、ペトラとのんびりしたい」
乗馬は昨日しましたし、図書館で借りた本もまだ読み終わっていないので返却できません。
むしろベリーの言う通り庭園でひなたぼっこをしながら、借りている本を読み進めるのもいいかもしれませんわ。
それに、中庭から見るラズーの海の夕暮れは格別です。今日のような天気なら、夕日も大きく見えるでしょう。
「じゃあ、ひなたぼっこにしましょうか」
「うん、やった!」
そういうわけで、ベリーと庭園に向かうことにしました。
▽
「ああ、彼女がほしい……結婚したい……」
「ぼくもです、お兄様……」
「可愛くて美人でいつも笑顔で優しい女の子なら最高だよ……」
「わかります、お兄様……」
庭園の東屋のベンチに腰掛け、読書をするわたくしと。わたくしの膝の上に勝手に頭を乗せて熟睡するベリーのもとに、パーシバルご兄弟が現れました。
パーシバルご兄弟が東屋に入ってくると、先回りしたメイドがベンチにハンカチを敷きます。お二人の洋服に埃がつかないようにとの配慮です。
それぞれハンカチの上に腰を下ろしたパーシバルご兄弟は、「「はぁぁぁぁ~……」」と、これ見よがしなため息を吐きました。
「……どうされましたの、2世様、3世様」
おおかた女日照りという話なのでしょうけど。
わたくしより一、二歳年下の天使のような美少年がする話題でもないと思います。
お付きのメイドがお茶や茶菓子を全員分用意し、護衛達が東屋の周囲に散開します。こういうのを見ていると、公爵家での暮らしが少し懐かしくなりますわね。
「従兄のグレイソン様が婚約されただろう? だから僕たちも早く婚約したいなって思ったんだけどさ……。ラズーには出会いの場が少なすぎるんだよ。僕とパーシーはただでさえ皇族の一員で、結婚できる相手だって限られているのに、高位貴族のご令嬢はだいたい皇都に居るんだもん……」
「お父様とお母様がお見合い申し込みのてがみをあちらこちらに送ったそうですが、まだおへんじさえこないんです……」
「それは大変ですわね。色好いお返事が届くことをお祈り申し上げますわ」
2世様と3世様なりに一生懸命悩んでいるみたいです。
大神殿にいるので婚活から逃れられているわたくしには慰めの言葉を掛けることしか出来ませんが、ご兄弟には強く生きてほしいと思います。
「……ふたりはなんで結婚したいの?」
突然、ベリーが目を覚まして、そうパーシバルご兄弟に尋ねました。
騒がしくしすぎたでしょうか。夜はともかく、昼間にわたくしの膝枕で熟睡していたベリーがこんな短時間で起きてしまうのは、非常に珍しいことです。
ベリーはわたくしの膝に頭を乗せたまま、顔だけをパーシバルご兄弟の方に傾けました。
「なんでって、……ベリー嬢は本当に結婚願望がないんだねぇ。僕たちなんて、結婚したい理由が数限りなく無限にあるよ」
パーシバル2世様はびっくりしたようにベリーに視線を向けたあと、楽しそうに笑います。
「だって、結婚したらずっとお嫁さんと一緒に居られるんだよ?
食事を一緒に食べて『おいしいね』って感想を言い合えるし、夜は一人でおばけに怯えて眠らなくてもいいし、なにか素敵なものを見つけたらその人に一番に報告していいんだよ。
喧嘩をしたらちゃんと仲直りをしてくれるし、僕になにかあったらきっと心配してくれる。面白いことがあったら一緒に笑ってくれるんだ。僕もお嫁さんになにかあったら、一生懸命向き合うよ。
そんな毎日が、おじいちゃんやおばあちゃんになるまで、ずーっと続くんだ。こんなに最高な人生なんて、他にないじゃない?」
水色の瞳をキラキラ輝かせる2世様は、天使そのもののような無垢さで結婚観を語りました。
「まぁ、僕とパーシーは皇族だから、相手の子には身分や血筋も求めなくちゃいけないから難しいんだけど……」
「いつになったらぼくたちの運命の人に出会えるのか、とてもしんぱいです……」
「ああ、どうせなら身分が高くて、血筋も完璧で、我が家の利になる家柄のすっっっごく可愛い女の子が、空から降ってくればいいのになぁ。そしたら僕、一生をかけて大事にするよ」
「ぼくはそんな女の子に、道の曲がり角でぶつかって出会いたいです、お兄様」
「それも実に素敵だね、パーシー」
お二人の話を真剣な顔つきで聞いていたベリーが、一言呟きました。
「それ、ペトラだ」
ひとりで何かを合点している様子です。
「……どういう意味ですの、ベリー?」
「一緒にごはんを食べて、一緒に寝て、たくさんお話しする人、ペトラだよ。私、いつの間にかペトラと結婚していたんだね」
2世様の可愛らしい結婚観を聞いたベリーは、自分にとってその内容が該当する相手はわたくしだと思ってしまったようです。
まあ確かに、生活を共にしている状況ではあるのですが……。
「あははははっ! 面白いことを言うね、ベリー嬢!」
「あははっ、ベリーじょうとペトラじょうは本当になかよしなんですね!」
パーシバルご兄弟は揃って笑ったあと、2世様がベリーに説明を始めました。
「いい、ベリー嬢? 結婚というのはね、男の人と女の人がするものなんだ。ベリー嬢とペトラ嬢は女の子同士だから、どんなに仲良しでも結婚は出来ないんだよ」
「なんで? 女の子同士だと、なんで結婚出来ないの?」
「だって赤ちゃんが生まれないじゃないか。子孫繁栄して血を残すのは、重要な責務だもの。……まぁ僕たちは皇族としての教育を受けているから、そんなふうに教わったけれど。
でも庶民でも同じじゃないかな? 責務なんか関係なしに、大好きな人との間に赤ちゃんが出来たら嬉しいと思うんじゃない?」
2世様の言葉に、ベリーは考える顔つきになります。そしてわたくしに尋ねました。
「……私が女の子だと、ペトラと結婚出来ないの?」
「そうですわね。同性同士では結婚できませんわ」
結婚観というものは、時代や立場によって変わることを、わたくしは知っています。
公爵令嬢として教育を受けたわたくしは、家と家を結びつける重要性や、血筋を絶やさないことの大切さを教育されてきました。
けれど前世では、親が決めた結婚ではなく自分達で選んだ結婚をするのが当たり前という世界を見てきました。マイノリティへの配慮についてや、ジェンダー問題が取りざたされてきたのも覚えています。
だからパーシバル2世様の結婚観だけが正解とは思いません。同性同士の愛情の形を否定する気もなければ、子を産み育てることだけを礼賛する気もありません。
ただ、わたくしが今生きているアスラダ皇国では、2世様の価値観に軍配が上がるのを知っているので、ベリーにも一般常識として覚えてもらいたいです。
「……そうなんだ」
ベリーはそのままわたくしの膝の上でゴロリと顔の向きを変え、わたくしのおなかに顔を押し付けて静かになりました。
気になることは聞いたから、あとはお昼寝に戻るのでしょうか?
静かなベリーはそのまま放置し、わたくしはパーシバルご兄弟の婚活についての愚痴に付き合いました。
ーーーそれから半年後、あれだけ出会いがないと愚痴っていたパーシバル2世様に、婚約者が出来ました。
正直拍子抜けしましたが、ラズーの民としては本当に喜ばしいことです。
街をあげてのお祝いが始まりました。




