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47:妹がラズーにやって来る



 ラズーの地に春が訪れ、また大神殿にたくさんの人々がやって来るようになりました。

 観光客は、冬の間に凝り固まった体や心を解き放つように大神殿の一般公開された区域を歩き回り、街に戻って食べ歩きや買い物を楽しんでいます。

 治癒棟を訪れる患者も増え、わたくしも真面目に治癒にあたりました。






 そうやって大神殿での二年目の春を忙しく過ごしているうちに、初夏に近付きました。

 そして明日はいよいよ、シャルロッテがグレイソン皇太子殿下とともに大神殿に訪れる日です。


「今日のお昼頃、ラズーの入り口に、皇室の馬車とハクスリー公爵家の馬車が到着したらしいよ~。いよいよ妹ちゃんに会えるね、ペトラちゃん」

「はい。妹に会えるのが楽しみですわ」


 グレイソン皇太子殿下とシャルロッテは、たぶん今頃パレード状態で領主館に向かっている頃でしょう。


 シャルロッテたちはまず領主様とご挨拶し、旅装を解いたあとに歓迎の宴に出席するはずです。

 先日大神殿に参拝にいらっしゃったパーシバルご兄弟から、宴の準備をしていると聞きましたので。


 明日大神殿にシャルロッテが訪問するときには、家族で会う時間を用意してくださるそうです。彼女に会えるのがとても楽しみですわ。


 以前のわたくしは優しい異母姉ではなかったので、今回は挽回しなければ……。


「明日、皇太子殿下とハクスリー殿の妹君がご婚約のために大神殿へ訪問される件で、伝達事項がありますぞ」


 所長のゼラ神官に『幽閉組』以外の神官聖女が呼び出されたので、わたくしとアンジー様は所長室に訪れていました。


 実は『幽閉組』以外にも治癒棟所属の神官聖女が二十名ほど居るのですが、その多くが各地に出張中です。


 大神殿治癒棟では大貴族や、町の小さな神殿では治癒できなかった重症患者を診るのですが、寝たきりの患者の場合はラズーまでの長旅に耐えられません。

 そのため『幽閉組』以外の神官聖女は、治癒棟から離れて活動することが多いのだそう。


 ただ、鉱山での有毒ガス患者大量発生のときのようにラズーで緊急事態が起こることもあるので、治癒棟には最低一人か二人の神官聖女が残るそうです。

 今まではその役割がアンジー様でした。


 今年からはもう一人、別の神官の方が治癒棟に戻られました。


「アンジー殿、ハクスリー殿、……スヴェン殿」


 ゼラ神官が所長室に集まった三人の顔を見ます。


 今年から治癒棟に戻られたスヴェン神官は、「はい」と穏やかに返事をしました。


 スヴェン神官はミントグリーンの髪をした、二十代ほどの若者です。


 垂れ目がちな瞳と泣き黒子が特徴的なのですが、本人は「至って真面目な性格のつもりなのに、女ったらしだと思われて困っているんだ」と、初対面のご挨拶をしたときにおっしゃっていました。


 女性からデートに誘われて真面目にエスコートすれば、

「貴方がチャラそうだから彼氏の浮気への当て付けにデートに誘ったんだけど……なんかごめんね……」

 と、相手の女性がスヴェン様に対する罪悪感に項垂れるということが度々あったのだとか。

 そういう女性たちはたいてい彼氏と別れて、「あんなクズ男とは別れたから、もう一度私にチャンスをくれないかな……?」とスヴェン様の元に戻ってくることが多いらしいのですが、スヴェン様はすでに前回のデートでその女性にドン引きしているのでお断りしているそうです。

「俺を当て馬にしようとした女性なんかと付き合えるわけねーよ」とのこと。

 それはそうですよね……。


 スヴェン様はそんな女性運のない方です。


 ゼラ神官はわたくしたちの顔を見て、伝達事項を口にしました。


「明日は御三方が治癒棟を代表して、グレイソン皇太子殿下のご来訪を歓迎してきてください。

 それから、ベリー見習い聖女がハクスリー殿といっしょに参加したいとのことで、神託の能力者である身分を隠すために、治癒棟所属の見習いということになりました。御三方、くれぐれもよろしくお願い致しますね」

「皇国側にベリーちゃんが不審に思われなきゃいいってことですね、ゼラさん!」

「ベリーったら、また無理を言ったのですね……。申し訳ないですわ」

「いや、ペトラのせいじゃないから。小さい子がそんなこと気にすんなって。俺はベリーのこと、迷惑だなんて思ってないからさ」

「あたしもベリーちゃん、好きだよー」

「アンジー様、スヴェン様、かたじけないですわ」


 今年も優しい方々のもとで働けることが嬉しいです。


 それから、ゼラ神官からシャルロッテたちの歓迎の予定について詳しく聞いて、伝達が終わりました。


 明日が楽しみですわ。





 一夜開けて、シャルロッテたちが大神殿を来訪する当日になりました。


 わたくしはいつもの通りシャルロッテから貰ったリボンを付けて、大神殿の大きな玄関ホールに並びます。

 今日は彼らの歓迎のために大神殿の本堂は貸し切りされ、観光客は閉め出されています。玄関ホールには、大神殿で働く神官聖女の半数が集まっていましたが、観光客がいない分だけ広々と感じました。


 治癒棟代表として、アンジー様とスヴェン様と三人で並んでいると。

 白いヴェールを被った小さな見習い聖女が、わたくしたちの前に現れました。


「……もしかして、ベリーですの?」

「うん。正解」


 ベリーはヴェールを被った頭を大きく振りました。ちょっとずれたので、わたくしが直して差し上げます。


「今日はどうしてヴェールを被っているんです?」

「これを付けないとペトラと一緒にいちゃ駄目って、みんなが言うから」


『みんな』の内訳には、マシュリナさんだけではなく上層部の方々も含まれているのでしょう。

 今日はかなり念入りに身分を隠さなければいけないようです。


 ……確かにベリーはとびきりの美少女なので、上層部の方々が「うちの可愛いベリーに皇太子殿下が興味を持たれたらどうしよう!」と、彼女にヴェールを被せることにした気持ちもわかります。

 ただ、グレイソン皇太子殿下は乙女ゲームの攻略対象者なので、ヒロイン・シャルロッテに一途のはずです。

 これは転生者のわたくし以外知ることのない設定ですから、口には出せませんが。


「大変ですのねぇ」

「ほんとはヤなんだけどね。でもペトラと一緒にいたいから、我慢するよ」


 そう言って、ベリーはぎゅっとわたくしに抱きつきました。


「皇太子殿下が来たら、ちゃんと離れるんですのよ?」

「うん。わかった」


 相変わらず甘えん坊なベリーをくっつけたまま、わたくしはシャルロッテが大神殿を訪れる瞬間を待ちました。


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