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50:木陰にて

後半にベリスフォード視点があります。



 東屋から離れて木々の中に入れば、「ペトラ!」とわたくしを呼ぶベリーの嬉しそうな声が聞こえてきました。


 下生えの雑草を踏みながら進んでいくと、ベリーが手を振っています。

 いつもならベリーからもわたくしの方へ近付いてきてくれるのですが、なぜか木の側に立ったまま動きません。どうしたのでしょうか。


 ベリーの前に来て、ようやく彼女が動かない理由がわかりました。

 犬です。犬が彼女のワンピースの裾を引っ張っていました。

 白い大型犬ーーーゴールデンレトリバーのようですが、毛は雪のように真っ白な子です。成犬なのでしょう、ベリーよりも大きな体でした。

 こんなに大きな犬に引っ張られていたら動けるわけもありません。細いベリーなら尚更です。


「この犬はどうしたんですか、ベリー?」

「寄って来た」

「……どこから来たんですの? どこで飼われている犬か、ご存知ですか?」

「わかんない」


 こんなに人懐こそうな犬ですし、たぶん飼い主がいるのだと思うのですが……。

 いえ、初見の動物にさえ好かれがちなベリーなので、野良犬の方から懐いてきただけかもしれません。


 事情はさっぱりわかりませんが、ベリーにじゃれているだけのようですし、あまり危険は無さそうですわね。


「ねぇベリー、東屋の方へ移動して、わたくしの兄妹にあなたのことを紹介させていただきたいのですけど……」

『ワォンッ! ワォンッ!』


 話の途中で、白い犬が大きく吠えます。

 ベリーは白い犬を見下ろし、「ふぅん」と呟きました。


「私、そっちに行ったらいけないって」


 ベリーはやはり、マシュリナさんや上層部の方々から、グレイソン皇太子に見初められないように言い聞かされているのかもしれません。

 今はまだグレイソン皇太子は用事の最中ですけれど、いつシャルロッテを探しにやって来るかわかりませんから、ベリーが人前に出ようとしないのも仕方ありませんでした。


「わかりましたわ。無理を言ってごめんなさいね、ベリー」

「私はペトラとずっと居たいのに」

「あなたを思っての忠告なのですから、聞いておいた方がいいですよ」

「んー、そう?」

「ええ」

「言うこと聞くから、ペトラ、もうちょっとだけ一緒に居て……」

「本当にちょっとだけですよ?」

「ん」


 ベリーと並んで木の根っこに腰を下ろし、少しだけ一緒に居ることにしました。ベリーは嬉しそうにわたくしの肩に頭を擦り付けます。


 白い犬に触れてみたかったので、わたくしは犬の鼻先に手を差し出してみました。

 犬はわたくしの指の匂いを少し嗅ぐと、ぷいっと横を向いてベリーの隣に行ってしまいました。……やはり悪役令嬢には動物に好かれる能力はないのですね……。


 しばらくそうやって過ごしていると。

 中庭のほうから「ペトラ、どこだい? グレイソン皇太子殿下がいらっしゃったよ。見学に移動するよー」と、アーヴィンお兄様がわたくしを呼ぶのが聞こえてきました。


「まぁ、急がなくては。ではベリー、またね」

「……ペトラ、早く戻ってきてね」

「はい、わかりましたわ」


 立ち上がってワンピースの土埃を払うと、わたくしはアーヴィンお兄様のもとへと小走りで向かいました。





「……ヴェールを被っていれば大丈夫だって、マシュリナもマザーもイライジャも言ってたのに」


 ムスッとした気持ちで私がソレに言えば、白い犬の姿をしたソレが『俺様がダメだって言ってんだろ』と答える。


『グレイソンに近付いたらダメだぞ、ベリスフォード。あいつはお前の異母弟だ。あのクソ女の息子だ。関わったってロクなことはねぇ』

「いぼていって、なに?」

『腹違いの弟だっつってんだよ』

「はらちがい?」

『あのクソ女、マジでむかつく。あの女がラズーに顔を出したらうっかり呪っちまったかもしれねーけど、あの女もわざわざウェルザの領域だった場所には来ようとは思わねぇみたいで良かったぜ。俺様はあんな女なんかマジで死ねって思ってるけど、俺様が手出しをするのはウェルザが嫌がるもんな』

「……ふーん?」


 ソレがなにを言っているのかよく分からないけれど、ウェルザが私の母親だということはわかる。過去の話だ。


『「わたしはもう、この恋を諦めるからいいの。全部ぜんぶ諦めます。だからあなたは決して手出しをしないでね」って、ウェルザが言うから、俺様は煮えたぎる憎悪を飲み込んだ。

 だけどな、ベリスフォード、俺様は次はもう我慢しない。お前の身や心が危険に晒されたその時は、俺様は絶対に我慢なんかしてやらねーんだ!』

「ふーん」

『いいか? 肝心なのはお前自身が助けを求めることだ。心の底から助けを求めろ。そうしないと、俺様の一存だけじゃ動けねーからな』


 ソレは犬の白い毛を逆立てて、喉の奥でぐるぐると唸る。

 怒っている生き物を相手にするのは、とてもとてもめんどうだ。

 話を聞いているだけで疲れるので、私はまた木々の間からペトラを覗くことにする。

 ペトラを見ている方がずっと心安らぐ。


『おい、ベリスフォード! 俺様の話を聞いてんのか!?』

「聞こえてはいるよ」

『お前、いつもいつもあのちっこい女のケツばっかり追いかけ回しやがって! 俺様とあのちっこい女のどっちが大事なんだよ!?』

「ペトラ」

『ベリスフォードォォォォォ!!! てめぇ、それでも神託の能力者かぁぁぁ!!!』

「…………」


 ペトラは怒っていても、一緒に居て疲れないのにな。

 ソレの鳴き声を聞きながら、私はそう思った。


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